水(描き途中)
水曜日。
気づけば朝になっていた
朝五時。
「痛…」
相当変な姿勢で寝たのか、首が酷く寝違えている
お風呂、入らなきゃ
朝の空気と共に居た体は変に清々しかった
シャワーをひねると極度の冷水が肩に当たった
でもなんだかずっとこうしていたくなった
このおかしな人間とおかしな空気と水の温度
こんなにもおかしなことが連鎖するだろうか
でもさすがに体がうだえてシャワーを止めた
身体の洗浄を終えると湯に浸かる
神様、お願いだから何かひとつだけ私に頂戴。
_____
教室に着くといつものように私の席の周りには重い空気が在った
そのまま半日が過ぎ
例の空き部屋に向かう
生い茂った草をかき分けると、そこには人影があった
きっちりと編み込まれた三つ編みで、スカート丈はひざ下まである
今どきの女子高生とはとても思えない後姿であった
「あの……?」
彼女は振り返った
「あ、入部に来ました」
予想通り赤眼鏡にぱっつん前髪だ
そして新入部員
か
「一年の、山本如月といいます」
彼女は一礼すると、眼鏡のずれを直した
世の中にはこんな高校生もいるものだな
とりあえず中へ誘導する
「座って」
座らせるのに申し訳ないくらいにほこりのかぶった椅子しかないが
立たせるのも悪いのですすめる
「はい」
すんなりと座ってくれた
「あの、この部活って主に何するんですか?」
動きの少ない表情からまた綺麗な丁寧語が飛び出した
「んー…決まってない」
この際嘘をつきたくなくて、真実を言ってしまった
だって、ここが私の唯一の居場所だから
山本眼鏡ちゃんから始まってもっと多くの人の輪をつくりたい
だから
「この部活は、居場所を無くした人達が居場所を作るところって決めたの」
眼鏡ちゃんの手を包む
「だから、山本眼鏡ちゃんも、入ったからには、その輪を広げるの、手伝ってくれない?」
笑顔を作るのは苦手だけど、精一杯笑ってみせた
私は私のために努めなければならない
望むことは自分で掴んでいかなければならない
私は変わる、絶対に
すると彼女は何倍もの笑顔を輝かせて
「はい!」
そう答えた
まだ何も聞いていない
この部活に入った理由も、何に悩んでいるのかも、
しかしそんなことをしなくても私達は互いの想いを受け取った
そして何かが通じた
シンパシィ……これがシンパシィだ!
「…ありがとう」
泣きそうになった
こんなに嬉しいことはない、このうえないことだ
それから彼女と互いの心の内を語り合った
彼女は、俗にいう真面目症で、自分の個性を過度の理性で抑え付けてしまうという
それが過剰すぎて逆に浮いてしまったんだとか
常に誠実さだけを追求していたらしい
だからファッションも髪の色さえ変えられない
私とは全く違うシンドロームだけれど、浮いてしまって悩んでいることに
変わりないのだから、共感できることはたくさんあった
四角い窓の画面に映る夕日は、昨日よりも明るかった
その溶けていく陽は私の心をも熱させた
「で、眼鏡ちゃん、ほんとは何が好きなの?」
彼女は息を呑んだ
「……」
今まで拒否していたことをするのは容易じゃない
だけど、このままここが居場所と確信できたら彼女は必ず
それができる
待っていればきっと
夕風が壁の隙間から忍び込んで首をさすった
「…うん、いいよ、今言えなくても。気が向いたときにでも言ってくれれば。
いつでも聞く。もちろんどんなことでも。」
彼女は俯いたまま何も言わない
推測するに、真面目症になった原因はその趣味を公表したときの
周りの反応が思わしくなかったからだろう
辛いことを思い出させてしまったかもしれない、でも
その向こうにしかあなたの明日は無いのだよ
それは私も同じ
「……入部届け、明日書きます」
彼女は俯いたまま立ち上がり、ありがとうございましたと言いながら
足早に去って行った
あまりいい状況ではないけど、入部することは決めてくれたみたいだから
良かった
*
「なに?シンドローム部?そんなん知らんぞ」
「でも、私学校の掲示板に入部案内が貼ってあるの、見たんです!」
背の高い数学教師は面倒くさい奴が来たとばかりにため息をついた
「二年の神坂さんという人が部長です。部室だってあります」
「ああ、シンドローム部ですか?」
後ろから年配の教師が入り込んできた
「はい!私、この部に...」
「あれは正式な部ではない。単なる変わり者のごっこ遊びだ。
まあ、承認したように見せて、彼女がどんなふうに一人の部活動を続けるのか、見てみたかっただけだよ」
そいつは神坂さんを想って笑った
「まさか変わり者がこの学校にもうひとりいたなんて、考えもしなかったよ。あんなもの、誰も興味を持つはずがないし、あの神坂とかいう奴は孤独を再確認してすぐに部を辞めると想像してたんだけど、まあ君がここに来たことで、それは無くなりそうだな」
時を経て得た憎たらしい皺を沢山寄せてもう一度笑みを浮かべた
「辞めたくなったらいつでも言えよ」
そう言ってそいつは職員室を出て行った