第三章 『魔界の歴史』④
「先ほど申し上げましたように、ルシファー様や私は天使でした。特に、ルシファー様は大天使長で、当時はルシフェルと名乗っておられました。十二枚の輝く翼と六本の腕、併せて絶大な霊力もお持ちだったのです。しかし、ある時、神に叛き、戦をすることになりました。ルシフェル様には、私やベルゼブブ、アスタロト、ベリアルなどが味方し、敵する天使たちと戦いました。やがて神は、ルシフェル様を大天使長から外し、代わりの天使を任命しました。それが、ミカエルだったのです。ミカエルは、ルシフェル様の弟子。その霊力はルシフェル様に遠く及ばなかったのですが、神より炎の剣レーヴァンテインを授かったことにより、戦局は一変します。ミカエルの放つ炎の一撃によって、ルシフェル様は天界より叩き落とされたのでございます。ミカエルの勝利を聞いた神は、ルシフェル様の落ちた場所に魔界を作り、天界への大門の前にはケルベロスを配して、完全にこれを隔離しました。そして、ルシフェル様のお名前から、天使を意味する“エル”を剝奪したのでございます。こうして、堕天使となったルシフェル様は、ルシファーと名乗ることになったのです。以上のような経緯が前提としてあり、そこに、ミカエルの“エル”を取ったミカ様が現れた。何か運命めいたものをルシファー様がお感じになったとしても、不思議はないことでしょう」
「なるほど。つまり、“エル”を取るというのは、天使から悪魔になるってことだったんですね。でも、そのお話では、ミカエルを思い出す私を嫌うことはあっても、気に入ることはないんじゃないでしょうか? だって、ルシファーさんを魔界に落としたのは、そのミカエルなんですから」
昔語りを終えたばかりのルキフグスに、そうミカが尋ねる。
彼は、大きく首を横に振って答えた。
「とんでもない。ルシファー様は、そのように器の小さなお方ではありません。魔界に落とされたあの日でさえ、自分を越えた弟子のことを称賛しておいでだったのです。そして、自分を負かしたミカエルへの敬意から、炎の剣になぞらえ、炎の魔法を使われるようになったのでございます」
「そうだったんですか」
「はい。そのため、ルシファー様がミカエルを気に入っておいでだったのと同様に、ミカ様のことも。ミカエルとの関係は師弟でしたから、さしずめミカ様は、親子といったところでしょうか」
「それって、ルシファーさんが私のことを、娘のようなものだと思っているってことですか?」
「左様。そうでなければ、仮にも魔界の支配者ともあろうお方が、水や食事を届けてくださることなどありませんからな」
「そう言われれば、確かにそうですね。晩ご飯、とても美味しかったです」
食卓で出された食事を、あまり深く考えずに当たり前のように食べていたミカ。しかし、それは、相手の厚意に基づくものであったのだということを、彼女はこの時初めて痛感した。
「お分かりいただけたようですな」
ルキフグスが微笑みかけてくる。
「はい、よく分かりました。私、ルシファーさんって、“怖い人”というイメージしかなかったんですけど、そんなにもよくしてくれていたなんて……」
「ご理解いただけて喜ばしく思います。ただ、ルシファー様は“人”ではなく魔界の王、皇帝様にございますがな」
心から嬉しそうに大きく笑うと、ルキフグスはこの話を終わらせた。
【一口メモ】
日本の神話が諸説あるように、世界の神話にも諸説があります。
今回、ルキフグスが語った魔界誕生の話は、その諸説ある中のひとつ。しかも、今後の物語の展開上、私の都合で書き加えられた箇所も存在します。
つまり、何が言いたいかと申しますと、「この話が神話として正しいわけではないよ」ということです。
日本の歴史だけを見ても、今年で2676年(西暦に660を足したものが日本国誕生からの年数、皇紀です)になります。その長い歴史の初期、神話は口頭伝承されていましたので、諸説あるのも当然。
神話に詳しい方がお読みになると思わず笑ってしまう内容かも知れませんが、あくまでも小説として流していただけると助かります。
以上、苦しい言い訳をしたところで、次話へと移ります。引き続き、よろしくお願いします。




