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WILL  作者: 桜雪猫
一年目
6/13

一年目―秋1

ノロノロ更新ですが、読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。


毎度のことながら行き当たりばったり感が否めず申し訳ありません。


そのうち改定を加えるかもしれませんが、ひとまずお楽しみいただけましたら幸いです。

昼間はまだ半袖で過ごしてもいいかなと思う熱気があるのに、夜になるとさすがに肌寒さを感じるようになった中秋の頃。

ルイはさきはに連れられていつものように仕事に来ていた。


「幸ぁ~寒い」


長袖にはしてきたものの薄手のカッターシャツでは冷える。ルイは自分の肩を抱きながら、隣の幸に訴え続ける。


「そやから上着着といでって言うたやんか」

「その台詞、10回ぐらい聞いたわ」

「ルイに寒いってその倍ぐらい言われてる気がするんやけど」


ターゲットを待っている間とはいえ緊張感のかけらもない。


「……早くこないかな」


ルイがビルの陰から通りを伺い見る。情報によるとそろそろ仕事帰りのターゲットがここを通るはずだ。


「ルイ、言うてたらお待ちかねが来たで」


幸が声のトーンを落として大通りからの曲がり角を示した。ルイの視界にもターゲットの姿が入る。


「じゃあお先に」


ルイは幸に向かいウインクすると軽いテンションで駆け出していく。すぐにターゲットの男に接触すると彼女お得意の武器―ワイヤーロープが炸裂する。ルイの左腕のブレスレッドから伸びたワイヤーが首に巻きつき、窒息しかけの男が真っ赤な顔でもがき続ける。その力はかなりのもので小柄なルイが抑えるのはかなり労を要した。


「急いでよ。腕が千切れる!」

「ええけど、ちょい近ないか?」


拳銃を構えた幸がルイとターゲットの近さに難色を示す。ターゲットだけに当てることは造作もないが、このまま撃ち殺すと確実にルイが返り血まみれになる。


「いいから! 早く!」


仕事中になに躊躇っているのだとルイの視線が幸を責める。


「へいへい。文句は受付へんで」


幸はふぅと溜息を吐くとマガジンの中身を全て男に打ち込む。当然、派手に鮮血を撒き散らして男が絶命した。


「うわ、血塗れ。最悪」


ルイは男の全体重がかかる前に素早くワイヤーを巻取り、頬を汚す血を無造作に拭う。一瞬だけすでに肉塊と化したソレに視線を落とすがもはや興味はない。幸は拳銃をホルダーにしまうと携帯で処理担当の隊員に連絡を入れる。


半年前にこの仕事を始めたとは思えない馴染みようだった。



「ただいま、麻生シャワー使わせて」


我が家同然の扱いで究竟室に入ると身につけていた武器類を全て外し、ソファーに置こうとする。


「ちょっと待て!そのまま置くな、血が付く」


ルイの姿を見た麻生が慌ててタオルを投げる。


「あ、ごめん」


自分もそうだったし、幸の時もそうだった。だからルイが人殺しという仕事にすぐになじんだこともさして気にはならなかった。そんなものだと思っていたのだ。


「何をどうしたらそんなに血塗れになるんだ?」

「ターゲットのすぐ近くにいたのに幸が頭なんてぶち抜くからこんなことになった」

「ワイ、ちゃんと近ないかって聞いたもん」


ルイとは対照的に全く汚れていない幸はジャケットを脱ぎ捨ててすでにくつろいでいる。


「だから何にも言ってないでしょ。とりあえずシャワー借りるわよ。ついでに着替え貸して」

「勝手にしろ」


すでに日常になっているこの状態に疑問はない。妹というものが存在するならこんな感じだろうかとたまに思うぐらいだった。


ルイが幸に拾われておよそ半年、今年の暦も四分の三が終わろうとしている。

気付けばいつもこの三人で過ごしていた。それもこれも仕事ではない時でもルイがなんだかんだでこの究竟室に、居座っているからだ。

暇があればほとんど人の訪れないこの部屋で本を読んだり、音楽を聴いたりしている。まあ、幸と二人きりでいることが多かった空間に単純にルイが加わっただけのことだ。だからといって仕事がある時以外に特別会話が弾むわけでもない。ただ、たまにくだらない会話をして、たまに書類の片づけを手伝わせて、一緒に食事をしたりするぐらいだ。しかし、その甲斐あってか仕事の時以外はあまり会話をしなくなっていた幸とも究竟になる前の頃と同じぐらいどうでもいい会話をするようになった。



