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WILL  作者: 桜雪猫
一年目
3/13

一年目-春3

「ごめん……」

「なぜ謝る?」


ソファーで眠るルイに配慮して、幸と麻生は仕事用の机でボソボソと話す。

麻生は自分の机の背後にあるスチール棚からグラスと濃紺の瓶を持って席に着き、幸は行儀悪くその机に座っている状態だった。


「麻生まで危ない橋渡らせてしもたから……」

「ルイか?」

「迷わんと殺しとったらなんの杞憂もいらんかったのに……。殺せへんかったから」


俯く幸は珍しく本気で落ち込んでいるようだった。

そんな幸の前で麻生はグラスに赤紫の液体を注ぐ。


「飲むか?」

「ええわ」

「そうか」


グラスの中身を一気に飲み干すと、麻生は手酌で二杯目をつぐ。


「珍しいな。麻生がワイン飲むん」

「私にだって酔いたい日ぐらいあるさ」


日本の法律では完全に未成年に当たるのだが、一般から身体的にも精神的にも外れている彼らは早い段階から飲酒の習慣が身についしまっていた。といってもここ一・二年の事ではある。

特に麻生はここの究竟になってから頻繁に酒類を口にするようになった。


「ごめん」

「謝らないでくれ。いたたまれなくなる」

「せめてワイだけは麻生の負担になりたなかったのに」


一年半前、ここの究竟に麻生が就任した時、幸が自分に誓ったことだった。

それが今日、破られた。


「負担だなんて思ってない。むしろ今日のことは私の方がお前に謝りたいぐらいだ」

「なんで麻生が?」

「判断に躊躇った。大和さんの最後通告を聞くまでお前に仕事を振れなかった」


麻生の口から仕事に関することで躊躇うなんていう言葉を聞いたのは数年ぶりかもしれない。


「依頼書読んでたらあまりに似ていたからな……」

「確かに妹と同い年やけど、そんな仕事は今までからもこなしてきとるし、いまさらやん」

「お前にさ」


麻生が苦々しそうにそう呟いた。その言葉が予想外だったのか幸はキョトンとした表情で麻生を見た。


「ワイ?」

「幸を殺せなかったあの日のことを何度も何度も思い出すんだ。何もかも諦めたみたいな顔して世界を俯瞰して見ている。あの頃のお前にそっくりだった」

「自分ではようわからんわ」

「実物を目の前にしたら私もよくわからなくなった。でも、お前には殺させたくないのは今も変わらない。だから、この結末はある意味では、私はホッとしているんだ」


幸が麻生の手の中にあったグラスを奪い、中の液体を一口分だけ喉に流し込んだ。独特の酸味と辛さがふんわりとした香りと混じり喉を焼く。今の気分はこの飲み物に似ている。


「色々と思惑の渦巻いてそうな案件やけどな。大和はんから条件つけられたっていうてたやん。それってなんやねん?」

「やっぱり流してはくれないな」

「当たり前やん。ワイらに関わる条件でろくなことがあった試しがないやんか」


幸からグラスを奪い返した麻生が中身を一気に飲み干す。心地よく暖まれたらいいのに、今夜は一向に身体を火照らせてはくれない。

口の中が苦いのは、酒のせいか、気持ちのせいか?


「確かにろくでもないさ。訳もわからん。幸が連れて帰ってきた旨をつげたとたん、“そうか、ならお前の所で育てろ”だぞ。ロストは取られるみたいだが、切り捨てる羽目になっていた今までの部下が哀れに思えるぐらい呆気ない。学園ではなく私たちの手元で、だぞ。しかもLackであることはすでに掴んでいたようだし……」

「そもそも東京支社に回らんとこっちに回ってきてたことからして疑うべきことやったわ。で、まだあるんやろ?」

「ああ、極めつけが半年で上級資格を取らせろだ」

「はぁ?いくらなんでも無理やろ。毎日どんだけ仕事させるつもりやねん」


CROWの暗殺者には階級がある。一般企業で言う所の主任や係長と言った感じのものだ。

この組織ではそれが色で表され、特定の条件を満たすと上級隊員と呼ばれる資格を得る権利が与えられる。仕事内容や役職、待遇に関わることなので、条件はそれなりに難しい。

普通は何年もかけて取るものなのだが、今回はそれを半年足らずで取らせろとのお達しなのだ。


「能力的には不可能だと思っていない感じだな」

「実務はワイ。事務方は麻生。みっちり教え込んだら、Lackやったらできるやろ。つうか、たぶん仕込んだらあいつやったらやりよんで。負けず嫌いっぽいし」


この短時間でもその性格は各所に滲み出ていたことは麻生も気づいていた。それも幸に似ていると言ったらどんな表情をするだろうかと麻生はこっそり考える。

自分も十分に負けず嫌いだということにはここではあえて触れもせずに。


「とりあえずできるところまでやるしかないよな」

「そうやろな。大和さんが絡んでるんやったらどうしようもないわ」

「だな」


この話はこれで終わりだというように麻生がグラスに三杯目を注ぐ。それを彼が口に運ぶ前に幸がその手首を掴んだ。


「話をお終いにする前に、ワイへの罰則、もろとこうかなと思うんやけど。ロストの金額はもうちょいしなでんやろけど、ワイ個人の罰は今すぐでももらえるはずやし」


フェイルが任務失敗なら、ロストは任務消失と呼ばれるものだ。なんらかの事情で仕事自体が取り消されたり、無かったことにされる場合をこう呼ぶ。今回のように対象者が入隊する場合もこれに当たる。


「ワイだけ金で解決したら、周りに示しがつかんやろ」

「……だったら、私と同じにするか?」


幸の視線が麻生の両手に落ちる。


「うわぁ……標本は痛そうやな。げど、まあええか。麻生とお揃いやし」


麻生の手を離し、両手をニギニギしていた幸が意を決したように机の上に両手をついた。

しかし、麻生の視線が何かを考えるように部屋の彷徨い、ソファーで眠るルイを捉える。


「幸、標本は少し預かっておく。折をみて使わせてもらう。構わないな」


痛みに耐える覚悟を決めていた幸は思いがけずそれを先延ばしにされて、複雑そうな表情をする。嫌なことはできればさっさと片付けてしまいたい派なのだ。


「どんな嫌がらせかようわからんけど、志斉究竟の罰の一貫やったらしゃあないな」

「えらい嫌みだな」

「今日か明日かって考えながら生活すんのは意外と疲れんねんで」

「知ってる。悪いとは思っているが、近々役に立つ日がくると思うんだ」

「麻生がそう思うんやったらそうなんやろ」


今度こそこの話は終わりだというように麻生がグラスを口に運ぶ。それを見ていた幸が、自分のコーヒーカップを持ってきて濃紺の液体を注いだ。


「やっぱりワイも飲む」


その晩二人は久しぶりにたわいない話をずっと続けた。

まだ彼らがいた頃のように。




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to be continued...


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