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やがて息を整えたフェイトは短剣を黒コートの腹から引き抜いた。壁は殺した男から吹き出た血で濡れている。絶命した男は沈むように地面に倒れた。
「大丈夫か?」
男の騎士がそう言いながら歩み寄ってくる。フェイトは無言で頷いて返事をした。そして自分の剣であるもう一本の短剣を拾って鞘に収める。そしてバスタードソードを拾い上げた。
フェイトが部屋の出口付近で辺りを警戒していると男の騎士が歩み寄ってくる。ボイストレーターを使って誰かと会話をしているようだ。
「おいお前」
男の騎士から呼ばれたので視線をそちらに向ける。
「俺達の隊と別働隊が合流した。地下水路は制圧。作戦終了だ。イレーナ小隊長も軽い怪我で大事ない」
男の言葉で一気に肩の力が抜けてしまった。張り詰めた緊張が和らぐ。イレーナの事を心配していたのだが軽傷だった事に安堵する。
「わかった。ありがとう」
報告を聞いて安堵したフェイトは無意識のうちに騎士の男にお礼を言ってしまった。その事に後から気づいて少しだけ歯がゆい気持ちになる。
ただ、実際彼にはお礼をしっかりと言わなければならないのも事実だ。彼が居なければフェイトは先程の黒コートを殺す事が出来なかっただろう。黒い刃を運良くかわして逃げるだけで精一杯だ。その事を考えるとやはり魔法が使えない事が悔しくなる。
黒い刃を放つ男との戦闘。その時に持っていた武器は一本の短剣と腰にある数本のナイフだけ。短剣やナイフを投げるかワイヤーグローブで直接攻撃をしようかで悩んだが、それだけでは確実に仕留められないと判断した。失敗すれば黒い刃がこちらに放たれて防ぐ事も出来ずに死ぬ。
敵の注意が男の騎士に向いている状況の中、ワイヤーグローブを使って黒コートに素早く接近戦を仕掛け、確実に殺せるように全ての望みをかけた一撃だった。運が悪ければ死んでいたのはフェイトの方だ。
「俺は先に出るぞ」
騎士の男はそう言って地下水路の出口を目指して歩き出した。しかし、すぐに立ち止まる。
「おい」
騎士の男はフェイトに向けて背中を向けたまま短く声をかけた。フェイトは騎士の男に視線を向ける。
「その、何つーかあれだ。良かったぞ」
騎士の男から出た言葉は予想外だった。まさかそのような発言が出てくるとは。フェイトはどう返事をしたら良いか悩んでしまう。なんとなくだが無視できないような雰囲気だ。
「ああ。お前もな……。助かった……」
気恥ずかしくなる気持ちを抑えて言ったが、歯がゆくてはっきりと話せない。罵られた時の反応は身にしみているのだが、エミリア小隊の仲間やイレーナ以外でのこの流れは経験がないから困ってしまった。
「この事は他の騎士には言うなよ。じゃーな」
騎士の男はそう言って歩き出す。フェイトはその背中を眺めて自分の不甲斐無さにため息をこぼしたのだった。
総勢二百四十名の騎士が動いた大規模な奇襲作戦はこうして終わりを迎えた。騎士の死者五名、負傷者十七名。ノワール・デスペラードの死者六十八名、捕縛九名。
捕らえた黒コートを尋問した事で騎士団に潜入していた内通者の身元が割れ、内通者六名が捕らえられた。内通者の中には小隊長の階級を与えられた者もいたようだ。
犯罪集団、ノワール・デスペラードは事実上壊滅した。しかし腑に落ちない事はある。リーダーが誰だったのか分からないのだ。捕らえた者達も本当の名前を知らなかったらしく、身元を明かす事が出来なかった。
元々ならず者集まりであり、お互いに線引きしていたのかもしれない。拠点でフェイト達が殺した男がリーダーであったとの結論が出され、全ての幕は閉じた。
奇襲作戦が行われた日から三日経った日の朝。フェイトはクロッカス亭の一階でコーヒーを飲みながらイレーナに一連の流れの報告を受けていた。イレーナもコーヒーを飲んでいる。
「報告する事はこれくらいかしら」
イレーナはそう言ってコップに口を付けた。
「なるほど……。気になる事があるとすれば、犯罪集団がどうやって騎士団と繋がりを持ったのか分からない事だな」
何かしらの利害関係はあったのだろう。犯罪集団は内通者に金銭を渡して情報を得る。内通者の騎士は危険を負ってまで情報を漏洩し、金銭を得る。それは理解できる構図だ。だが、そもそも彼らが繋がった理由が分からない。
「内通者だった者の調書は取れたわ。みんな口々にオーガスタに誘われたと言っているそうよ」
「オーガスタが勧誘をしたのか……」
「そう……。彼は死んでしまったから何も聞けない……」
イレーナの表情が暗くなる。
「フェイト?」
「どうした?」
「私の小隊ね……。廃止命令が下されたの」
「________!」