「平和ってきっとこういう時間を言うのよね」


唐突にルイが呟く。


「どうしたんだいきなり」


いつものように、ルイは応接用ソファーに三角座りで読書をし、幸はルイの向かいに寝そべって小山のように積んだ新聞に目を通し、麻生は机で月末の報告書を書いていた。


「今日もあんだけ人ぶち殺しといて平和はないやろ」


ないないというように幸が左右に手を振る。


「そりゃ仕事はしたけど、誰かのどなり声が響いているわけでもなけりゃ、自分のご飯に毒が盛られているわけでもなく、これだけ明るい光の下で自分の好きな本を好きなだけ読める。自由に束縛なく生きられるって平和の証だと思うのよね」

「CROWという檻は束縛じゃないのか?」

「鳥籠の鳥だった半年前に比べると今はサファリパークの獣の気分よ」


ルイがにまっと笑う。何故急にそんなことを言いだしたのかはわからないが、二人にもルイの言いたいことは十分に理解できる。


大きすぎる檻はもはや檻ではない。


「確かに穏やかだな。私もルイが来てから究竟としてはほとんど出ていないしな」

「そう言われてみればほんまに何にもないな。この半年」


そのルイの言う、何でもない平和が嵐の前の静けさであることをこの時の三人は気付かなかった。



風は突如吹き荒れ、嵐を呼び、平穏を崩す。その風の訪れは後五分ほどで日付が変わる頃のことだった。





「グーテンアーベント、皆さん」


その男はどうやったのか5階の窓に突如現れ腰掛けていた。カジュアルな感じの黒に近いグレーのブレザーと黒の綿パン。声を聞かなければ性別に悩む中性的で目鼻立ちの整った色白の美人は一本に束ねられた腰を越えるほどの漆黒の長髪を風に揺らして冷笑を浮かべていた。

夜風の寒いこの季節に窓を開け放つほどバカではないし、そもそもこんな高い場所の窓を無用心に開けていることは滅多にない。それなのにそこに当たり前のような顔をして居たのだ。

三人の反応はほぼ同時で、人の気配を感じた瞬間に動いていた。一番早かった幸は新聞を払いのけ男に拳銃を向けて愕然としている。コンマ数秒遅れた麻生は同じように一度は男に向けたであろう拳銃を持った腕をだらりと下ろしたまま呆然としている。二人から数秒遅れて動いたルイだけが“攻撃”にまで行動を進める。


「何の用かしら?こんなに遅い時間に事前のアポもなく究竟を尋ねてくるなんて非常識じゃなくって?」


殺気丸出しでワイヤーを飛ばし、男の首を取ろうとする。男は涼しい顔で首とワイヤーの間にナイフを握った手を挟んでいる。その気になったら鉄でも切り裂くことのできる合金ワイヤーだというのに余裕の表情だった。


「ルイ!手ぇ出すんやない。そいつは……」


幸の叫び声にもルイは耳を貸すことなく、ただ男を睨みつける。


水上(みずかみ)月夜(つきや)……時間には律儀なようね」

「2年というお約束でしたので。ずいぶんと良い表情をするようになったじゃありませんか、ルイ」

「おかげさまで、貴方の首を飛ばす技術まで手に入れたわよ」

「残念ながら半年足らずでは力量不足ですけどね」


引っ張られると思った時には瞬間的に間合いを詰められ、手の届くところにナイフが突きつけられていた。男ー水上月夜が一歩でも踏み出せば容易くルイは命を落とすだろう。

ルイは胸元に突きつけられたナイフの切っ先に息を呑み、それから盛大にため息をついて両手を上げる。その手からは巻き取れなかったワイヤーが滑り落ちた。


「それでも賭けはあたしの勝ちのはずよ。こうなることが貴方の計算だったかはわからないけど、あたしはこうしてここにいるわ。だからもう貴方が私を殺すことはない……そうでしょ?」


