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WILL  作者: 桜雪猫
一年目
13/13

聖夜の想い出3《一年目―冬》

全てを話終えた麻生は膝の上に組んだ腕に、うなだれるように額を預け深いため息をついた。


「あの日、私が帰ってきて欲しいと言わなかったら二人は死なずに済んだんだ」

「それ、本気で思ってる?あんたの話の中の月夜の言い方だとそう捉えるしかないのも無理はないと思うわ。でも探す手間が省けたとも言ったんでしょう。だったら……」


相手はCROWだ。たとえその日に両親が帰宅しなかったとしてもどこかで任務は果たされただろう。

たまたま月夜と空夜が情報を元に麻生の誕生日という機会に焦点を当てたに過ぎない。


「当時の私にはそう思うしかなかったんだ……」

「今は違うのよね?」

「分かることも増えた。あの日のことも知ってしまった。どれだけ考えても避けられなかったことだということはわかってるんだ。でも、両親が殺される覚悟をしてまでも拒んだことをやって今の私は生きている……」


あの日、あの時、あの場所で、麻生は幼心に両親との別離を避けたくて死を願った。しかしLackとしての本能的な知的欲求と、生き物としての死への恐怖に生かされた。それは次第に親の仇への歪んだ畏敬として執着に変わった。

一度は最悪の形で別れ、再び強く死を願ったが、今度は自分で蒔いていたタネがこの世に止めてくれた。巡り巡ってこの年まで生きてきてしまった。普段は思わないことなのにこの時期だけは生きていることが罪悪感につながってしまう。


「生きてってお母さんが言ったんでしょう?」

「そうだな……」

「自分で選びなさいってお父さんが言ったんでしょう?」

「ああ……」

「本当は答え、もう出てるのよね?」


縛られない生き方というものを貫き通した麻生の両親。そんな彼らがまかり間違っても子どもの人生を縛るはずがない。例えそれが自分たちの否定したものでも、きちんと腹を据えて決めたことなら反対はしなかったのだろう。


「今こうして生きていることをあなたの両親は咎めはしないんじゃないかしら?話聞いてる限りだと“最後まできちんと責任持ちなさい”とかはいいそうだけど」


幼稚園でお遊戯をするより、家の書庫にこもりたいと我儘を言った時も……

家に出入りする大人たちとの討論に夢中で小学校に通おうとしなかった時も……

両親はどうして?と尋ねるだけでちゃんとした答えを返せた時は“普通”を無理強いしなかった。怒られるのはいつも自分のした選択に責任を持たなかった時。


「私は今こうして生きてきてよかったと思い始めているんだ……。確かに暗殺業は辛いこともたくさんある。しかし、これほど刺激的な毎日を送ることは生きていなければ体験できなかったことだからな……。こんな私の選択を父様と母様は許してくださるだろうか?あの人たちと別れたこの日を何不自由なく生きていいのだろうか?」

「ばっかじゃない?人生楽しんでない方がたぶんあんたの親なら怒るわよ」



(麻生、1日も無駄にせず生きなさい。時間は無限にあるわけじやわないのよ)


(やりたいことも欲しいものも手を伸ばさずに諦めるような生き方はするなよ。握ることで怪我をするかもしれないが、その傷もまたお前の一部になるんだぞ)


(父様は怪我したことあるの?)


いつも楽しそうだった父と母。何かに失敗したところなど見たことがなかった。だから問うた。そうしたら両親はカラカラと笑ってなんでもないことのように言った。


(私たちは常に傷だらけだ。それでも後悔はしていないぞ)


(そうね。選んでしまったものを後からどうこう悩んでも時間は戻らないもの。だったらその怪我を無駄にしない選択を次はできるようにするわね)


人生は選択の連続で、選ぶたびに間違っていたのではないかと後ろばかり振り返ってしまう。もう片方を選んでいたらこうはならなかったのではないかと悩んでしまう。


「いいんだよな?私はこうして生きていて……」


月夜の手をとった時も、究竟の椅子を掴んだ時も、こうしてもう一度みんなと暮らす事を選んだ時も、その時はそれでいいと思う。それなのに何かのきっかけで不安に襲われて揺らぐ。誰かに確認せずにはいられなくなり、結果として今回のようなことになる。

