表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WILL  作者: 桜雪猫
一年目
12/13

聖夜の想い出2《一年目―冬》

業界トップメーカー社長の一人娘ー志斉水生しざいみずきーに法務事務次官の三男坊ー桜庭麻人さくらばあさとーが勘当同然で家を追われ、婿入りをしたのは高校の卒業式のことだった。

もちろん官僚になることが定められていた麻人が、惚れた先輩を射止めるための条件とされていた大学での建築の勉強を選んだことが原因だった。持ち前のバイタリティで志斉家に馴染んだ父は母と共に建築を学びながら、同時に経営者としてのノウハウも義父から叩き込まれた。

二人がすごいところは《やりたいことに妥協をしないこと》だった。その証拠に母は建築の専門学校に通いながら夢だったピアニストへのキップまで手にしてしまった。

忙しく走り回り、飛び回る二人はいつも一緒だったらしい。美男美女と評判だった両親はどこにいっても話題の中心にいたと言う。鴛鴦夫婦の代名詞になるまでに時間はかからず、それでも子宝に恵まれないのは忙しすぎるせいだと笑われていたらしい。


「そんなノロケ話を子どもの寝物語にするような両親だ。変わってるだろう?」

「あら、心ときめく素敵な話じゃない。でも、その多忙なご両親に待望の赤ちゃん、麻生が生まれるのよね?」


麻生がコクリと頷き、懐かしむように当時を語る。


腹に宿った子どもはLackだったため、8ヶ月足らずでこの世に生を受けた。当然のように名家の跡取りとして普通じゃない子どもが生まれたことに中傷はあったらしい。でも両親は「私たちに似てせっかちな子が産まれちゃったわね」とあっけらかんと言ったらしい。そして自分たちから一字ずつ取って「麻生」と名付けた。次に産まれたら「水人」だねとか言っていたらしいが、あいにく二人目は生まれることがなかった。

子どもが生まれてからも両親は相変わらず忙しくて家にはほとんどいなかった。代わりに家にいることの多かった祖母がいつもそばにいてくれた。

成長の早い麻生が自分の足で歩けるようになり、色々なことに興味を持つようになるとやはり忙しい両親の代わりに祖父母が様々なところに連れて行ってくれるようになった。

Lack特有の子どもの域を逸脱した知的欲求を麻生も遺憾無く発揮した。それを厭うわけでもなく、祖父母も両親も麻生を伸び伸びと愛情たっぷりに育てた。


「両親そろって留守のことは多かったが、この頃はまだそう寂しいと思うことはなかった。祖父母が代わりにたくさん一緒にいてくれたから。流石はあの母を育て、あの父を婿に迎え入れた人達というべきかちょっと変わった人達だったけどな」


語る麻生の愛おしそうな眼差しが当時の彼らの愛情の深さを物語る。養子として育ったルイには少し羨ましいような幸せそのものだった。


「でも、その楽しい時間は唐突に終わった」


3歳になった頃、祖母が体調を崩しそのままあっけなくこの世を去った。両親に負けず劣らずの鴛鴦夫婦と言われていた祖父はそれ以来、気落ちしたのか父に家業の全てを譲り渡すと祖母の後を追うようにすぐに鬼籍に入ってしまった。残されたのは今まで以上に多忙な両親と幼い麻生。とたんに独りの時間が増えた。

身の回りのことは使用人や世話係がやってくれるから困りはしない。知的欲求は両親の部下や家庭教師が満たしてくれた。でもそれまでになかった寂しさだけは急速に膨らんでいった。


「大人は忙しい。私に微笑みかけてくれてもすぐにいなくなる。ふとした時に寂しくて我儘もたくさん言ったし、いたずらもたくさんした。でもそれは大人を、両親を困らせるだけで、寂しさが埋まるわけではないとすぐに悟ったんだ」

「麻生てちっちゃいころから妙な落ち着きを見せた我儘言わずかと思ってた」


ルイが「麻生もいたずらするような普通の子だったのね」と笑みをこぼした。麻生はそれに対して照れたように苦笑を返す。


「Lackの脳みそフル活用して無駄に手の込んだいたずらとかもしたさ。所詮は子どもの浅知恵だけどな」


悪戯も我儘も無意味だと悟り、甘えることを諦めていった。独りでも寂しくないと口にして、お仕事頑張ってと笑顔で両親を送り出した。賢く手のかからない子どもになろうとしたのは祖父母を亡くして一年が過ぎた頃だった。

週の大半を両親とは離れて過ごしたから、時折休みで家にいる両親との時間は何よりもかけがえのないものになった。母のピアノで私が歌い、父がウイスキーの入ったグラスを傾ける。幸せってこういう何気ないものだということを知った。


その細やかな幸せにも翳りが見え始めたのはそれからしばらくした夏だった。

大きなプロジェクトを成功させたと両親が言っていたのを麻生は我がことのように誇らしく思っていた。それなのにその話を聞いた少し後から度々難しい顔で話し込む両親の姿を目撃するようになったのだ。

それは秋になり、冬が訪れ、はっきりとはしないが不気味な足音として両親に迫っていたような気がする。それでも麻生の前ではいつもの両親だったので深いことなど何も考えずに、日常の孤独と休日の幸せの狭間で麻生は生活していた。



