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坑内はとても薄暗く、そして寒い。
一定間隔に設けられた燭台に立てられた松明が灯りを灯しているおかげで坑道を比較的安全に進めているが、安心はできないだろう。オークとの遭遇という危険もあるが、それ以前の問題があるのだ。
まずは落盤や落石による障害。
最悪な場合、偶然やオークとの戦闘で落盤し、もと来た道が塞がれる可能性がある。
坑内は複雑に入り組んでおり、外に出れる正しい道を探し出すのは非常な困難になるだろうし、出れない可能性もあるだろう。
次に危険なのは縦穴だ。
採掘場の坑内は人が彫り進めた道だけでなく、自然にできた道もあるだろう。
そして、その道は真っ直ぐ横に続いているのでなく縦穴かもしれない。一度落ちれば致命的な事態になる可能性がある。とにかく気をつけて進まなければならない。
フェイトとイレーナは、周囲に神経を張り巡らせながら坑道を歩き進んでいる。
「うぅ__寒いっ」
そう言って震える両肩に手を当てて寒がっているのはイレーナで、フェイトの方といえば実に涼し気な様子だ。
「騎士装束なら暖かいだろ?」
「寒いわよ」
「たくっ、仕方ないなぁ」
フェイトはそう言って一つの燭台に立てられた松明を手に取ると、寒がるイレーナに手渡した。
「ほれ。それで暖まるだろ?」
「……少しは……ね……」
苦笑いをするイレーナ。
「この松明はおそらくオークがやったものだろ」
「そうでしょうね」
「魔物にも知性はある。オークやゴブリンといった人型の魔物は特にな……。それはそうと、奴らの事はよかったのか?」
「大丈夫よ。いつもあんな感じだから」
あきれたように言い放つイレーナの表情が少しばかり暗いように見えた。その表情を垣間見たフェイトは、言葉を返さずにいる。
「隊長は若い女で周りは男ばっか……。まとまりは無いし、任務中でも緊張感を持たない人達ばっかりよ」
「…………」
「私がもっとしっかりしていれば……」
「……どうした?」
「なんでも」
「そっか……」
互いに沈黙したまま坑道を歩き進む。
奥に行けば行くほど辺りは寒くなり、敵との遭遇が無いことへの安堵と次第に増していく緊張感。そしてそれは唐突に起こった。
地面を一定間隔で揺らす振動。不気味に鳴り響く重低音のうねり声。フェイトとイレーナはすかさず抜刀した。
「来たわね……」
「ああ……」
真っ直ぐに伸びる坑道。フェイト達の前方に道を塞ぐように立った高さ三メートルほどの巨体。
赤黒い肌をした血管が浮き出た太い腕と脚に、鋭利な牙を剥き出しにした毛の無い頭と赤く輝く大きな眼。
獣の革を腰に巻きつけており、その巨体がゆっくりとフェイト達に近づいてくる。
『グゥガァルガァァ……』
短剣を右手に握ったフェイトは、イレーナに自分の後ろに居るように促す。
「前衛は俺がするから、イレーナは後衛で魔法支援を頼む」
「わかったわ」
オークが歩くのをやめた。そして辺りの臭いを嗅ぎだす。鼻息荒く臭いを嗅ぎ終えると、その赤く輝く眼がフェイト達をとらえた。
『グガァァァァア‼』
突然鳴り響いた咆哮。オークがフェイト達に向かって走りだした。
「来るぞ‼」
フェイトとイレーナは剣を構える。
オークはフェイト達の目前まで迫ると、その大きな右腕を彼らに向かって振り下ろした。
「__くっ‼」
その攻撃を右に避けたフェイトは、ダッシュしてカウンター攻撃を仕掛ける。
払うようにわき腹に斬り込んだ。
「浅い‼」
フェイトの攻撃は避けられてしまい、切り傷は浅く大したダメージにならなかった。
『グガァァァア‼』
オークが左手を払う。
「__くそ‼」
とっさにバックステップをして攻撃を避けるフェイトの額に汗に滲み出る。
フェイトはその汗を拭うと、背中にもう一振りある短剣を引き抜き、再びオークに向かってダッシュした。
「イレーナ‼ あいつの肩に向かって魔法攻撃だ‼」
「言われなくても‼」
返事をしたイレーナは、愛剣であるエストックを握る左手を胸に当てた。同時に首に下げたネックレスの飾りである石が輝きだす。
するとイレーナの身体が光のようなものに包まれ、彼女の身体のまわりをまるで風に流される雲のように周りだした。
「覚悟しなさい」
イレーナはそう言って剣の切っ先をオークに向ける。すると頭上に風をまとった大きな光の槍が現れた。
「ホーリーランス‼」
その光の槍が高速で飛び、オークの肩をいとも簡単に貫く。
『ガァァァアアア‼』
オークが痛みに耐えきれず叫ぶ。オークの身体が大きく傾き、今まで強固だったガードが一気に崩れた。
その瞬間を決してフェイトは見逃さない。
オークの首目掛けてグローブからワイヤーを放つと、すかさずワイヤーを巻きとり、一瞬でオークの首元までたどり着いた。
首を二振りの短剣ですれ違いざまに斬りつける。
「グガァアァァアアアア‼」
オークの首から血しぶきが舞い、大きな巨体が音を立てて倒れた。絶命したオークは沈黙し、坑道は再び静寂と化す。
フェイトは短剣を一度だけ振り払い、それらを鞘に納めた。同時にイレーナがフェイトに駆け足で近づいてくる。
「さすがね、フェイト」
笑みを浮かべるイレーナ。
「お前の魔法には敵わないよ」
「ふふ」
イレーナは実にご機嫌そうな表情だ。
「そんなこと言って、実は私より凄い魔法が使えたりして」
「ん? 無い無い」
「どうかしら。私、貴方が魔法を使っているところを見たことないもの」
「そりゃーそうだろ」
「ん?」
「俺、魔法使えないから」
「え?」
「だから、俺は魔法が使えないんだよ」
「……嘘でしょ?」
疑いの眼差しを向けるイレーナ。
「本当に」
フェイトは軽く返事をする。
「えー‼」
驚いたイレーナの絶叫が坑道に鳴り響いた。