ダメだと頭では分かっているのに性格なのかこれだけは年月を経ても悪癖として根付いている。


「馬鹿ね。本当はただ拒むことをやめるきっかけが欲しかっただけなんでしょ?あたしの性格なら頭ごなしに否定したらこうなることはあんたなら容易に想像できたんじゃない?うちのヘタレな男どもはたぶんずっと腫れものに触るみたいにあんたに接してきたんでしょ。だからいつまでも意地を張り続けなくちゃならなかったのよね?もう馬鹿な意地は張らずにとりあえずクリスマスから始めましょ。ケーキと鶏肉がハードル高いなら、ツリーだけで許してあげるから。当日はそうねぇ……鍋パーティーでもする?」


ルイなりの最大の譲歩だろうが、クリスマスの象徴たるツリーを譲らないあたりが実にルイらしい。


「お前も大概お節介な奴だな。わざわざ八つ当たりしているだけの惨めな男の背中押すためだけに喧嘩ふっかけたりして……」

「じゃあおせっかいついでに他所から来たから無責任に言えることいったげよっか?」


クスリと笑ったルイが確かに無責任とも取れるアドバイスをしてくれた。


「聞きたいこと全部遠慮しないで聞いちゃいなさいよ。離れてた時間があるにしても10年ぐらい育ててもらったんでしょ?それってもうとっくに本当の両親よりも長い時間一緒にいるんじゃない。いまさら取り繕ってもあんたの性格なんてあいつらみんな承知してんじゃない?これからも付き合ってくならどんとぶつかってみたら?」


水上月夜とは畏怖の対象で、従うべき指針だった。確かに逆らいもしたし我儘も言った。その分ひどい目にはあったけど、愛情を注がれていたということもまた事実。

憧れだけの崇拝対象から、共に暮らす仲間として時にはぶつかったり、言葉にして思いを伝えたりしなくてはならない時期にあるのだろう。


「本当に無責任な話だな。月夜がどれだけ恐ろしくて、どれだけ優しいか分かってないくせに……」


漏れるのは力無い苦笑。


「理解し始めてるつもりではいるけど、どだいあんた達みたいにはなれないわよ。だってあたしは初対面でレイプされて腹裂かれたんだから。優しさの帳尻あわせてもらうにはまだ時間がかかるわよ」


場が重たくなりすぎないように軽い口調で冗談めかしていうルイの優しさと強さ。それにこの半年足らずでいったいなんど救われたことだろう。やはり女性には叶わないのだと麻生は思わざるをえなかった。


「ルイ、悪かったな。八つ当たりして」

「別に気にしてないわ。気にしてないからツリー買いに行くの付き合いなさいよ」

「完全に根に持ってるじゃないか」

「あら失礼ね。カップルに溢れたクリスマス目前の日曜日に寂しく一人で買物に行けっていうの?」


麻生が降参だと言うように両手を上げる。


「準備できたら声かけろ。下で待ってる」

「了解」


男が出かけるのにそうそう支度はいらない。せいぜいコートを羽織り、そのポケットにスマホと財布を忍ばせるぐらいだ。

出かけ支度を済ませた麻生は気まずい感情を押し込めながらリビングに続く階段を降りた。


「あの……」

「出かけるんですか?」


何か言われるかと構えていたのに至っていつもどおりで気が抜けた。思えば彼らは今までからも荒れるこの時期の自分に何も言わずそっと時に任せてくれていたのだ。落ち着けばようやくその優しさに気付けた。


「なあ、月夜」

「はい?」

「あの日、私が両親に帰ってきてほしいと言わなければ二人は死ななかったか?」


ずっと口に出して聞くことはできなかった問いをようやく言葉にした。少し驚いたように目を瞬いた月夜が仕事中によく見せる冷笑を浮かべて答えてくれた。


「探す手間が省けたとあの日の僕は言ったはずですよ。帰っていなければ家令達を先に始末して、二人を追うだけです。当然、貴方も殺していたでしょうね。そのことについては謝るつもりも、後悔するつもりもありません。あれは仕事でした。だから、CROWに属するしか生きる道のなかった貴方のご両親が拒むという選択をなさった時点で、あれは決められた瞬間だったのですよ」


よどみなくスラスラと述べられる言葉を麻生は黙って聞いていた。


「そうそう、麻生。僕もあの時は知らなかったのですが、貴方のご両親、前日に最終勧告を受けた際に隊員に言っていたそうですよ。《子どもにはできることなら選択肢を与えて欲しい。生きていて欲しいと願うのは親の勝手だけど、実際にこれからを生きるのは彼自身だから。俺たちの選択とあの子の選択は違うもので当然だ。だからあの子が願うならどうかその道を進ませてやってほしい》と」