そして運命の日が訪れる……



「忙しい両親だったが唯一、12月24日と25日だけは何があっても家にいてくれたんだ」

「クリスマスイブとクリスマス……あんたの誕生日だから?」

「2歳の誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを使ってお願いしたんだ。その日だけは……って。年の瀬のクソ忙しい時に馬鹿なことを、と今なら思うが、当時の私にしてみると一番欲しかったものだったんだな。でもその年の24日、ちょうどランチをしている時に電話が鳴った。話し終えた父は難しい顔で黙り込み、そして一言、“すまない、約束を破る”と言った。本当はずっと一緒にいて欲しかったけど、いい子でいたかったから仕事なら仕方がないねって笑ってみせた。慌てて支度をして出かける両親を玄関まで見送った。だがどうしてかいつもみたいに上手く我慢できなくて、耐えきれなくなって二人に言ったんだ……」


“明日には帰ってきてね。絶対絶対一緒にいてね。今年の誕生日プレゼントだよ”


「両親が笑って頭を撫でてくれた。嬉しいはずのそれがその日は何故か不安を煽り、寂しさを増やしただけだった」


いつもの時間に就寝した麻生だったが、不意に夜中に目が覚めた。


(起こしちゃったわね)

(母様?……父様?)


両親が側にいたことにも驚いた。それでも父の力強い腕で抱き上げられるとホッとした。


(お誕生日おめでとう、麻生。大きくなったな)

(おめでとう、麻生。貴方にそれを伝えられて良かったわ)


母の温かな掌が頬を包む。

何がおかしい。嬉しいのに不安がよぎる。なにもないはずなのに何かが近づいてきている気がする。

不意に部屋の扉が音もなく開いた。そこに立っていたのは二十歳ぐらいの見た目の青年。とは言ってもまだどこか完成しきっていない不安定さが見受けられるので実際はもう少し若いかもしれない。一般男性の平均よりは少し低い身長とスラリとした身体つき。男性だと疑うことはないが、その顔つきはどことなく中性的で、後頭部の高い位置でくくられてなお腰にまで届くポニーテールが彼の美しさを引き立てているようだった。


(志斉麻人と志斉水生ですね?)


その男性が何故か死神だと思った。ただ黒のスーツ姿だったからというわけではない。研ぎ澄まされたような空気に包まれた男は普通とは違うと感じたのだ。


(こんなところまで来るか。もう逃してはくれないのだな)

(そうですね。最後通牒を突きつけにきました。あなたがたに問うのはこれが最後です)


男は部屋の入り口に立ったまま両親に問いかけた。


(CROWに従属しなさい)


問いと言ったわりに、それは完全な命令だった。否を許さない強制の言葉を平然と口にした青年に父が言った。


(答えは変わりません。我々は貴方がたの組織にははいりません。たとえその選択の結果が何をもたらそうとも)

(僕がここにいる意味を理解しての言葉ですか?)

(もちろんです。でもここで……子どもの眼の前ではやめていただきたい。だから行きましょうか)


遥か年下の青年に敬語で話す父。青年がクスリと笑う。その表情が微かだが視界に入った。

綺麗な顔。そう思った。でもそれはどこか冷たさを孕んでおり、無意識に身体が震えた。


(答えがそれなら、僕がすることはただ一つです。……空夜、始めてください)


独り言のような言葉はどうやら通信機器を通じての誰かへの指示らしい。


(麻生、お前はお前が選ぶ道を生きなさい)

(父様?)


父が母を抱きしめた。その直後に父がうめき声を上げて血を吐いた。


(っ!?)

(麻生、貴方は精一杯生きて)

(母様!!)


大好きな母の笑顔を目前にした。ギュッと抱きしめられたのに身体が動かず抱きしめ返すことはできなかった。そしてわずかなうめき声を漏らして母が崩れた。


(うあぁーーー!!)


ぬるりとした生温かい液体が両手を濡らす。ついでむせかえるような鉄の臭いが肺を満たした。


(っ!!)


こみ上げた吐き気をこらえきれず、その場でえづく。胃液だけしかでないそれはいつまでも苦しさを持続させ、涙がこぼれた。


(貴方が麻生ですか?思ったよりおっきかったので一瞬、わかりませんでしたよ)

(!?)


叫んだはずだった。大声で目の前の男に喚いたはずだったのだ。

でも……。


(どうしました、命乞いしないんですか?)


命乞い?今、したいのは、訴えたいのはそんなことではない。それが一向に伝わらない。


(あれ?しゃべれませんか?さすがに子どもには刺激が強すぎましたかね)


男が手に持ったナイフから血が伝い落ちる。一歩ずつわさとのようにゆっくりと近づいてくる。

死が目の前まで迫っていた。


(それにしても貴方、よほど両親に愛されていたのですね。そうでなければあれほど組織に脅されていながら帰ってくるはずないですもんね)


探す手間が省けてよかったですけど、と男が本当にそうとしか思っていないといった口調で言った。

帰ってこなければ殺されなかったかもしれない。その考えが頭の中をただグルグルと走り回っていた。


(さあ、貴方の番ですよ)


ナイフを手に冷ややかに笑った男を不思議と怖いと思わなかった。死にたかったわけではないが、本当に独りになってしまったのだと認めるのは死ぬよりも怖かった。

だからその男に死を願った。でもその願いは叶えられてはいない。今もなお……。


結局は男のーー水上月夜の手をとって暗殺者になるという道を選択して生きている。両親の選択とは真逆の道を選びとってしまった。


あの日、あの時、言葉の選択を一つでも違うものにしていたら、“今”はまったく違うものになっていたのではなかろうかと思わずにはいられない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