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魔界への誘い  作者: 直井 倖之進
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第三章 『魔界の歴史』⑤

 そこに、今度は、

「そういえば、そのルシファーさんから伝えられたんですけど」

 と、ミカが次の話題を切りだした。

「はい。何でございましょう?」

「今後の詳しいことはルキフグスさんから聞くように、って」

「おお、そうでした。話が横道に逸れたため、失念しておりました。では、今一度こちらをご覧くださいませ」

 そう言うとルキフグスは、杖の先で床の地図を示して続けた。

「現在、この魔界には、ミカ様の居城の他に、三つの城が建っておりまして、それぞれに城主が存在します。即ち、北の城の(くん)(しゅ)ベルゼブブ、南の城の(だい)(こう)(しゃく)アスタロト、そして、最近、ベリアルより城を奪い取った西の城のリスト様です。ゆえに、これら三城を落とした時、ミカ様の魔界統一は成し遂げられるというわけにございます」

「え、ちょっと待ってください。リストさん以外は、ルシファーさんと一緒に天使と戦った仲間じゃないですか?」

「ほう、よく話を聞いておられましたな。そのとおりです。しかしながら、それはもう三千年以上も前の話ですし、魔物は戦いの中でしか生きられないようで、現在は敵となっております」

「そうなんですか。ひとつ気になったんですけど、リストさんだけは、呼び捨てじゃなくて、リスト様なんですね」

「はい。リスト様は、ミカ様に近く十歳ほどのお子なのですが、その魔力は強大で、私など足元へも寄りつけません。魔界では力が全て。従って、リスト様と呼んでいるわけです」

「私より年下なのに、そんなにも?」

「はい。さりとて、十歳というのは人間の年齢に置き換えれば、という意味です。見た目は子供ですが、その実はミカ様よりずっと年上です。魔物の寿命は、人間のそれと比べて大変長いですからな。因みに、私なぞは若いころに魔界誕生の瞬間をこの目で見ておりますので、軽く見積もっても四千年を生きていることになります」

「よ、四千年!」

 ミカが目を見開いて驚く。

 その反応に気をよくしたルキフグスは、少し自慢げに言葉を足した。

「左様。そして、先の天界での戦い、正確には“天界大戦”と申しますが、それを始まりとして考えるならば、現在のルシファー様やベルゼブブ、アスタロト、ベリアルは、それぞれ三代目。孫の世代となっております。その中で、私だけが初代として、(こん)(にち)まで生き長らえているというわけにございます」

「へぇ、そうなんですね。あ、でも、だったら今のルシファーさんは、“天界大戦”を実際には経験していないということですよね。それなのに……」

「ルシファー様の口ぶりは、まるでそのころを生きていたかのようだった。そう仰せになりたいのですな?」

「はい」

「それは、魔物と人間との大きな違いのせいにございます」

「魔物と人間の違い?」

「左様。人間は、自分の経験は自分だけのもの。例えば、父親が我が子に、“お父さんの子供のころは、もっと勉強していたものだ”などと言ってみても、真偽のほどは分かりません。自分の経験をごまかし、嘘をつくことができるからです。ところが、魔物にはそれが適いません。親の記憶が、生まれる子にそのまま受け継がれるのでございます。そのため、今のルシファー様は三代目とはいえ、初代が経験なさった“天界大戦”の記憶を、そのままお持ちなのです」

「それって、……嫌ですね」

 幼稚園のころまで三日に一回の割で寝小便していたミカは、その時の記憶までもが我が子に受け継がれるのかと思い、顔をしかめた。

「まぁ、確かに、嫌な思い出もないわけではありませんが、古の歴史を後世に正確に伝えていくという意味では、大変便利なシステムでございます。よく人間は、悪魔は嘘つきだ、などと言いますが、実際に嘘つきなのはどちらなのか、問い質したいものでございますな」

「自分の記憶に、嘘はつけないですからね」

「そのとおりでございます。さすがはミカ様、聡明なお子であらせられますな」

「そんなことないですよ」

 ルキフグスに煽てられ、ミカは照れた様子で頭をかいた。

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