第五章 『一騎討ち』⑤
「おーい、アスタロト! 凄く可愛くてグラマーな美魔女と、ちんちくりんな人間の小娘がきてやったよ。隠れてないで出てきなさい!」
箒で城門に舞い降りるや否や、ベルゼブブがそう呼びかける。
すると、
「ワシは屋上だ。逃げも隠れもせんから、ここまで上がってこい」
そんな腹に響くような返答が、城の上方から聞こえてきた。
「……まったく。あの男、図体だけじゃなくって声まででかいんだから。行くよ」
再びミカを箒に乗せると、ベルゼブブは屋上目指して飛び立った。
城の魔物が魔物だからだろうか、ミカの居城よりも明らかに堅固に作られた屋上テラス。そこに、大公爵アスタロトはいた。
身の丈三メートルの巨体を獣と同化した四本の足で支え、上半身には鋼のような筋肉がついている。太い眉毛と大きな鼻。顎には、それを覆うように立派な鬚が生えている。身長と同じほどはあろうかという大斧を肩に担ぎ、彼は、威風堂々とした姿で立っていた。
その眼前に、今、ベルゼブブとミカがゆっくりと降り立った。
「貴女が、赤炎魔法でベルゼブブを打ち負かしたというミカ殿か?」
じっとミカを見据え、アスタロトが聞いてくる。
「いいえ、それは」
「ルシファーさんが……」そう続けようとするミカの言葉を、ベルゼブブが途中で遮った。
「あぁ、そうだよ。あたしは、ここにいるミカのインフェルノに負けたんだ。あの赤い光は、あんたも城から見ていたんだろう?」
「確かに、赤光は見た。だが、信じられん。皇帝の他にあれを使うことができる者がいるとは」
「そう思うんだったら、自分の体で試してみればいいじゃない」
「なるほど。戦いの中で、ミカ殿がインフェルノを使えるかどうか見極めろと言うのだな? ……よかろう」
すっと、アスタロトが大斧を構える。
すると、大きく目を見開いてベルゼブブは言った。
「ちょっと待ちなよ。あんた、馬鹿じゃないの? ここにはあたしもいるんだよ。巻き添えになるなんて、絶対に嫌だからね」
「では、どうすればいいんだ?」
アスタロトが困り顔になる。
すかさず彼女は、「待ってました」とばかりに提案した。
「じゃあ、こういうのはどう? 今からあんたは、ミカを十回殴る。もちろん、その大斧を使ってもいいわよ。それでミカを倒せれば、あんたの勝ち。倒せなければ、素直に負けを認めてミカの魔界統一を手伝う。どう? あんたとしては、彼女と勝負ができればそれでいいんだろうから、手っ取り早くそうしたら?」
「うーむ」
一度低く唸ると、少し考えてからアスタロトは答えた。
「……よし、承知した」
「そ、そんな……」
勝手に話を進める二体の魔物を交互にきょろきょろと、目玉だけ動かしてミカは固まった。
そこに、アスタロトが確認する。
「ミカ殿もそれで異論はないな? ……行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
今にも大斧を振り下ろさんとするアスタロトを慌てて止めると、ミカは、ベルゼブブの腕を引いてその場から離れた。
「ベルゼブブさん、どうして勝手な約束をするんですか」
涙目になってそう小声で訴える。
「どうして、って、あんた、人間界に帰りたいんだろ?」
「それは帰りたいですけど、あんなので殴られたら、私、帰る前に死んじゃう」
「あんた、ひょっとして気づいてないのかい?」
ベルゼブブが、眉を読むような目をする。
「何が?」
「それだよ」
彼女は、ミカの赤く光る右腕を指差した。
「え? な、何? ……これ」
戸惑いを露わに、ミカが自分の右腕を見つめる。強くごしごしと擦ってみるが、それでも光が消えることはなかった。
「どうやら、本当に気づいてなかったみたいだね。まったく、人間って奴は、自分の変化に鈍感なんだから」
呆れ口調でそう言うと、ベルゼブブは小さく溜め息を吐いた。
「これって、どうやったら消えるんですか?」
「消したら駄目だよ。その力、今から使うんだから」
「使う?」
「そうさ。赤い光は、皇帝の証。その力を使う準備が、今、あんたの心の中では整っているってこと。つまり……」
「おい、いつまでぐずぐずしているんだ。いい加減に待ち厭きたぞ」
ベルゼブブの話の途中、苛立った様子でアスタロトが口を挟んだ。
だが、鋭くそちらを睨みつけて、彼女は返す。
「煩いねぇ。女の話が長いのは、魔界ができる前からの決まりごとなんだよ。あんたも男だったら、四の五の言わずに黙って待ちな」
「う、うーむ」
何も言い返すことができずにアスタロトは、四本の足を曲げると、不承不承その場に座った。




