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劣等剣士の物語(仮)  作者: 清乃 誠
第一巻 一話 魔狩りと騎士
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4ページ

 眼下に広がっていた大草原はいつの間にか森林へと変わり、目の前には岩肌をむき出しにした切り立った山脈が見えてきた。


標高の高い山は雲さえも貫き、その山脈に挟まれた細長く溝状に伸びた地形が幾つもある。空から見るそれは自然の偉大さと力強さを想わせるような景色だが、断崖絶壁の山々は同時に恐怖のようなものを感じさせるのだ。これがボナン渓谷である。


 ちなみに昨夜にゴブリン退治をしたのは眼下の森林で、依頼主はネグロイト村の猟師だった。ネグロイト村は山脈のふもと、渓谷の入り口にある村だ。


 しばらく飛んでいると、左前方に森林から空へと伸びる煙が幾つも見えてきた。あの煙はおそらく民家の煙突から出たものだろう。


時間帯はちょうど食事時。料理を作る時は必ず火を使うし、火を使えば煙がでるものだ。こうやって森林の上を飛んでいると、何よりも分かりやすい目印になるから助かる。


 フェイトは迷うことなく機体を旋回させ、煙の見える方に向かって飛んだ。しばらく飛んでいると、次第にネグロイト村が見えてきた。


 王都ほどではないものの、民家よりは高い壁が村を囲い、草木と調和したのどかな町並みで、よく見ると家畜を飼う農場なども見当たる。


 村の規模はそこそこ大きい。渓谷から流れてきた一筋の川が、その村を裂くように間を流れ、二つに別れた村をつなぐ為にかけられた橋が幾つも見える。


 ネグロイト村は狩猟と家畜、魔石採掘を主な産業にしている村だ。


 フェイトは、機体を着陸させれそうな場所を見つけだすと、その場所の真上で機体の速度を下げてホバリングをする。ホバリングというのは、飛空艇を空中で停止飛行させる事だ。


 浮遊機関のエネルギー出力を徐々に下げ、周囲に民家の無い空き地に着陸した。


 周囲には複数の村人がいて、空から現れたフェイトに警戒の眼差しをむけている。だが、そんな眼差しをしているのは大人だけのようだ。


村人の中には子供も何人か見あたり、その子供達はフェイトがまたがる小型飛行艇のシュヴァルツに目を輝かしている。その子供達の親らしき大人達が、フェイトに近寄ろうとしている子供を制止していた。