涙が溢れそうになった。

独りの時間は多かったけど、自分は確かに愛されていた。いつも思われていた。自分たちの信念に基づく生き方をたとえ子どもと共に生きる未来のためでも曲げることのできない性格だった両親。その結果が麻生の前での暗殺であり、麻生をこの世に独りで残すという結果に繋がった。

それでも二人は麻生の幸せを心から願い、彼が選ぶのならそれが自分たちの選ぶ道ではなくても構わないのだと自分たちを殺める相手に託したのだ。


「……変な両親だろう?」

「素敵なご両親じゃないですか」

「ああ、そうだな」


リビングテーブルの椅子から立ち上がった月夜が今にも泣き出しそうな麻生をそっと抱きしめた。そこには幸も空夜もいたのだが、麻生は謀ることなくその背中に手を回した。


「あの日のこと、僕は何一つ後悔していませんよ」

「わかってる」


仕事だったから。たぶん恨めない。たとえ相手が親の仇でも。自分が選んだのはお互いが一番の両親と過ごす時間よりも自分に広い世界を見せてくれる暗殺者との時間だったのだから。

そう考えると薄情な息子かもしれない。

麻生は自嘲的にクスリと笑った。そんな麻生に月夜は付け加えるように言った。


「貴方を生かした事も後悔してないことの一つですよ。生きていてくれてありがとうございます」


月夜の言葉にハッとして麻生が顔を上げる。


「月夜が連れて帰るいわはった時はどないなるやら思いましたけど、うちもこうやってまたみんなで暮らしていけるようになってこれでよかったんやと思うんよ。これまでに辛かったことようけあらはったけど、生きててくれはってありがとう」


いつの間にか月夜の隣に立っていた空夜が麻生の頭を撫でる。


「ほんま、月夜がおらんようになった時の麻生には困ったもんやと思たけど、お互いに生きててよかったな。麻生がおってくれるからワイもここでこうして生きてられるんやで。おおきに」


存在していいのだと言われたことにホッとした。間違いじゃないと言われることに安堵する。そうやって確認しないとまだ自分ではこの時期を乗り切れそうにはない。でもようやく一歩は踏み出せそうだ。


「ありがとう。心配かけて悪かったな。もう、大丈夫だ。でもごめん、まだ誕生日やクリスマスを祝うことはできそうにない」

「いいじゃないですか、それは別に。誰も誕生日なんてやろうと思ってませんし。まあ、ルイはどうか知りませんけどね」


四人でクスクス笑っているとトントンと軽い足音をさせてお出かけ準備をしたルイが降りてきた。


「あたしがどうかした?」


リビングの状況がようやく視界に入ったルイはキランと目を輝かせて四人に駆け寄った。


「なにこの美味しい状況。4P?」

「腐れた妄想をクリスマスの聖なる光に浄化してもらえ。行くか?」

「うん」


麻生の後ろをちょこちょこついていく姿はどこからどう見ても兄妹だ。これがすました顔して腕でも組んだら美男美女カップルに見えるのだから不思議だ。


「二人でデートやの?」

「ツリーを所望のお嬢様に付き合うだけだ。主に荷物持ちと財布が仕事だと思ってる」

「弱み握られたみたいやなぁ」


ニヤニヤ笑う幸に麻生が苦笑する。ルイもからかわれていることがわかっていながら気分を害した様子もなく麻生の腕にしがみつく。


「だったらたい焼きも奢って〜。駅前に鳴門金時餡たい焼き売ってるの〜」

「わかったわかった。じゃあ行ってくる」

「行ってきま〜す」


明るく笑いながら出かけていく二人を見送る月夜たち。その姿に三人がホッと息を吐く。


「笑ってましたね」

「楽しそうやったね」

「ルイのおかげやな。ワイらでは何年かかっても無理やったやろうにな」


一人の少女の存在が自分たちを変えていく。それは不快なものではなくてむしろ今までに感じたことのない心地よさだった。

今年はきっといい年の瀬を過ごせそうだと思う。



メリークリスマス

そして

ハッピーバースデー


----------

to be continue…


実は高校生の頃から書いているWILLですが、その初稿からの読者である某友人に「私のカッコいい麻生はどこに行った!?」と連絡がきました(笑)


読んでいただきました通り、投稿中の彼はヘタレまっしぐらです。きっとそのうちかっこよさを取り戻してくれることでしょう。


なんたって彼は安房支社にカッコ良さをお留守番させているのですから。きっとそのうち……(希望的観測)



今回もお付き合いありがとうございました。

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