諦めたかのようなその姿勢だったが、ルイの殺気は消えていなかった。月夜が気を抜けばルイは再び武器を手に襲いかかるつもりだろう。それを分かっているのか月夜はナイフの切っ先を全く動かそうとせず、視線もルイからそらされることはなかった。


「これ以上、あたしの日常生活を邪魔しないで。賭けの結果がわかったらさっさと姿を消してくれないかしら」


声高に叫ぶこともあからさまな罵り方をするわけでもなかったが、今のルイが明らかに水上月夜という人物に殺意を向けていることだけはこの場の誰もが分かっていた。ただの勝気な少女という認識しか持たなかった幸と麻生には今のルイの姿は驚きだった。誰かに恨みや憎しみという感情を向けるそぶりをこの半年見せたことがなかったからだ。殺そうとした幸にも、人殺しをさせる麻生にもルイが敵意を向けることはなかった。

それなのに、今のルイは何十年も隊員をしてきた者にも劣らない覇気を見せている。


「今日は別に貴方を狩るために来たんじゃありませんから、そんなに好戦的にならないでもらえますか。ひょっとして何も聞いてませんか、あの子たちから?」


ナイフを納め、ルイと間合いを開けた月夜が麻生と幸に視線を向ける。


「ルイに賭けを持ちかけて生かした暗殺者ってこいつか?」


緊張した幸の声が問う。


「……そうよ」

「ルイがこの世界に落ちてくるように仕向けたんはあんたか?」

「自分で迎えに行くつもりしてたんですが、思った以上に彼女の周りがしつこかったんですよ。まあ、そこで死んだらそれまでの人間だったと思ったと思うんですが、諸事情が諸々ありまして予定を繰り上げて麻生の所に手を回させていただきました。幸を拾った時よりスムーズに事が運んだでしょう、麻生?」


名前を呼ばれた麻生が明らかに身を強張らせ、月夜にすがる様な視線を向ける。


「安房支社究竟、ちゃんと努めていると大和に聞きましたよ。仕事にはなれましたか?」


ともに過ごしていたあの頃と何も変わらない表情と仕草。男性にしては少し高いアルトに近い声。もう二度と呼んでもらえないとおもっていた自分にとっての絶対的支配者の声が優しく名前を口にする。声はでず、麻生は唇を噛みしめて首を横に振った。

変わらない穏やかな声を聞くだけで涙が零れそうになる。ひょっとしたら自分は捨てられたのではないのではないかと思ってしまう。あんなに酷い別れ方をしたのに、それさえも彼の日常的な教育の一環だったのではないなと考える自分がいた。


「部下を狩るのが辛いのですよね?」


今度はただ一度頷く。

ミスを犯したり、よくない企てをした部下を裁くのが究竟の仕事だった。仕事だからしているが、本当なら……


「麻生は優しいですからね」


何度も横に首を振る麻生。その姿からは普段の冷静で落ち着き払った年齢よりも成熟した麻生は想像もつかないほどかけ離れたものになっていた。


「今さらワイらんとこに来て、何が目的やねん」


幸は月夜から視線をそらさず、立ち尽くす麻生と月夜の間に立った。まるで何かがあったときには自分が盾になれるように。その意図はルイにも伝わったのか麻生を隠すように幸の隣に立った。


「帰国の挨拶と招待状を届けに来ただけですよ。久々に貴方達の顔も見たかったですし、ルイもちゃんとここにいるって大和に聞きましたからね」

「ふざけんなや!」

「ふざけてなんていませんよ」


状況は一触即発だった。その状況を動かしたのは意外にもルイだった。


「とりあえず、その招待状とかいうのだけもらうから今日は帰って。あたしも、こいつらも今は混乱しててとてもじゃないけど貴方と冷静に話をできそうにないから。あたし達だけで話をさせて……お互い、あの頃のことを知らないままでは貴方に向き合うことは不可能だと思うの。だからお願い……」


