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WILL  作者: 桜雪猫
一年目
4/13

一年目―春~秋 1

長い間が空いてしまいましたが、マイペースで完結に向けて書き進めて行こうと思っています。


ワンフレーズでも気に入っていただける言葉があれば幸いです。

「冗談でしょ?」


盛大に眉を顰めたルイが幸の方を振り返った。幸の方は残念ながらというように肩を竦めるだけだった。


話は少しだけ戻り、ルイが安房にやってきた翌日の夕方。半日以上死んだように眠っていたルイは、目を覚ますと意外とケロっとした様子で今後についての話を麻生に尋ねた。

その様子に若干意表を突かれたような顔をした麻生だったが、すぐにいつも通りの渋さを秘めた表情に戻り言った。


曰く、

・幸の手が空いている限りは必要な技術の習得に務めること。

・それ以外の日中は自分の元で組織についての基礎知識を頭に叩き込むこと。

・当面は単独での外出を禁じること。

・寝起きはこのビルの一角にある隊員の仮寮で行うこと。


不便極まりないと思われる条件だったが、生活に慣れるまでだという麻生の補足を聞くまでもなく、ルイは頷いて見せた。

一度状況を受け入れると口にしたルイには拒絶という単語は存在しないかのようだった。

その様子に麻生は内心、一抹の不安のようなものを感じながらも、あとを幸に託すことにした。


そして現在、安房支社屋上にひっそり……とはしてないが、こじんまりと作られている射撃場に幸とルイはいた。

ここで冒頭の“冗談でしょ?”に戻るのだ。

なにが冗談だとルイに思わせたかというと、仕事用の武器についての説明にあった。


「冗談やないて。拳銃に関しては暗黙のルールで所持必須みたいになっとるけど、日常使いは選択自由やで。ワイはめんどーやから拳銃とナイフぐらいしかもっとらんけど、なかには歩く武器庫みたいなやつもおるし」


ほけほけと指を折りながら例を挙げていく幸。


「硝煙の匂いが服に着くんが絶対に嫌やからいうてナイフ一筋の姉ちゃんもおるし、絞め殺さな仕事しとる気にならんていうのもいたし、薬殺にこだわっとったマッドサイエンティストのなりそこないもおったな。まあ、あいつは趣味に走りすぎて隊規に触れて処分されよったけど」

「どうでもいい小ネタはいいけど、武器自由ならどうやって選ぶのよ。あたし、昨日までカタギだったのよ。いきなりこれがいいです!って自己申告したらやばいでしょ」


わずか数時間前まで、堅気どころか“超”のつくお嬢様だった少女の言葉とは思えない。と突っ込む性格を幸がしていなかったのは幸か不幸か?

ここはまあ、話がスムーズに進むと言うてんで幸いだったと思っておくことにしよう。


「大半は拳銃かナイフからスタートやな。半分以上は“学園”ちゅうところでいろんな知識と技術を習得してから実践につくさかい、それまでに適性見つけよるんやけど……」

「学園?暗殺者養成所があるわけ?」

「まあな」


自分は出身ちがうで〜とまたものんきに幸が付け加える。ルイはそんな幸の反応に深々とため息をついて片手で顔を覆った。


「だったらあたしもその養成所に行くわけ?」

「いやいや。そんな時間ないさかい、ワイらの元で即実践やんか」

「じゃあ、最初の質問に戻るわ。どうやって適性武器を見つければいいの?」

「色々つこてみて、これやっていうん見つけるしかないなぁ。まぁ、とりあえず拳銃からはじめたらどうや?」


そんなこんなで、結局は360度回って元の位置。基本の基からのスタートとなった。



「せやから急所やないて何べん言うたら分かるんや?」

「そんなこと言ったって、あんな小さな的になにが書いてあるかなんて分かるわけないじゃない。急所ってどれよ!」


20mほど離れた場所に人型の人形が置いてある。そこには数々の文字(人に見えるほどの大きさではない)が書かれている。


「頭、咽喉……他にもあるで」

「だから見えないって」

「それ、貸してみ」


ルイに手を差し出し拳銃を受け取る。


「よう見とりや」


打ち出された銃弾は全て急所に当たる。


「すごっ……」

「まあ、殺すだけやったら最初はとりあえず的のでかい胴体を狙うことやな。数打ち込んだらなんとかなるし」

「……なんかイメージしてたのと違う」

「マンガかなんかの暗殺者を想像しとるんやったら、そりゃイメージもちゃうやろな」


ルイに拳銃を返し、幸が笑う。ルイは腑に落ちないものを感じながらも、教えられた通りに引き金を引く。それは次第に人型に近づき、打った弾が100を超えた頃には人型の頭の真ん中を的確に貫く様になっていた。


