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アイランド  作者: 右利きのアイツ
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第1章

1.



目覚まし時計の電子音が俺の睡眠を妨げる。

やめてくれ。もう少しだけ。あと五分寝かせてくれ。疲れてるんだよ。

もぞもぞと布団を引き寄せ頭から被ると手探りで時計を求める。と、指先に時計が当たった。

……ん?

アラームを止めようとさらに手を伸ばすと絶妙のタイミングで時計が逃げていく。二度、三度とすり抜けていく時計。四度目で確信する。こんなことをするのはあいつしかいない。

「わかったよ。起きればいいんだろ? 起きれば。っていうか、部屋に入るならノックくらいし……?」

部屋には、誰もいなかった。

「……」

おかしい、な。

肩透かしをくらってポカンとする。部屋の中に素っ気なく響く時計の電子音。空虚な目覚め。

俺は額に手を当て息を一つ吐くと目覚め時計のアラームを止めた。


「ユウも馬鹿だよな。最後の日くらい寝坊すんなよぉ」


途中参加した式を終えて野球部の部室に顔をだすと学校一の馬鹿に馬鹿といわれた。刈りたての坊主頭が憎らしい。

「そういうお前はどうだったんだよ。どうせ千田のことだからぎりぎりだったんじゃないのか?」

「ふっふっふっ。そんなこともあろうかと思って、昨日は部室で夜を明かしたぜ!」

「…………」

泊まったのかコイツ!?

「馬鹿だ! ここに馬鹿がいるぞぉ!」

「なんでだよぉ。これなら絶対に寝坊しないし天才だろぉ?」

自慢気に胸を張る千田。俺ってコイツと同じ学校通ってんだよなぁ……ん?


「な、なぁ……なんか……おかしくないか?」

「おかしいわよ。朝練の準備しに来たら千田くんが寝てるんだもん。とうとう自分の家もわからなくなったのかと思ったじゃない」

「いや、そうじゃなくて……」

呆れた顔でいう由樹の言葉にも拭い去れない違和感と既視感。どこかでこれと同じ話題をした事がある。そして、そこにはもう一人……。

「ヒカル」

「ん?」

「ヒカル、だよ。あいつどうしたんだ? 式にも出てなかったけど」

絞り出すように口から出た言葉。二人はそれに対して戸惑った表情を浮かべてしばしの間沈黙した。そして。


「ヒカルって……誰だ?」


全身から、嫌な汗が噴き出した。

「なに、いってんだよ」

「それはこっちの台詞だぜ。急におかしなこと言い出して。誰だよヒカルって? お前の彼女か?」

千田の茶化す声も右から左に、気がつくと俺は座っていた椅子をひっくり返して立ち上がっていた。

ヒカルを、覚えてない?

「勇村くん。あなたちょっと変よ? 疲れてるんじゃない?」

変? 俺が? ……俺がおかしいのか? いや、そもそも……本当にヒカルはいたのか?

足元から自分の世界が瓦解していくような恐ろしい錯覚。早鐘を打つ心臓。夢? 夢を見てるのか? それとも、"夢を見ていたのか?"

ぞくり。肌が粟立ち、夢か現か、痛みを伴う記憶がよみがえった。あふれ返る暴徒(ゾンビ)。無機質な西尾の瞳。崩れ落ちるヒカル。流れる血。

考えてもみればおかしな話だった。どこからともなくやってきた化け物が街の人間をゾンビに変えてしまうなんて、そんな映画や漫画のような話があってたまるか。けれど……俺が生きてきたあの十数年が、あいつと過ごした時間までもが幻だったなんて。

嘘だ。そんなの、あり得ない。そんなの。

「絶対に嘘だ!!」

「ぃ、勇村くん!?」

この空虚な整然とした島の中で、唯一見つけた同類の友。一人じゃないと教えてくれた大切な仲間。それが幻だったなんてどうして受け入れられるだろう。もしもこれが本当の現実だとしたら、こんな世界……こんな世界!


"そんなにこの世界が気に入らないのかい?"


