第五章 『一騎討ち』②
そこに、今度はルキフグスが尋ねる。
「それはそうと、奴は何用でやってきたのですかな?」
「あ、これです」
ミカは、手に持つ手紙を渡した。
「ふむふむ、果し状ですか」
ルキフグスが、書かれている内容に目をとおす。
それから、彼は再び口を開いた。
「アスタロトは、ミカ様との総力戦を希望しておるようですな。日時は、既に日付が変わっておりますので、本日の午後五時。場所は、魔界ヶ原となっております」
「魔界ヶ原? それってどこですか?」
「魔界の中心に位置する、広き草原にございます。真上は、神の鎮座する場所」
ルキフグスは、左手に持つ杖で真っ直ぐに遠くを示した。
「あぁ、あそこですか……」
ミカは、この場から赤炎魔法を放った時のことを思い出した。
「アスタロトは、自ら城門を開け放ち、単騎にて待つとのこと。つまり、ミカ様は、魔界ヶ原にいるアスタロト軍を打ち負かし、城を目指さなければなりません」
「自分からお城の門を開くなんて、罠でしょうか?」
「いいえ。アスタロトに限って、それはありますまい。記されているままでございましょう」
「そうですか」
ミカは、南西に霞がかるアスタロト城に目を向けた。
「そこで、夕刻の決戦に備えまして、ミカ様にはすぐにでもお休みいただきたいところなのですが、恐れながら、先にベルゼブブへの処罰をお決めくださいませ」
「分かりました。ベルゼブブさんは、今、どちらにいらっしゃるんですか?」
「地下牢です。先の戦で箒を失い、現在は杖も奪ってありますので問題ないでしょうが、あれはしたたかな女です。十分にお気をつけください」
「はい。それでは、王座の間へきていただくよう、お願いしてもらえますか?」
「承知しました」
最後に一礼をして、ルキフグスが屋上テラスを出ようとする。
それを、ミカが途中で呼び止めた。
「あの、ルキフグスさん」
「何でございましょう?」
「謝ってすむことではないと思いますが、本当にすみませんでした」
ミカが深く頭を下げる。
すると、大きく首を横に振ってルキフグスは答えた。
「とんでもない。お顔を上げてくださいませ。私が右腕を失くしたのは、ミカ様のせいではございません。私が余計なことをしたためにございます」
「余計なこと?」
「はい。あの時、私は、ベルゼブブの黒炎魔法からルシファー様を守ろうと飛び出しました。ルシファー様が、真正面からあれを受けようとなさったからです。しかし、間に入った私の行動は、間違いでございました」
「ルシファーさんを助けようとしたことが、間違いだったんですか?」
「左様。ルシファー様は、真後ろにいらっしゃったミカ様に危害が及ぶのを避けるため、敢えてファイアストームを受けようとなさっていたのです」
「そんな。私、まったく気づきませんでした」
「あのような状況では、無理もありますまい。そして、既に自らが傷つくことを覚悟なさっていたルシファー様の前に、私が割って入った。お叱りになるのは、当然なのでございます」
「助けたのに、叱られるんですか?」
ミカが何とも不思議そうな顔をする。
小さく頷き、ルキフグスは言った。
「なるほど。そこがお分かりになりませんか。では、例えば、ミカ様に弟がいらっしゃったとしましょう。その弟が、自分の身代わりになって死んだとします。果たしてミカ様は、“ありがとう。お陰で助かったよ”などと言えるでしょうか」
「そんなこと言うわけが……」
「そうでしょう。それと同じでございます。いつの時代も、強者が弱者を助けるのは当然。されども、逆はその限りではないのです。以前も申し上げましたが、ルシファー様は、ミカ様を我が子のように思っておいでです。多少の傷は覚悟でお守りになるでしょう。ところが、格下の私にルシファー様が守られたとなれば、それは、先の話の身代わりとなって死んだ弟と同じ。そのため、どうして自分のために身を挺したと、お叱りになったのでございます」
「なるほど」
ミカが、ようやく納得した表情になる。
すると、ルキフグスは、ふと何かに思い至ったように言葉を足した。
「そういえば、ミカ様。最近人間界で、母君の命と引き換えに自分の命を差し出し、魔界へと誘われた娘がおりましたな」
「それって……」
「私のことだ」とミカは気づいた。
「もし、母君がその事実を知ったら、いったいどう思われるでしょうな?」
ちらり、と、ルキフグスがミカを見上げる。
「そ、それは……」
返す言葉なく彼女は俯いた。
「ミカ様と初めてお会いした際、私は、ミカ様が魔界へと誘われた理由は分からないと申し上げました。しかし、もしかするとルシファー様は、ミカ様にお伝えになりたかったのかも知れません。親は自分のために子が死ぬことなど望まない。命は簡単に投げ捨てるものではない、と」
「確かに。たとえ病気が治っても、私がいないって知ったら、お母さん、悲しみますね」
「そうですとも。私は魔物ですから人間は嫌いですが、ミカ様だけは特別にございます。優しく素直なミカ様が大好きです。それゆえ、ミカ様にはどうしても人間界に戻っていただきたい。そう切に願っております」
そう言うとルキフグスは、深く皺の刻まれた顔でミカに微笑みかけた。
「ありがとうございます。ルキフグスさん」
少しすっきりとした様子で、ミカがぺこりと頭を下げる。
それから、彼女は、
「じゃあ、私、王座の間で待っていますね」
と告げると、最後にプラチナを撫でてからテラスを出て行った。
「いささか、老婆心がすぎましたかな」
ミカが去った屋上テラスで、反省したようにルキフグスがそっとが呟く。
そんな彼の頭に、こつん、と、プリンがひとつ落ちてきた。