「なんや飲み込み早いやん。この調子やったらすぐに打ちわけもできるようになるわ」


発砲の衝撃を受け続けて若干痺れている手を振りながら、ルイは自分の背後に並べられた武器の数々に改めて目を向けた。


「変わったの色々あるけど、これみんな使ってる人がどこかにいるのよね?」

「まぁなぁ。ワイあんまり器用やないから、全部説明してやることはできんけどな」

「ふーん」


そう言いながらルイは数ある武器を一つ一つ手に取り始める。その様子に初めて拳銃を握らされた時に見せた怯えはなかった。それはわずか数時間での変化だった。


「気になるんがあったら使い方の説明ぐらいすんで。ワイであかんやつは麻生に頼んでもええし。なんやかんやで麻生は器用やからなぁ」

「私がどうかしたか?」


不意に屋上に姿を見せた麻生に、ルイが少しだけ驚いた様子を見せる。幸は彼が来ていたことに気づいていたのかいたって普通だった。


「麻生が器用やって話」

「お前の方が器用だろ」

「ワイ、変わり種の武器類はよう使わんし。切る。撃つ。殴る。そんなシンプルなんしかよー使わんもん」

「なんだ、武器の話か」


なんの話だと思ったのか麻生が苦笑して見せた。


「なにか気になる物でもあったか?」


じっと武器類を見つめるルイに麻生が声をかける。ルイの視線はそれでも数ある武器類に注がれ続ける。不意にルイが一つの武器を手にした。


「これも?」


それは一見するとブレスレットのようなものだった。こんなものでどうやって人を殺すのかルイには皆目見当もつかなかった。


「中に特殊なワイヤーが仕込まれている。鉄ぐらいなら切れる代物だ」

「ぶった切る専門?」

「興味を持ったのか?」


麻生がそのブレスレットと手にして中のワイヤーを少し引き出す。


「見た目はワイヤーだが、実際は平たい形状になってて刃と峰がある。切ることもできるし、締めることもできる。……らしいのだが、あいにく私には切ることしかできない。それを帯締めに仕込んで器用に使いこなしていた奴を知っているのだが、今は本部勤めだからな……」

「ふーん。なんか必殺仕◯人みたいね」


麻生の手からブレスレットを受け取るとルイはそれを左腕にはめて試しにワイヤーをまとめがけて投げてみる。

“シュッ”と歯切れのいい音がして、ワイヤーは人型の的を捉える。そのままルイが腕をグイッと引くと人型はギチギチに締め上げられた。


「こういうことか……ということは」


ルイが一度腕を緩めるとワイヤーはほどけ、形状記憶合金であるためブレスレットに自動的に巻き取られる。


「これをこうして……」


ルイがブツブツ言いながら数歩前にでてもう一度ワイヤーを投げた。それは的確に人型の腕を捉え、次の瞬間……。


「マジか……」

「嘘だろ」


某然とする麻生、幸の目の前で人型の腕がぼとりと落ちた。


「決めた。あたし、これにするわ」


振り返ったルイが鮮やかな笑みでそう言った。


「昔っからスケ◯ンとか必殺とか憧れてたのよ〜」


かっこいいお姉様って素敵よねぇ〜とルイが明後日の方向に向かいそうな感想を漏らす。あまりに予想外の呑気な発言に脱力する男二人。


「まあ、気に入ったならそれを使ってみればいい。あとはお前の自由だ。もっとも、拳銃だけは必須だから現場に出るまでにみっちり訓練しろよ」


上司っぽい発言を受けたルイが麻生をマジマジと見つめた後、一瞬だけ浮かべたいたずらっ子そうな笑みを即座に消して答える。


「もちろんわかっています、志斉究竟」


背筋の伸びた真面目そのものの返しに麻生がたじろいだのは言うまでもない。

この猫っかぶりが!!などと自分のことは棚に上げたようなことを内心では叫びながらも麻生はルイに手短に用事を言いつける。


「珈琲を三つ入れてきてくれ。一緒に休憩にしよう。ついでに腕の傷を見るから消毒液を持ってこい」

「了解!」


どこに何があるかなど分かりもしないだろうにルイはパタパタと小走りで階下に向かって行った。その姿が完全に見えなくなったのを確認した麻生が真剣な眼差しで幸に問いかける。


「調子はどうだ?」

「ものすごいスピードで物事を覚えてこなしていきよる。さすがはLackやなと思うてしまうで……不本意やけどな。そやけど現場が心配やわ」

「お前みたいにか?」


幸は近くにあったナイフを手慰みにいじりながらもキッパリと返した。


「ワイらみたいにや」

「……それを言われると辛いな」

「Lackってそういうもんなんやろ」


Lackと何もかもを一括りにしてしまうのはよくないことだと本人達も自覚しながら、それでも自嘲をこめてそう言うしかなかった。予想通りの展開に麻生は苦いものを飲み込んで幸に言う。


「あまり悠長に時間をかけてやれないのが気の毒だが、一週間後に仕事を入れる。それまでにできる限りのことは叩き込んでやれ。その後はたぶん、休む暇はないと思え」

「やんな。半年で上級資格ってマジえげつないやんなぁ〜」

「できると思うか?」


答えなどは分かり切っている質問を麻生が投げかける。無駄なことをしない麻生にしては珍しいこともあるもんだと幸は少しだけ目を丸くする。


「やらなければならないことは百も承知だ。だが正直、いくらなんでも正気の沙汰とは思えんから……」


これからの半年間、何も知らなかった少女に朝も夜もなく人を殺めさせ続けることになる麻生がこれまた珍しいことに弱音らしきものを口にした。それを受けた幸は特に気負ったものもなさそうにほやんと青い空を見上げて言った。


「ん〜まずは一人目を殺させてみんとなんとも言えんけど、一回目が乗り切れたらたぶんできると思うで。あいつ、ワイと同んなじ匂いがすさかい」


そやしな……と幸はネコを思わせる愛嬌のある笑顔で麻生に向き合う。


「まっすぐ見ててやったらあいつはそれにちゃあんと答えるはずやで」


少しやんちゃで手のかかる弟の様な存在の相棒は時々こうやって自分の不安をふんわりと消してくれる。そんな時は自分より幸の方が何倍も精神的に成熟しているのだと思い知らされる。それに甘えている自分はまだまだ未熟だなとその度に麻生は密かに反省を繰り返すのだった。

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