唐突に声が響く。男とも、女ともとれる中性的な声音。それは聞き逃しようのないくらい明瞭な声なのに、目の前の千田や由樹が反応する気配はなかった。

「だ、誰だ!? 」

誰だって。こっちが聞いてるんだぜ? 訝しげな表情で千田が首をかしげる。俺は構わず部室の中を見回した。


"ここにはあなたを傷つける者はいない。嫌な夢は綺麗さっぱり忘れて、楽しい世界で生きればいい。この世界は無条件であなたを受け入れる"


声は不思議な響きをもって語りかけてくる。私はあなたに害意はありませんよ。そう言っているような生ぬるさが俺を苛立たせた。


「ふざけんなよ……無条件で受け入れる? ただのひとりよがりじゃねぇか!」


"ひとりよがり? 何を言っているんだ。あなたはずっと誰かに自分を理解してほしかったはずじゃないか。わたしには解る。この小さな島で、あなたは必死にもがいていた。誰かに理解してほしい。わかってほしい。けれどそれを解ってくれる人間は非常に少なかった"


首を掴まれたように言葉に詰まる。

確かにそうだ。理解してほしい。その思いは己の不器用さを思い知るたびに強くなっていった。だがどんなに頑張ってもすべてが報われるわけじゃない。頑張れば頑張るほど空回り、人はどんどん俺の周りから去っていく。やがて俺はもがくことをやめて、他人から逃げ出した。皮肉だったのは、そうした途端に楽になったことだった。


"いつの頃からかあなたは自分を殺してただ息をするだけになった。それがどんなに窮屈で退屈か。わたしには解る。自己を振るえない生の辛さや苦しさが"


「なん、なんだよ。おまえは」


"私はあなたの理解者だ。これからは、あなたのあるところに私がある。恐ろしいことなんてない。ただあなたはこの世界で生きればいい。押さえ込んでいた自己を解き放てばいい。あなたの望んできた世界だ"


俺の、望んだ世界?

甘い言葉と誘惑。いつの間にか部室には千田と由樹の他にも、美海とニラレバがいて、部室の外には入りきらないクラスメイトや野球部の仲間が笑ってこちらをみつめていた。

すべてを無条件で受け入れる。傷つくことのない、完璧な世界。俺が欲した……世界?


"さぁ。あなたはあなたのいるべき世界で生きればいい。世界はあなたの思うままだ。望めばすべてが手に入る。すべてが報われる。さぁ……?"


違う。

ぼそりと言った言葉に、声の主が疑問を口にする。"違う? 何故?" 俺はひとつ息を吸ってそれに答えた。

「この世界には、ヒカルがいねぇ」

"ヒ、カル?" 声は混乱したように呟いた。


"何故……彼女はあなたに混乱や怒りや憎しみを生じさせた存在だ。それを、どうして欲する? 彼女の存在がないこの世界には、あんな激しい憎しみはないじゃないか"


「あぁ……そういう事か。ははっ。そうだな。"てめぇら"にはわかんねぇだろうな」

不意に、俺は声の主の正体に気づいて自分の胸へと手を当てた。自分のいるべき世界も理解できた。

「すべてを受け入れてくれる。すべてを肯定される。そんな世界があったら確かに楽しいだろうよ。けど! そんな世界が正しいわけない!」


"正しい?"


「そうだよ! 人には、それぞれ信じるものがあって、考え方だって違くて、だから衝突することだってある。心があるからだ。てめぇに心があるかは知らねえけど、何が正しいかくらいはわかるだろ!? 俺が望むのはこんな作り物の世界じゃない」


否定して、理解して、傷ついて、痛みを分かち合える、本物の仲間(あいつら)がいる世界なんだ!!


ふっと、周囲が突然暗闇に包まれる。音もなく、風もない、ただただどこまでも続く暗闇。その中に投げ出された俺は立っているのか横になっているのかさえ見失ってしまいそうな感覚に陥った。


"……それが、どんなに劣悪で辛辣な世界でも……あなたはそれを望むのですか? 痛みと絶望しかない世界でも、それがあなたの望む世界なのですか?"


青白い柔らかな光が胸に灯る。まるでそれそのものが生命の輝きのようにさえ思える光は、暖かく、優しい。こいつは、敵じゃない。きっと。

「ああ。俺が望むのは、あの世界だけだ」

しっかりと、強い意志を込めて答える。光は一度ぐらりと揺らめいて数秒の沈黙の後に応じた。


"では……お連れしましょう。あなたの望む世界に。痛みと絶望が支配した、あの世界に〜……"


ごぉっ! 胸の光が熱を伴い輝きを増す。それは俺の内側を激しく焼き焦がし、光に飲み込まれた意識をゆっくりと溶かしていく。

想像を絶する痛みと熱量。悲鳴を発することすらままならない光の中で歯を食い縛る。

絶対に戻ってやる。あいつをぶっ殺すまでは、くたばりはしねぇ。

身を包む光の影響か、ぬるまゆの夢に誤魔化されていた憎悪がよみがえり燃え上がる。殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるっ!!

やがて暗闇すべてが光に満たされ、白い虚空の世界に俺の意識は混ざり合っていく。


"人間は……なんとも難解で歪な生命だろう"


どこかで光が嘆くような声が聞こえたが、答える前に俺の意識は偽りの世界から消え去った。

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