廃止命令。すなわち小隊が解体されて無くなるというこだ。隊は無くなり、イレーナは小隊長から降格となる。
「どうしてまた」
「理由は色々あるかな……。ボナン渓谷での私の失態。オーガスタの今までの問題行動と内通の件。仕方のない事だと思う……」
「そうか……。隊を廃止した後、イレーナはどうなるんだ?」
まさか騎士をクビになる事は無いだろう。違う小隊に所属する事になるはずだ。
「今はまだ分からないかな。でも、騎士は辞めない」
「そうか……」
「私そろそろ帰るわね。宿舎の片付けとか色々としないといけないから」
イレーナはそう言って立ち上がる。笑みを浮かべているが心の何処かで無理をしているように感じた。
「ああ。気をつけて帰るんだぞ」
イレーナの様子が心配だが、何て言ってあげれば良いのか分からない。騎士団が決めた決定は絶対だし、何を言ったところが変わることは無いのだ。
「それじゃまたね」
イレーナはクロッカス亭を出て行った。一人になったフェイトはコープの中に残っているコーヒーを一気に飲み干す。そして使い終わった二つコップをカウンターにいるオリバーに渡した。
それが終わると一階の部屋の奥まで行って回廊を歩いて庭に出る。これから魔物狩りの仕事なのだ。
フェイトは小型飛空艇のシュヴァルツにまたがって、機体のエンジンと浮遊機関を作動させる。そして空を切るように王都ミノシェルスを飛び立った。
それからの数日間はいつも通りの日々だ。ボナン渓谷方面の依頼を受けて魔物を狩る。慣れ親しんだ毎日。ノワール・デスペラードの一件が特殊だったのだ。今思う事は疲れた一件だったという事だけ。
フェイトは居住区を歩いていた。時刻は昼下がりで暖かい気候の所為か、眠気に襲われる。しかし眠気を堪えて賑わいを見せる大通りを歩いている。
魔物狩りをせずに居住区を歩いている理由は、グラーマンから呼び出しを受けたからだ。というのも、朝起きて一階に降りるとオリバーから書状を渡されたのだが、どうやらその書状はグラーマンが書いたものらしい。話があるとだけ書かれていて登城許可証も入れられていた。
(何の用だろう……)
グラーマンにこの様な形で呼び出しをされるのは初めての事だ。そもそも何故クロッカス亭に住んでいる事が分かったのだろう。そんな事を考えていた。
(……イレーナかぁ……)
心中で一人納得してしまう。イレーナしか所在地を教えられる人間はいないからだ。俯いてため息をこぼすフェイト。だが、諦めて視線を上げる。
「________‼︎」
目の前を一人の人間が歩いて過ぎ去った。視界に入ったその人間の姿に驚愕する。時間が止まったように感じた。
黒いコートを羽織った姿でフードを被っている。微かに見える顔には奇抜な仮面をつけていた。
(ノワール・デスペラード!)
目の前を歩いた黒コートは見計らったように走り出して狭い路地に入る。フェイトは剣幕な表情で追跡を開始した。
(まさか! あの一件は終わったはずだろ!)
ノワール・デスペラードは壊滅したはずだ。正直言ってまだ信じられない。一気に緊張感が張り詰めた。走り去る黒コートを見逃さないように全速力で走る。
「待て!」
フェイトがそう叫ぶと黒コートが急に立ち止まった。周りには通行人が一人も居ない狭い路地。影になっている所為でやや薄暗く、静かな通りだ。
「お前……何者だ……」
フェイトは腰に吊るしたバスタードソードのグリップを握りしめて、いつでも抜刀できるように構えた。そして黒コートに問い質す。黒コートはゆっくりとフェイトの方に身体を向けた。
「これを……見ろ……」
「________!」
黒コートの声に聞き覚えがある。この黒コートは墓地で襲撃してきた五人の黒コートの中に居た、素速い突き攻撃を繰り出す手練れの奴だ。
黒コートはコートの裏側から一枚の紙を取り出してフェイトの方に軽く投げる。その紙が風に流されてフェイトの足元に落ちた。
「________!」
視線を落として紙を見る。その紙は写真でイレーナが写っていた。手足に拘束具をはめられていて、口を布のような物で塞いでいる。
「イレーナに何をした……」
事態を悟ったフェイトは鋭い目つきで黒コートを睨む。今すぐにでも斬り殺したい衝動に駆られた。
「裏に書かれた場所まで……一人で来い……。騎士を呼べば……女は殺す……」
黒コートはそう言って自身のネックレスの飾りである魔導石を握りしめた。そして黒い霧に覆われて音も無く消える。
心臓の鼓動が速くなって呼吸がやりづらくなる。唐突に訪れた状況を上手く飲み込めない。ただ、イレーナに危険が迫っている事だけははっきりと理解できる。
転移魔法で消えた黒コートに何も出来なかった事に苛々が募る。込み上げる怒りをぶつけるようにフェイトは狭い路地で叫んだ。




