第四章 『夜襲』①
第四章 『夜襲』
――ズガアアアアアア――
深夜、城を揺るがす轟音が響き、ミカは跳ね起きた。
次の瞬間、警報サイレンがけたたましく鳴り、赤色灯が激しく点滅を始める。
誰の目から見ても明らかな非常事態が、今、突如、彼女の身に降りかかった。
「ミカ様! 起きておられますか、ミカ様!」
ドアの向こうからルキフグスの叫び声が聞こえる。
ミカも叫んで返した。
「はい! 何があったんですか?」
「夜襲です! ベルゼブブ軍が攻めて参りました! ミカ様におかれましては、屋上テラスまでお越しください」
「わ、分かりました!」
馬に蹴られたかのような勢いでベッドから飛び降りると、ミカは、慌てて靴を履いて部屋を出た。
広い廊下を走り、左手にある王座の間の前を通り抜け、その先、さらに左にある階段を駆け上がる。
彼女は、屋上テラスに到着した。
「ルキフグスさん!」
テラスに足を踏み入れるなり、ミカが呼びかける。
だが、すぐに彼女はその場で立ち止まった。
「おお、ミカ様。待っておりましたぞ」
そう言って会釈する彼の隣に、見慣れぬ生き物を発見したからである。
それは、恐竜に近く、中でもプテラノドンのような翼を持った全長五メートルはある大型の生き物だった。ただし、その全身は白金に輝いており、恐竜とは違うとひと目で分かる。
「あの、そちらは?」
怖ず怖ずとそちらを指差すミカに、ルキフグスは紹介した。
「こちらは、ドラゴンにございます。人間界の東洋では竜とも呼ばれておりまして、これよりももっと細長い姿をしております。ドラゴンと竜に共通しているのは、このように、二本の角と長い尻尾を持ち、空を飛ぶことです。まぁ、どちらも基本的に蛇を源流としていることから、同じ生き物であるとも言えますな」
「……蛇、ですか」
ミカは、三歩後退りした。
「左様。稀に蜥蜴の場合もありますが、此奴に限っては、蛇が進化したものに間違いありません」
そう断言してルキフグスが頭を撫でると、ドラゴンは、人懐こくその顔を擦り寄せた。
「やっぱり蛇なんだ。……でも、可愛い」
ミカは、そろりそろりとドラゴンに近づいた。
それから、
「か、咬んじゃ駄目だからね」
そう語りかけながら、そっと背中の辺りに触れてみる。
すると、ドラゴンは長い首を回し、咬みつく代わりにミカの手をぺろっと舐めた。
「ほう。プラチナは、ミカ様を気に入ったようですな」
「プラチナ?」
「はい。此奴の名前です。ルシファー様が飼っておられるペットにございまして、白金に輝く見た目のままに名づけられました。白金は、プラチナとも読みますからな」
「へぇ、そうなんですか」
「プラチナは、色の珍しさもさることながら、飛行能力も大変優れております。まぁ、強いて欠点を挙げるならば、センスなくつけられたその名前ぐら……い、痛い!」
ペットボトルが落ちてきて、ルキフグスは頭を抱えた。どうやら、どこかでルシファーが聞いていたようだ。
ここで彼が倒れることになっては敵わないと、慌ててミカは話を変えた。
「それで、攻めてきたベルゼブブさんは、今どこに?」
「は、はい。一時は城の間近まで迫っていた魔女の軍団ですが、現在は一旦退き、ここより北西に八キロほど行った上空にて待機中でございます。恐らく、先の奇襲は、皇帝がルシファー様からミカ様に代わったことを知っての挑発かと思われます」
「挑発?」
「左様。女狐ども、あれを破壊するだけで去って行きましたからな」
ルキフグスが示す杖の先につられ、ミカはテラスの後方に目をやった。そこにあったはずの見張り塔が奇麗さっぱりなくなっている。叩き起こされた轟音の原因は、これだったというわけだ。
「何てことを……」
言葉を詰まらせるミカに、ルキフグスが尋ねた。
「どうなさいますかな?」
「私、ベルゼブブさんのところに行ってきます」
きっぱりとミカはそう答えた。
「おお、素晴らしい英姿。このルキフグス、感服致しましたぞ。それでは、道中は此奴をお使いくださいませ」
ルキフグスがプラチナに向かって杖を振る。その背中に鞍と、首に手綱がついた。
「え? 乗るんですか?」
「もちろんです。ベルゼブブは、魔女。こちらも空を飛ばねば太刀打ちできませぬ。さぁ、どうぞ」
半ば強引に、ミカはプラチナの背に乗せられた。
「ちょ、ちょっと待ってください。えっと、アクセルは? ブレーキは?」
「そんなものはございません。心です。ドラゴンと心を通わせるのです。さすれば、命令どおりに飛ぶようになります。では、ご武運を。行け、プラチナ!」
ルキフグスが、プラチナの腰の辺りを手で叩く。
「キュイイイイ」
見た目からは想像のつかない高い声で嘶くと、ミカを背に乗せたプラチナは、その翼を大きく広げて魔界の空へと飛び立った。




