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夜更けの森は不気味に静まり返っている。
虫の音ひとつ聞こえない。
辺りは暗く、空から木々の隙間を抜けて地面へと降り注ぐ月光だけが視界の頼りだ。
そんな森の奥深く、暗闇の中を全速力で走る一人の男がいた。
真っ黒なコートを羽織り、顔はコートに付いたフードで覆われていて見えない。
腰の左側に一本の長剣を吊るしており、両肩には剣帯を掛けて、それを利用して二本の短剣を交差させるように背中に吊るしている。
三本とも黒い鞘に収まっており、鍔の装飾は時折、月光を受けて鈍色に輝いていた。
「はぁ__はぁ__はぁ」
呼吸が少し荒いが、速力は衰えず一定の速度を保っている。
それも、このような状況では止むを得ない。
森は時に魔物共の住処と為り、本来なら夜更けに行動するのはあまりに危険だからだ。
しばらく走っていると、男の視界が周囲を明るく照らす灯火を捉えた。
「はぁ__はぁ__やっと__見つけた」
男は走りを止めて、素早くその場にしゃがみ込むと、草木の茂みに身を潜めた。
そして静かに深呼吸を繰り返し、荒くなった呼吸を整え、灯火の方へ視線を向ける。
灯火の正体は焚き火で、その周りには奇怪な声をあげる複数の人影があった。
だが、奴等は人ではない。
体長は人間の子供の大きさほどで、毛髪は無く赤銅色の肌に貧相な体格をした醜い姿が特徴。
尖った耳に、鉤状に曲がった大きな鼻と身体に不釣り合いな大きさの頭。
暗闇の中で黄色く光る落ちくぼんでぎらぎらとした目は血走り、鋭利な牙を剥き出しにしている。
奴等の正体はゴブリンだ。
その性格は粗野で臆病と言われている下級の魔物だが、貧相な体格からは想像もつかないほどの怪力を持っており、まともに殴られれば骨が砕け、酷ければ内臓が破裂する。
また、ゴブリンはわずかに知性がある。
独自の言葉で会話をして集団を作り、その群れで巧みに人を襲う非常に厄介な魔物だ。
「数は……十三か……」
男は落ち着いた声で呟く。
そして両手を背中に回すと、二本の短剣をなるべく音を立てないよう静かにゆっくりと引き抜いた。
「はぁー……ふぅー……」
一度だけ深く深呼吸をする。
そしてとっさに草木の茂みから飛び出した。
『ギャギィ?』
草木が揺れた音に気づいたゴブリン達が奇声を発して男に視線を向ける。
だが遅い__男はすでに一体のゴブリンの目の前まで迫っていた。
『ギャアアアァァアァァァア‼』
迫られたゴブリンが奇声を上げる。
男は冷ややかな目でゴブリンを睨むと、両手を交差させ、二本の短剣を同時に左右に薙ぎ払い、ゴブリンの胴体を斬り裂いた。
そして間髪容れずに、斬り裂いたゴブリンの後ろにいるもう一体の頭目掛けて左手に握った短剣を投げる。
投げられた短剣はゴブリンの頭を貫き、その身体は地面に倒れた。
『グガァアァァァ‼』
『ギャギィギャギィ‼』
残った十一体のゴブリンは、奇声を上げると同時に一斉に男に襲いかかる。
男は自身が短剣を頭に刺したゴブリンの下まで走ると、勢いよく左手で短剣を引き抜くと同時に、背後に迫っていたゴブリンの胴体を右手に握った短剣で真っ二つにした。
そして自身に襲いかかるゴブリンを次々と流れるように斬り裂いていく。
殺されたゴブリン達の血飛沫が舞い、斬り刻まれた身体が地面に転がった。
男は、視界に捉えた最後の一体を斬り殺すと、背筋を伸ばして背後を見た。
まだゴブリンが一体生き残っている。
『ギィ……グゥギィ……』
ゴブリンは恐怖にかられ、その表情は引きつっている。怯えているようだ。
「逃げるなよ……」
男はゴブリンに歩み寄っていく。
『グゥギャァァァアア‼』
ゴブリンが男に背を向けて逃げ出した。
直後、ゴブリンの首を短剣が貫く。
男が投げたものだ。
ゴブリンは力を失い地面に倒れた。
男は止めを刺したゴブリンに歩み寄ると、短剣をゴブリンの首から引き抜く。
そして両手に握った短剣を一度だけ横に払い、短剣の刃を濡らす血を払い飛ばして背中の鞘に収めた。
「…………」
無言で夜空を見上げる。
「帰るか……」
男は歩き出し、森の暗闇に消えて行った。