ルイが右手を差し出す。その手が小刻みに震えているのはあの日の恐怖が未だに消えていないから。それを愉快そうに見ていた月夜が封書をルイの手の上にそっと置いた。


「貴方はもっと僕を恐れるか、憎むかすると思っていました。二年前はただ諦めることしかできない子どもだったのに。良くも悪くもいい時間を過ごしたようですね」


恐怖の象徴のような印象だった男が口にする優しく穏やかな言葉の数々にルイは困惑する。しかしそれを意地で顔には出さず、封書を受け取った。


「今日のところは大人しく帰ります。僕も帰ってきたばかりで色々と準備があって忙しいですからね」


軽やかな動きで窓枠を跨ぐと月夜はまた夜風に髪をなびかせてそこに座った。


「麻生、幸、それからルイ。ちゃんと手紙は読んでくださいね。読まずにたべちゃったらダメですよ」

「月夜、私は……っ!?」


月夜に向って手を伸ばそうとする麻生。月夜はそれを止めるように自分の唇に人差し指を当てて微笑み、そのまま背中から外に落ちた。


「月夜!!」


三人が慌てて窓に駆け寄るが、すでに闇夜の中に水上月夜の姿はなかった。


「まさかこんなドッキリが隠されているとは思っていなかったわ」

「ワイもやわ。とりあえず、お互いに情報交換はしといたほうがよさそうやな。麻生、今日の夜勤……麻生?」


茫然自失で立ち尽くす麻生の肩を幸が叩く。麻生はその呼びかけに辛うじて応えた。


「ああ、すまない。聞いている。……ルイ、申し訳ないが館山に今日は社内で隊員の采配をするように頼んできてくれ」

「ん、あたしが伝えていいのね?」

「かまわん。私が急用でここに篭ると言えば詮索はしないだろう」

「了解」


素直に究竟室を出て行くルイを見送った麻生は深い深いため息をついてその場にうずくまる。


「大丈夫……なわけないな。コーヒーでも入れるさかい、麻生は座っとり。……ルイに話すん無理そうやったらワイが説明しとくけど?」

「いや、大丈夫だ。いつまでもこんなままで引きずるわけにはいかないんだからな」


立ち上がった麻生の顔色は青ざめていてとてもじゃないが、大丈夫とは程遠かった。それでも幸は麻生がそう言うならと見て見ない振りをする。

安房支社の上級隊員である館山に今日の夜勤業務を頼みに行ったルイは数分で部屋に戻ってきた。そしてソファーに座ると自分専用のマグカップからコーヒーを一口飲み、おもむろにテーブルの上に封書を置いた。


「招待状開く前にあいつ……水上月夜について教えて欲しいわ。あんた達とあいつはどんな関係なの?」

「月夜は元々のここの究竟で、ワイらの上司や」


マグカップを両手で握り、中身をちびちび飲んでいた幸が答える。


「CROWの暗殺者だったのね……」

「少し長い話になるが、聞いてくれるか?」


そう前置きをする麻生にルイは頷いて見せた。ただの上司で無かったことは麻生の様子を見ればすぐにわかる。立ち入らない方がいいというのも分かっていたが、今後のことを考えると情報は多い方がいいとルイは判断した。


「水上月夜とその弟、空夜くうやは私の育ての親だ。だが同時に私の両親……いや、あの日屋敷で死んだ志斉の関係者全ての仇でもある」


建築業界ではその名を知らないものはいないと言われた志斉家。両親共に一流の建築家で、日本国内のみならず海外でも広く仕事をしていたらしい。その辺りの両親の仕事を麻生は世間の他人と同じ程度しか知らない。幼かった自分にとってはいつも忙しくてなかなか会えない人たちという認識程度でしかなかった。それでも、今でもちゃんと思い出せる程度には愛されていた自覚はあるし、共に過ごした年月は幸せだった思い出だ。