 フェイトは子供達の姿に笑みをこぼしながら、装着していたゴーグルを外してハンドルに引っ掛ける。


「俺は王都で魔狩りをしている者です。ネグロイト村の村長【マーガス・ロッド】氏はどこに居ますか?」


 フェイトは変な誤解を受ける前に、村人の一人に要件を伝えた。マーガス・ロッドはこの村の村長で、今回の依頼主でもある。


「あんたが村長が依頼を出した【魔狩り】か‼ 噂は聞いてたよ‼」


 フェイトの言葉に中年の男が返事を返してくれた。


 【魔狩り】とは魔物狩り屋の略で、フェイトのような仕事をする人を指す呼び名だ。


 シュヴァルツを降りたフェイトの元に、返事をしてくれた茶色の短い髪をした中年の男が駆け寄ってくる。


「マーガスさんなら、村の中心にある館に居ると思うけど__案内しようか?」


「お願いします」


「こっちだ」


 中年の男はそう言って歩き出したので、フェイトは彼の後を追う事にした。


「しかし参ったなぁ……」


 中年の男が右手で頭をかいて呟く。


「どうかしましたか?」


「いや__実のところあんたより先に村長が依頼を出した人達がいてな……」


「依頼?」


「あぁ……。たが、その人達が二三日経っても村に来なかったから慌てて王都の魔狩りに依頼を出したと聞いてるんだけど、今日になってその人達が来ちまったんだ」


 つまり、ダブルブッキングになってしまったという事か。


「その人達はいつ頃に?」


「あんたが飛んでくる三十分ぐらい前だったよ。まっ__詳しい話はマーガスさんに訊いてくれ」


「わかりました」


 マーガスが依頼を出した人達が何者なのか気になる。戦士ギルド、傭兵集団、可能性は様々だが、場合によっては穏やかでない話になるかもしれない。


だが、フェイトも依頼をされてやってきた身。相手が誰であれ揉め事は極力避けたいところだが、ここまで来た以上フェイトも簡単には引き下がるつもりはない。


 男について行くと大きな通りに出た。通りには様々な店が軒を連ねている。野菜屋に肉屋、魔石屋や酒場などが建ち並んでいて、活気ある大通りだ。


 フェイトはそんな店々を見ながら歩いていると、ある看板を見つけた。それは盾と交差した二本の剣が描かれた看板で、戦士ギルドが掲げる印だ。


 たいてい、どの戦士ギルドも同じ看板を使用している。剣と盾の描く構図が違ったりするだけで、だいたい同じものが多い。


 ギルドというのは、同じ志を持った者達が集まった組織で、戦士の他にも魔術や盗賊、商人ギルドなどがある。


また、数あるギルドが集まった組織を連合と呼び、大きいものでは小国に匹敵するほどの組織もあり、世界各国から警戒されている連合もあるくらいだ。


「この村には戦士ギルドがありますよね。彼らに依頼をしなかったのですか?」


 村に戦士ギルドがあるのなら、離れた王都にわざわざ依頼しなくてもいいはずだ。


「依頼は出したさ……。だけど最悪な結果になってしまってな……」


「何があったんですか?」


 中年の男の顔が暗くなる。


「依頼を受けてくれた戦士ギルドが送り出した討伐隊は壊滅……。生き残りはわずかだった」


「討伐隊が壊滅?」


 フェイトは思わず聞き返した。


 相手がたとえオークであっても、腕に覚えがある屈強な戦士で編成された隊が壊滅まで追い詰められたとは考えにくいのだ。


しかし、手練れたオークが混ざっていたのか、単純に数が多かった可能性もある。オークはゴブリン同様に知恵がある。長く生きて人の殺し方を学習してきたオークならばとても厄介だ。


「あぁ……。今あの戦士ギルドの連中は亡くなった仲間達の葬儀をしているみたいだ」


「そうですか……」


 フェイトが受け取った依頼書には被害者は出てないと書かれていたが、一般の村人の中からは被害者が出てないという事だったのか。


「もしもあんたが渓谷に行くなら、気をつけてな」


 フェイトは無言で彼の言葉を受け取った。


「あれが村長の居る館だ」


 中年の男が指を差す方向を見ると、大きな木組みの建物が見えた。立派な建物で、周囲の建物より一回りも大きい。


入り口の扉も大きく、その前にある二本の石柱と屋根にはエルファンド王国の国旗がはためいていた。


 青い旗の真ん中に白色の細いラインでかたどった八角星のようなマーク。これがエルファンド王国の国旗だ。


「俺が案内できるのはここまでだ」


「ありがとうございました」


「じゃーな」


 中年の男と別れたフェイトは、館の扉の前で立つ鈍色の鎧を身にまとった衛兵に歩み寄った。


「この村の村長より魔狩りの依頼を受け、王都から来たものです」


 衛兵は二人居て、二人共長い槍を手に持ち、腰には剣を吊るしている。フェイトは左側に立っていた衛兵に声をかけた。


「依頼書を見せてくれますか?」


 フェイトはコートの裏ポケットから折りたたんだ依頼書を出し、衛兵に手渡した。


「確かに。ようこそお越し下さいました__マーガスロッド村長は中に居ます。どうぞお入り下さい」


 衛兵はそう言って敬礼をする。


「ありがとうございます」


 フェイトはそう言って建物の中に入った。


 建物の中はとても広い部屋だ。天井も高く、壁には様々な動物の顔の剥製が飾られている。


床一面に赤い絨毯が敷かれ、部屋を明るく照らす木製のシャンデリアや絵画など、とても豪華な内装だ。


 部屋の奥には多い人数でも囲めるほどの大きさがある長方形のテーブルがあり、そのテーブルを青い服を身にまとった人達と、見るからに豪華な毛皮の羽織りを着た金髪の老人が囲っていた。


