第四章 『夜襲』③
「さて、これで交渉決裂。人間なら“郷に入っては、郷に従え”って言葉、知ってるわよね。あんたにとっての郷であるこの魔界は、力が全て。それに従えないのなら、今すぐここで、死になさい!」
そう告げるや否や、ベルゼブブは、手に持つ杖をミカへと振った。
閃光を放つ杖先から、突如、黒い炎が渦を巻き襲いかかってくる。
それは、過去に屋上テラスでミカが放った赤炎魔法とは比較にならぬほど大きく、また勢いもあるものだった。
そのため、
「ひぁ」
そんな悲鳴にもならぬ短い声を上げるだけで、ミカは何もできずにその目を閉じた。
炎の当たる衝撃とともに、激突音が轟く。
間を置かず、焦げた肉の臭いが周囲に漂い始めた。
「はっ! はっ!」
詰まりそうになる肺に無理やり空気を押し込み、ミカがその目を開く。
しかし、彼女の体には掠り傷ひとつついてはいなかった。
「キュ、……キュイィ」
弱々しい鳴き声が聞こえる。
「プ、プラチナ!」
鐙から足を放し、ミカは前方へと身を乗り出した。
プラチナの胸は、無残にも赤く爛れて焼け焦げ、そこから黒い煙が立ち上っていた。
「あらあら。役に立たないご主人様を乗せていると、ドラゴンも苦労するわね」
「え、プラチナが、私を?」
「何だ、見えてなかったのかい? そいつが浮き上がってくれてなきゃ、あんたは今ごろ消し炭になっているところだよ」
「そんな……。ごめんなさい。プラチナ」
ミカが震える手をプラチナに伸ばす。
そこに、ベルゼブブは言った。
「なぁに、謝ることはないさ。どの道、あんたは死ぬんだから。その現実は、どう転んでも変わりはしないんだよ!」
再び杖が振られ、光る杖先から黒い炎が放たれた。
プラチナは飛ぶことだけで精一杯。もう主人を庇えない。
迫りくる炎を、ミカはただ呆然として見つめた。
……すると。
その時、頭上から何かが降ってきて、彼女の視界が遮られた。
ミカを覆う何かに阻まれ、黒炎魔法は、勢いそのままベルゼブブへと弾き返される。
「ちっ」
小さく舌打ちをすると、ベルゼブブは杖でそれを地面へと叩き落とした。
「な、何? 何があったの?」
地上からの響音を耳に入れ、ミカが自分を包む何かを取る。
それは、マント。寝室に置いたまま忘れてきたあのマントだった。
「戦場に鎧を着けずに出向く武者がいるか。この愚か者」
ルシファーの声が聞こえてくる。彼は、久方ぶりにその姿を現した。
鞍に座るミカの前、プラチナの首筋辺りに立ってルシファーは言った。
「疾くマントを身に着けよ。軽い魔法ならば、我が力を用いずともそれが弾いてくれる」
「は、はい!」
ミカは慌ててマントを纏った。
「それにしても、まさか人間がこれほどまでに使えぬとは想像しなかった。小娘、暫し皇帝の力を返してもらうぞ。我の背に手を当てよ」
苛立った口調でそう告げると、ルシファーは身を翻してプラチナに跨った。
「はい」
従順な返事とともに、ミカが彼の背中へと右手を当てる。
その途端、大量のどろりとした液体のようなものが彼女の全身から右腕へと集まる感覚があり、それは、手の平を通じてルシファーへと移された。
いつもご訪問いただきありがとうございます。直井 倖之進です。
数多くあるファンタジー作品の中から、本拙作を見つけてくださったこと、大変有り難く思っております。
さて、金曜日である本日は、もう一度更新を予定しています。
更新時刻は、午後6時辺りになるかと思います。本話同様に次話も短いですが、待ち合わせでの暇つぶしなどでご利用いただけると幸いです。
それでは、一旦失礼いたします。