ただし、彼らはすでにいない。突如現れた殺し屋に殺された。暮らしていた屋敷は使用人諸共焼き払われ、今となっては自分以外にあの時の生き残りはいない。世間では不運な火災事故として処理され、新聞では麻生自身も死亡と報じられた。

人当たりの良かった両親を悪く言う人を麻生は知らない。仕事上でのトラブルはあっただろうが、殺したいとまで思われるようなことをする人たちだったとは思えない。何故なにもかも消し去らなければならなかったのかを麻生はいまだに知ろうとしたことはない。あれから十年以上が経つが、まだそれを背負えるだけの器がないと思っている。いずれその時がきたら嫌でも知ることになるだろうと思う程度のことだった。


「親を殺されたのに、そいつらに育てられたの?」

「元々忙しくてほとんど一緒に過ごした記憶のないような両親だったから、悲しいかと聞かれたら正直よくわからなかった。ただ、今度こそ独りぼっちになったのだと思ったら無性に寂しくたまらなかった。だから月夜にここで両親と共に殺して欲しいと願った。悲しみや恐怖からではなく、これから訪れるであろう寂しさと孤独から逃れたくて死を願ったんだ。でも何故か月夜は私を殺してくれなかった。色々あって月夜達と生活を共にして暗殺者として生きていくことになった。そうこうしている間に人並み程度には生きたいと思うようになっていた」


ルイには麻生が孤独に恐怖するようなタイプの人間とは思えなかった。一人でも十分に生きられるのに周囲が勝手に彼をしたってしまうのだと感じていたのだ。そう見えていたのは彼の不器用さだと今更ながらに気づき、ルイは自分の観察眼もまだまだだなと内心で考えていた。もちろんそんなことを口にして話の腰を折ったりはしない。


「共に過ごした時間は親よりも月夜達の方が遥かに長い。生きる術、暗殺術、学問、それからこの世の中にある数限りない楽しいことや辛いこと……今、この場で言葉にしきれないほどのたくさんのものを彼らには与えられてきた。私にとって月夜は絶対的な支配者であり、目標なんだ」


その語りがいまだに麻生にとって水上月夜がどれほど大きな存在であるかを如実に示していた。現に月夜のことを語る麻生の表情はどことなく誇らしげで、さながら自慢の父親を他者に紹介するかのようだった。


「だが……」


懐かしそうに思い出を語っていた麻生の表情が一瞬にして翳り、声のトーンもこれ以上ないと言うほど沈んだものに変わった。


「今から約二年前、唐突に月夜は私を置いてドイツに転属した。今までと同じように連れて行ってもらえるのだと信じて疑わなかった。それなのに月夜は私にここの究竟という重石をつけて捨てて行ったんだ。久しぶりに本気で死にたいと思ったよ。実際、死んでやろうと思ってたんだ。でもできなかった」


できなかった理由を麻生は語らなかった。たぶん命が惜しかったとか死ぬのが怖かったとかそんな理由ではない。もっと他に死ねない理由があったのだろう。しかしそれは今、聞かなければならないことではなかった。


「……大体の事情は理解したわ。そこで幾つか聞きたいんだけど」


これ以上、麻生に語らせるのは良くないのではないかと感じたルイが話を止めて尋ねた。


「CROWって、世界チェーンの会社なの?」

「チェーンって、お前……まあ、ニュアンスはかなり違うが世界中に存在することに違いはないな」


てっきり日本だけに存在するのだと思っていたルイはその規模の大きさに驚きを隠せずにいた。しかし、CROWが世界規模の会社だということは聞いた記憶がない。当然世界中と取引があることは分かっていたが、まさか世界中に支部を持つ会社だとは思っていなかったのだ。