 フェイトはその光景を見て一気に落胆する。青い服を身にまとった人達というのは、エルファンド王国騎士だからだ。


装飾や縫い目など、きめ細かく豪華に仕立てられた青い服は騎士装束と言い、靴は黒いロングブーツを履いている。皆一様に腰に剣を吊るしていた。


 騎士というのは王国を護る精鋭に与えられる称号で、一般兵科とは区別される。


一般兵科を習得した者は鎧を身にまとった王国の兵士となり、衛兵や番兵として都や村々を警護し、戦時中は大規模な軍に編成されて戦争にむかう。


 騎士は年に一度行われる王国騎士団入団試験に合格した者か、一般兵の中から選ばれた者しかなれず、普段は格隊に編成されており、その隊で任務を行っているが、一度戦争になれば一般兵を先導する指揮官になるのだ。


その他にも、一般兵や騎士よりも位の高い近衛騎士団などがあり、近衛騎士団は国王直属の騎士で、その他の騎士と一般兵は王国騎士団将軍と宰相が管轄している。


 戦争になれば全ての指揮権が将軍に委ねられ、それ以外では宰相が指揮権を持つ。簡単に言えば、武は将軍、知は宰相ということだ。


 人数が十二人ということは小隊編成の騎士団ということを意味する。


「おー‼ まっておりましたぞフェイトさん‼」


 毛皮の羽織りを着た金髪の老人がフェイトの姿を見るなり立ち上がって言った。


彼がこの村の村長、マーガスロッドだ。彼がフェイトの名前を知っているのは、この村の依頼を何度も受けている内に知り合っていたからである。


「フェイト? フェイトってまさか……」


「臆病者のフェイトか?……」


「おいおい……反逆者の息子がきたぞ……」


「嘘つきの仲間殺しがなんでこんなところにいるんだ?……」


 フェイトの姿を見るなり、嫌悪感を表情に出した騎士達が小声で一声に話し出す。中には、小馬鹿にするような視線を向けてニタニタと笑みを浮かべる者もいる。


 フェイトはなるべく彼等の小声を聞かないように徹した。理由は、いちいち聞いていても仕方ない事だと理解しているからだ。


「フェイト?」


 そんな騎士達の中から一人だけ立ち上がった人間がいた。他の騎士達とは表情が違い、嫌悪感を抱いているようには見えない。


 その人物はフェイトがよく知っている女性だった。


 長く伸びた流れるような白い髪と透き通った青い瞳。目元や鼻筋など、線が細く整った顔立ちで服装の上からでも分かるぐらいに身体は華奢だ。


身長はフェイトよりもやや小さく、腰の右側には二本のエストックを吊るしている。年齢はフェイトより三歳若い十八歳だ。名前は【イレーナ・バレンタイン】。


 二重のぱっちりとした目がフェイトを見つめている。


「久しぶりだな……イレーナ」


 フェイトがそう言うと他の騎士共がイレーナを一斉に見た。


「小隊長__あんな奴と知り合いなんですか⁈」


 十二人いる騎士はイレーナ以外男で、その内の一人がイレーナに言う。


「黙りなさい__オーガスタ」


 イレーナは冷ややかな視線をオーガスタという男に向けて言った。


 オーガスタと呼ばれた男は、長い金髪をポニーテールのようにした細い目つきの男で、年齢はおそらくフェイトと大差ないだろう。


 オーガスタと呼ばれた男は両手を挙げて首を横に振り、やれやれといった感じの態度をみせた。


「お二人は知り合いでしたか。それは助かった」


 マーガスはそう言って安堵の表情を浮かべる。


「ダブルブッキングの相手がフェイトで良かったわ」


 イレーナは笑みを浮かべた。


「…………」


 オーガスタと他の騎士達は無言でイレーナの言葉を聞く。


「みんな__彼と話し合いをするから席を外してもらえるかしら?」


 イレーナが騎士達に言葉をかけた。


「なっ__こんな奴と話し合いなど‼」


