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不可視体エネルギー《マナ》は魔力と呼ばれ、それは人間以外の様々な生物、あるいは自然に干渉し、その生命体にマナを宿らせる。
人間がマナを宿したい場合は魔導石からマナを取り出して体内に宿らせなければならないのだ。
「冗談はやめてよね。魔導石からすらマナを得られない人間なんて聞いたことないわ」
魔導石から取り出したマナをどれだけ体内に宿せるかには確かに個人差がある。
指先から小さな火を数十秒しか出せない者もいれば、悪い例えになるが、街一つを一瞬で滅ぼせるほどの大規模な魔法陣を用いた極大魔法を使える者も少数ではあるが存在するのだ。
つまり、個人差はあるが誰でも宿せる力。
フェイトはそれができない。この世界において完全なイレギュラーなのだ。イレーナが疑うのも仕方のないことなのかもしれない。
「冗談じゃないさ。俺もよくわからないけど、昔っからできないんだ」
「うーん……」
不可解だと言わんばかりに眉間にしわを寄せて首を傾げるイレーナ。
「それが本当なら、私が疑問に思っていたことも納得いくけど」
「疑問?」
「あなたの装備の事よ。色々と武器が多すぎるし、その黒服の中にチェインメイルまで仕込んでいるでしょ?」
「チェインメイルは急所になるところだけだけどな」
腰に吊るした長剣と背中に吊るした二本の短剣。腰に十二本の投げナイフに両手にはめたワイヤーグローブ。確かにどう考えても多すぎる。
しかし、魔法を使えないフェイトにとってはある意味その代わりなのだ。
「そんな装備でよくあんな身のこなしができるわね」
「慣れればなんてことない」
「へぇー」
「速く移動したい時や空中を飛びまわりたいときはワイヤーグローブが必要だし、武器をある程度持ってないと戦闘時のリスクが大きいからな」
「そんなに考えているなら、何でさっきの戦闘でその剣を使わなかったのよ」
「__えっ」
とっさの指摘に驚くフェイト。イレーナが指差すのはフェイトの腰に吊るした長剣だった。
これは片手剣と両手剣の間、片手半剣という種類の剣でバスタードソードと呼ばれる長く重たい剣だ。
片手半剣は、片手と両手どちらでも扱えるよう、柄頭および握りの重さが刀身と釣り合うように設計されており、独特の重心と使用法を持っている。
それが使用者によっては大きな負担となってしまう為、片手半剣はあまり世に普及しなかった。
しかし、使いこなせばとても強力な武器となるのだ。
「それを使ってれば最初の一撃で仕留められたかもしれないのに」
イレーナはむすっとした表情でフェイトに言った。
「こいつを使うほどの敵じゃない」
どこか挙動不審なフェイトは、バスタードソードのグリップをポンポンと優しく叩きながら返事を返す。
「初撃避けられて浅かったでしょう?」
「__うっ」
間違いなくイレーナの指摘は正しい。
揺るぎない正論がフェイトの心に突き刺さった。
「……悪かった」
「まったく」
「ほんと、イレーナはしっかり者だな」
笑みを浮かべるフェイト。
「しっかりしてよね」
イレーナは前髪を人差し指でいじりながらフェイトにやや柔和となった声色で言う。
「若くして小隊隊長に任命されるのも納得だよ」
「褒めても何も出ませんからね」
「はいはい」
「奥に行くわよ」
「了解」
フェイトとイレーナは坑道のさらに奥目指して歩き始めた。
「イレーナ、さっきから気になってたんだけど」
「なに?」
坑道の壁にできた無数の傷を指差すフェイト。
「これはオークがやったものなのかな?」
傷跡はまるで鋭利な何かで乱暴に引っ掻いた様に見える。明らかに人工のものではない。
「そうかも。すると坑道を這って入ったオークがいるかもしれないわ」
ようするに、歩いて入れない程の巨体が無理やり壁をえぐりながら這って入っていったという事。
「傷跡を見る限り、相当でかいぞ」
「もしも広い空間をもった場所があるなら出る前に注意しないといけないわね」
イレーナがそう言った瞬間だった。
『グゥガアアアァアアアー‼』
坑道に響き渡る咆哮が地面や壁をきしませる。鼓膜が破けそうな大音響にフェイトとイレーナはすかさず耳を塞いだ。
「なに⁉」
動揺するイレーナ。
「うわぁぁああー‼」
「逃げろぉぉおー‼」
坑道の奥から聞こえてくる複数の悲鳴。その声は聞き覚えがあった。
「この声は‼」
「まずい‼ 行くぞイレーナ‼」
「うん‼」
フェイト達は走りだした。
この声はイレーナが隊長を務める小隊の騎士達の声だ。外で待機せずに、別ルートから坑道に入ってきたのだろう。
ひたすらに走るフェイトとイレーナは、やがて狭い坑道から開けた空間に出た。
「__なっ‼」
フェイト達の視線に入ってきたのは、移動中に想定していた中で最も当たってほしくなかったものだった。
怒り狂う複数のオークと乱戦を繰り広げる騎士達。戦いは一方的で、騎士達は負傷して倒れ込む者や逃げまとう者達ばかりだ。
負傷した仲間に肩をかし、逃げようとしている騎士に一体のオークが近寄る。
「助け……て……」
肩をかしている騎士も負傷しており、片足を引きずっていた。
「イレーナは負傷した騎士の救護をしてくれ‼」
フェイトはそう言って腰に吊るしたバスタードソードを抜刀すると、すかさず走りだした。
「わかったわ‼」
イレーナもエストックを抜刀して、負傷した仲間の元に向かう。
二人の騎士に近づいていたオークが、彼らめがけて拳を振った。
「ひぃ‼」
騎士は恐怖にかられ目を閉じる。しかし、オークの振った拳は彼らにとどかなかった。
「うぅ……」
騎士が目を開けると、目の前でフェイトが剣を構えて立っている。その足元には切断されたオークの片腕。
『グガァァアアー‼』
腕を斬られたオークの悲痛な叫び声。
「何をしている‼ 早くそいつを連れて離脱しろ‼」
フェイトが背後にいる二人の騎士に叫んだ。
「あ……あぁ……」
足を引きずる騎士は、正気を取り戻して返事をすると、再び負傷した仲間に肩をかして歩きだした。
フェイトは片腕を切断したオークの足の腱を斬り、たまらず膝をついたところでトドメにのどに剣を突き刺す。
そして絶命したオークの首から剣を引き抜くと、おびただしいほどの血がふき出た。
フェイトは辺りを見渡す。
「くそ……」
この状況は非常にまずい。ざっと見てもオークは十体以上は居る。逃げながらでも、まともに戦っている騎士はイレーナを含めても五六人ほどだ。
ましてやこんな坑道の奥。
負傷した騎士達が逃げ終えるまで時間稼ぎをしなければならないが、自力で逃げれない騎士をかばいながらとなる。
乱戦と化した戦況の中では、非常な困難を伴うものだ。
(フェイト……)
「____!」
思考を張り巡らせ、自身が取るべき行動を模索していたフェイトの脳裏に女性の声が響いた。
その声はイレーナではない。ましてや周囲に居る騎士達の声でもない。
(貴方はもっと自分に自信を持ちなさい)
「…………」
(あの子を……お願い……)
「____‼」
フェイトは何かに気づいた様に視線を素早く動かす。
その視線が捉えたのは、逃げまとい、戦い、負傷した騎士達。そして一心不乱に戦うイレーナだった。
身体が震える。
動悸が激しくなり、剣を握る手に力が入った。