第四章 『夜襲』④
「あんた、今ごろ出てきて何しようってんだ?」
焦りの色を露わに、そうベルゼブブが問う。
冷ややかに彼女を見て、ルシファーは返した。
「ベルゼブブ。その名のとおりに煩い小蠅だ。貴様には、我がインフェルノの餌食となる栄誉を与えるゆえ、大人しく消えるがよい」
「ちょ、ちょっと待ちなよ。あんた何を考えてるの? インフェルノは皇帝のみが使うことを約束され、しかも、呪文の詠唱を伴う魔法。そんなものを使えば魔界そのものがどうなるか、あんただって分かってるはずだろ?」
顔を青くしてベルゼブブが忠告する。
だが、
「問答無用だ」
ルシファーは、ゆるりとその場に立ち上がった。
「いよいよ本物の馬鹿だね。いいわよ、あたしも本気の魔法で相手してあげる」
覚悟を決めたようにそう言うと、ベルゼブブが先手を打ち、呪文の詠唱を始めた。
「漆黒の炎、絡みて齎すは、死の抱擁。神の慈悲なきうちにして、我が仇を滅せよ。ファイアストーム」
振り抜く彼女の杖先から、本日三度目となる黒炎魔法が放たれた。
同じ魔法であっても、呪文の詠唱を行うか否かによって、その威力には格段の差がでる。此度の魔法は、まるで迫りくる黒壁が如く強大であった。
「小癪な」
マントの隙間より両腕を出し、ルシファーがそれを受け止めんとする。
そこに、
「ルシファー様!」
そう叫び声を上げ、突如、ルキフグスが割って入った。
渦巻く黒炎魔法は、ルキフグスにぶつかり、彼を包み込むようにしてミカの眼前で弾け飛ぶ。
破裂した炎は、一度魔界の空を舞い、やがて静かに下降を始めた。
落ちる火の粉を目で追うミカ。一緒に、樫の杖とそれにつながる物体が地面へと消えて行くのが見えた。
まさか。嫌な予感がして彼女は、先にいるルキフグスへと視線を移した。
……やはり。こちらを背にして宙に仁王立ちする彼の右腕は、肩から先がなくなっていた。
「邪魔だ。ルキフグス」
身を挺したことを労いもせずに、ルシファーがそう吐き捨てる。
振り返り、ルキフグスは言った。
「いくらルシファー様とて、真正面からあれを受けるのは危険にございます。何ゆえ、避け……」
言葉の途中で、その視線がミカを捉える。
彼は、
「差し出がましい真似をして、申し訳ありませぬ」
と、謝罪した。
「もうよい。爺は控えておけ」
「……はい」
最後に一度深く頭を下げると、ルキフグスはゆっくりと地面へ降下して行った。
「ルキフグスさん!」
眼下の彼に呼びかけるミカに、前を見据えたままルシファーは尋ねた。
「小娘。何ゆえ、プラチナとルキフグスが傷つく結果となったか、貴様には分かるか?」
「はい。私のせいです。私が、ルシファーさんから預かった力を使おうとしなかったから」
「そうだ」
にべもなく頷き、ルシファーは続けた。
「よいか、ミカ。優しきことは決して悪ではない。しかしながら、それは周囲を守ることができてこその話だ。さらに、その優しさのせいで味方が傷つくならば、まさに本末転倒。つまり、優しさは悪ではないが、味方を守れなければ正義でもないということだ。そして、同時に、自らを害する輩と争うことは、決して悪ではない。神や天使でさえ、互いに傷つけ合い、戦った過去がある。軽々しく死を選ぶくらいなら、先ずは戦え。人間界にて、貴様を待っている母のためにも」
「……お母さん」
優しく微笑む母の姿を思い浮かべるように、ミカはルシファーの背を見上げた。
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それでは、よい週末をおすごしください。