「……そう言えば麻生が最初に自己紹介してくれた時、CROW日本支部安房支社究竟って名乗ってたっけ?」

「ただ、日本支部っていうのは便宜上使われているだけで、基本的にCROWはその国々で独立した構造になっている組織だ」

「フランチャイズ?」


あくまでも会社組織としての考え方から抜け出せないルイに幸が苦笑しながら手を横に振る。


「ちゃうちゃう。日本はたまたま会社っちゅう形態をとっとるだけや。他の国に行ったら軍隊がCROWのところもあるし、政府そのものがCROWのところもある。王族がCROWを担ってる国もあったはずや。まあ、日本も古くは国の権力者を影で支えてきた一族の系統を組んどるし、その辺りは中国式って感じやな」

「中国式?」

「国の権力者=CROWってやつ。まあ、日本も中国も国のトップは別におるけど、それぞれの国のCROWのトップには逆らえんやろな」


まさしく影の支配者という奴だった。


「うわっ、一気にアングラ組織感が増したわね。で、その世界中のCROWは根っこで繋がってて、場合よっては世界規模の転勤があると?」

「普通はない。国によって習慣とルールが違い過ぎるさかい、そんなことしたらえらいこっちゃになんで」

「えっ、でもドイツ転属って……」

「何らかの事情で移住してもこの仕事続ける奴もおるし、他国の文化や技術を学ぶ為に相互で研修生制度を持ってる国もけっこうあんねん。なんやかんやで根っこは繋がっとるもんやから、やりとりがないわけやないんや。で、月夜がドイツにいきよったんも一応名目では相互交換の研修生てことらしいんやけどな」


ひと月から半年が相場の研修生制度で“無期限”と言い残して日本を旅立った月夜。その真意などわかろうはずもない。


「研修生で行ったはずなのにドイツ支部特務課で究竟補佐になったということまでは聞いた」

「……相変わらず情報通やなぁ。なんやかんやいいながら動向探っとったんかいな」

「本部で空夜にあった時に聞いただけだ。他意はない……」


語尾が消えそうになっているのを幸もルイもあえてツッコミはせず、話を先に進めようとする。


「特務課の究竟補佐?って、ちょい待てや。ルイ、なんでそんな立場にあった月夜が直々に殺しにきてん?」

「なに?そんなに特殊なことなの?」

「あー、日本は特務課必要なほどの国ちゃうもんな。基本的に通常の支社で処理するんが危険と判断された人物やったり団体やったりを処理するように、その国のCROWの中枢直轄機関なはずやねん。たしかドイツ支部も日本とおんなじで企業形態をとっとる国やから、本部づきっちゅうやつやな」

「本部預かりってことは今、あたしが毎日せっせとこなしてるような仕事のランクとは扱うものが違うってことよね?事情が揃えばその特務課は一般人の少女一人を殺すような仕事を請け負ったりもするわけ?」

「国家規模のテロ企てたとか。ドイツの首脳陣を殺そうとしとったとか。重大国家機密を盗んだりとか……上げ始めたらきりがないんやけど、そもそもルイなにしたんや?」


曰く、国内で受けた依頼は国を跨ぐことは通常ありえない。なぜなら法が国によって違うことと後々の処理が不便だからだ。たまに旅先での事故死扱いを望む顧客もいるが、その際はこちらから隊員を派遣して現地CROWに許可を取って任務にあたる。だから現地の隊員に仕事が回ることなど通常ならありえない。ましてや特務課が出張ってくるなどありえない。研修生も一応は現地隊員扱いなので月夜もその枠組みにあったと考えられる。


「何って言われてもそんな大それたことやった記憶はないわよ。本当に自分でもよくやってたなって思うぐらい真面目にお嬢様やってたんだから」

「……話したくなければ話さなくていいが、ルイはドイツで月夜と何があったんだ?」


散々麻生の話を聞いた後で自分のことは話したくないというのも不公平な気がしたし、別段隠さなくてはならないようなことでもない。たぶん組織が繋がっているのなら調べればわかることだろう。


「あたしの方こそちょっと長い思い出ばなしになるわ。それでもよかったら二年前のあの男との賭けの話、聞いてくれる?」

「夜はまだ長い。聞こう」


麻生と幸の視線を受けてルイは一つ頷いて語り始めた。


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