第五章 『一騎討ち』③
玉座で待つミカの前に、地下牢からベルゼブブが連れられてきた。後ろ手で縛られているのだが、口は塞がれていないため、
「何だい! 殺すんだったら、さっさと殺ればいいだろ!」
と煩い。
「これ、静かにせんか」
隣に立つルキフグスが注意するが、彼女がそれを聞くことはなかった。
すると、玉座を下りたミカが、ゆっくりとベルゼブブに近づいた。
「ふん、人間なんかに用はないね!」
そんな悪態をつく彼女に、ミカは提案した。
「ベルゼブブさん。私と、契約を交わしませんか?」
「契約?」
「そうです。“押しつけ”ではなく、皇帝である私と君主である貴女との契約です」
「へぇ、少しは賢くなったじゃない。それって、当然あたしにも利があるんだろ? どんな契約だい?」
少し興味を示したようにベルゼブブが尋ねる。
ミカは答えた。
「私は、今すぐに貴女を解放します。その代わり、貴女は、北のお城に戻って軍を整え、本日、午後五時に魔界ヶ原まできてください。そこで、私たちとアスタロトさんの軍との戦いがあるんです」
「なるほど。あたしたちを、あんたの味方に引き入れたいってこと?」
「そうです」
「ふーん。……でも、あれだよ。解放されればあたしの自由はそこで確定するけど、魔界ヶ原にくるかどうかまでは分からないよ。裏切るかもしれないからね。そんな契約、あんたには危険すぎると思うけど」
試すような目を向けるベルゼブブに、ミカはきっぱりと答えた。
「私は、貴女を信じています」
「信じる、ねぇ。魔界でそれが通用するかどうか。まぁ、いいわ。そうと決まれば、早くあたしを解放してよ」
「はい」
ベルゼブブの後ろに回ると、ミカは、躊躇うことなく彼女の戒めを解いた。
「やっと楽になったよ。それで、あたしの杖は?」
手首を擦りながらベルゼブブが聞く。
「ルキフグスさん。杖を」
ミカがそう告げるとルキフグスは、渋々といった様子でそれをベルゼブブに手渡した。
「さて、と」
ベルゼブブが小さく杖を振る。その場に箒が現れた。
「じゃあ、帰っていいんだろ?」
「はい」
ミカが頷くと彼女は、
「それでは、皇帝様ごきげんよう。ルキフグスの爺もお大事に」
そう双方に厭味ったらしくお辞儀をしてから、悠々と王座の間を去って行った。
「ミカ様、奴を自由にしてしまってよかったのですか?」
ルキフグスが戸惑い顔になる。
さらりとミカは答えた。
「大丈夫ですよ。だって、ベルゼブブさん、裏切るかもしれないとは言ったけど、もう一度攻めてくるとは言わなかったじゃないですか。それに、どんな言葉であれ、私を魔界の皇帝だと認めてくれた。彼女は、きっと魔界ヶ原にきてくれます」
「そうですか。まぁ、あの女狐は信用なりませんが、それを信じると仰せになるミカ様を、私は信用致します。さて、お疲れでございましょう? 決戦に備え、今はゆっくりとお休みくださいませ」
この後、束の間の静けさを保ったまま時は流れて行った。
そして、約半日後。大公爵アスタロトとの決戦を迎えんと、ミカの軍勢は、魔界ヶ原に向けて出陣したのだった。




