第五章 『一騎討ち』①
第五章 『一騎討ち』
プラチナの受けた傷は、想像していたよりもずっと酷かった。
「……キュイィ。……キュイィ」
呼吸をする度に苦しそうに鳴く。
ベルゼブブ軍との戦いを終えて居城へと戻ったミカは、あれからずっと屋上テラスでプラチナの看病をしていた。
「ごめんね。プラチナ、ごめんね」
幾度となくそう語りかけながら、その体を撫で続ける。魔界に傷を癒す薬はなく、ルシファーに頼んで人間界から送ってもらった物もドラゴンには効果がなかった。そのため、他にできることがなかったのである。
それなのにプラチナは、ミカの頬に流れる涙を舐め拭い、励まそうとする。
「ありがとう。でも、寝てないと駄目よ」
ミカはプラチナの首に手を当てた。
その時、
「失礼ながら、天音ミカ様で?」
突然、後方から声がかかった。
「え?」
ミカが振り向く。彼女の前にいたのは、身の丈二メートルを優に超える巨漢。ひと言で表現するならばプロレスラー。そんな男であった。
プラチナを守るように立ちはだかると、ミカは言った。
「はい、そうですが、貴方は?」
冷静なその口調に反し、彼女の右腕は赤く光っている。それを目に留めた男は、慌ててその場に跪いた。
「失礼致しました。私は、ここより南西にある城の城主、アスタロトの使いで参った者です。どうぞ、こちらを」
差し出される男の武骨な手には、一通の手紙が握られていた。
手紙を受け取ると、ミカは、その表書きを確かめた。
「果し状」
記されたままを声に出す。
男は頷いた。
「はい。ミカ様の軍とアスタロト軍、その雌雄を決さんとしての果し状です。詳細は、書面に」
「分かりました。アスタロトさんには、確かに受け取りましたとお伝えください」
「恐れ入ります。では、この場はこれにて」
会釈すると男は、その巨体からは想像のつかぬ身軽さで屋上テラスから飛び降りた。
瞬く間に城の外壁を飛び越し、遠くへと去って行く。その影を、ミカはじっと目で追った。
「ほう。あれは、サタナキアにございますな」
いつの間にか隣に立っているルキフグスが、同じ方向を見やり、そう伝えてくる。
「サタナキアさん、ですか?」
ミカは、ルキフグスへと顔を向けた。
「左様。正確にはプート・サタナキアです。元はルシファー様の配下の魔物で、“天界大戦”を共闘した仲間でもありました。魔界での地位は大将。現在はルシファー様と同じく三代目で、あのような筋骨隆々とした姿をしておりますが、初代は、天界に比類なきイケメンにございました」
「イケメン、ですか」
「はい。ひと度目が合えば、女性は全て奴の虜。しかも、その女性たちを意のままに操るという大変羨ましい、……いや、特殊な能力まで持っておりました」
「ふふっ。本音が出てますよ」
ミカが笑う。
すると、ルキフグスは、遠く天界のほうを見上げながら言った。
「まぁ、そのような特殊能力のせいで、私も、奴には僅かばかりの私怨がございましてな」
「どんな?」
尋ねるミカに、小さな溜め息とともに彼は答えた。
「取り立てて申し上げるべきことではありません」
「……そうですか」
ミカは少し残念そうな顔をした。
【一口メモ】
サタナキア。魔界の魔物の中で、能力的に最も優遇されているのは恐らく彼です。
私も来世はサタナキアになりたい。