 オーガスタが立ち上がって抗議する。


「これは命令よ」


「わかり……ました……」


 オーガスタが怒りで顔を歪ませながらフェイトを睨む。そして舌打ちをして出口に向かって歩きだした。それを追うように他の騎士達も立ち上がり、建物から出ていく。


 騎士達が全員出ていくのを見届けたイレーナは、ため息をこぼしてフェイトを見た。


「半年ぶりぐらいかしら……。元気にしてた?」


「相変わらずな……」


 フェイトはそっけない返事をする。


「マーガス村長__私達騎士団としては彼と共に依頼を遂行したいと思います」


 イレーナがマーガスに言った。


「ほぅほぅ__それは良かった。わしもそのように頼むつもりでしたので助かります」


 マーガスは笑顔で返事をしている。


「俺は騎士と行動するのはお断りだ」


 イレーナはともかく、残りの騎士達と行動を共にするのはフェイトには嫌だった。


「まったく……。一緒に行動しなくてもいいわよ。お互い違う道から行けば良いし、それならフェイトも気楽でしょ?」


「…………」


 フェイトは悩んだ。だが、戦士ギルドの討伐隊が壊滅した話もある。フェイトはイレーナの事が心配になっていたのだ。


 フェイトは頭をかきながらため息をして口を開く。


「わかった……参加する。でも、俺は違うルートから採掘場に向かう__それで良いな」


「うん」


 イレーナは笑顔で返事を返してきた。


「良かった良かった‼ フェイトさん、報酬はお詫びも兼ねて用意しますので、どうかよろしくお願いしますね」


 マーガスは喜んだように言う。


「わかりました」


 フェイトが返事をすると、マーガスは__


「では、御武運を」


__と言い残して奥の部屋に入っていった。


「よろしくね__フェイト」


 イレーナが手を差し伸べてくる。


「あぁ……」


 フェイトは差し伸べられた手を無視して返事を返した。そんなフェイトの態度に、イレーナは両手を腰に当てて少しむくれている。


「まったく……。まぁいいわ」


「小隊隊長になってたんだな」


「そうよ。半年以上会ってなかったから、知らなかったでしょうけど」


 イレーナは前髪を人差し指でクルクルとねじるようにいじっている。


「その髪をいじる癖__久しぶりに見たな」


「__なぁ、茶化さないでよ」


 イレーナは恥ずかしそうに言って、とっさにいじるのをやめた。


「出立はいつ頃にするんだ?」


「私達はすぐにでも行くつもりよ」


「わかった。俺は先に採掘場の偵察に行ってるよ。オークの数も知りたいし」


「わかったわ。でも、絶対に単独で戦闘しないでね」


「最善は尽くす」


 フェイトは視線をそらして言う。すると、イレーナは両手を腰に当てて前のめりになり、むくれてた表情でフェイトの顔を上目遣いで凝視してきた。


「絶っ対だからね」


「…………」


 威圧感を宿した青い瞳がフェイトを襲う。


「…………」


 追いうちをかけるイレーナとそっぽを向くフェイト。両眼を閉じて眉間にシワを寄せたフェイトは、やがて諦めたようにため息を吐くと、右手で頭をかいた。


「……わかったよ」


「なら良し」


 イレーナは背筋を伸ばして笑顔になる。


「敵わないな……」


「ふふ」


「……どっちが歳上なんだか」


「まったくよ。三歳も歳上なんだからしっかりしてよね」


「わかったよ。すまなかった」


「ふふ。許します」


 胸に左手を当てて笑顔で許すイレーナ。


「じゃあ、採掘場でな」


「うん」


 イレーナとの会話を終えたフェイトは、館を後にした。

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