聖夜の想い出1《一年目―冬》
毎度のことながら大変ご無沙汰しております。本格的な冬が来る前にと言っていたはずなのにすっかり年の瀬も近づいております。
せめて聖夜のお話ぐらい、この日にとの思いからのアップになります。
お付き合いいただけましたら幸いです。
師走と呼ばれる一年の終わりの月がやってきた。特務課での共同生活もどうにかこうにか安定を見せ始め、はたから見れば普通の家庭のような雰囲気を醸し出すようになっていた。そんな特務課……水上家の末娘、ルイが突如こんなことを言い出した。
「ここにクリスマスツリー飾っていい?」
確かに世間はクリスマスムードが日々高まってきている。ルイが言いだすのも無理はない。リビングの模様替えに対してあまりこだわりを持つものもいないため、許可と言うよりは確認程度の形式的質問でしかないはずだった。しかし、事はそう簡単にはいかなかったのだ。
「やめてくれ」
「えっ!?なんで!」
よりにもよって一番無頓着そうな麻生がルイの提案を一蹴した。当然、ルイは麻生に噛み付く。
「別にあんたにサンタやれって言ったり、プレゼントくれって強要してるんじゃないのよ。ただ、このリビングの装飾をそれらしくしたいって言ってるだけなのよ。それでも駄目なの?」
「この家でクリスマスに関連する物を飾るのはやめてくれ。当然、当日にケーキや鶏肉なんて考えるなよ」
「なんで?仕事以外は自由じゃないの?クリスマスぐらいやってもいいでしょ」
駄目なものは駄目だと取りつく島もない麻生。納得いかないルイがなおも食い下がる。
「駄目だ駄目だって言うなら納得のいく説明をしなさいよ」
「煩い。この件に関しては絶対に許可しないからな」
そう吐き捨てると麻生は不機嫌そうに二階の自室に籠もってしまった。
「なんなのよ。訳がわかんないわ」
「ルイ、麻生には麻生の事情があるんですよ。この件に関してはあの子のために譲ってやってください」
「納得のいく理由があるなら考えてもいいわ」
仁王立ちで腕を組み、漫画なら明らかに効果音で《ドドーン!!》とかつきそうなルイ。そんな彼女に月夜と空夜が気まずそうに顔を見合わせた。さあ話してみろと言わんばかりのルイは当然のように二人に逃げを許さない。
「他のイベント事に文句言ったことないわよ。安房では夏祭りにも花火大会にも普通に参加していたわ。中秋の名月にはお団子まで買ってきてたのよ。そう言えばこの間はおせちの話をしていたわね。なんでクリスマスだけをあんなに目の敵にしているの?」
イベント事に無頓着かと思いきや、けっこう積極的に参加する節がある。では何故か?疑問だけがつのる。
「クリスマスは麻生が月夜やらに拾われた日やからや」
この騒動の中でそれまで口を挟もうとしなかった幸が読んでいた本を閉じて端的に理由を述べた。
「それって……」
「そういうことです」
かつて麻生は両親を含め、自分を取り囲んでいた人間を全て月夜達に殺されている。月夜たちに懐いているのが奇妙なほど凄惨な過去なのだが、普段の麻生はそんなことを気にしている素振りを見せない。
「この時期になるとさすがに不安定になるみたいで、特にクリスマスと誕生日の話題はあの子にとってタブーなんです」
「誕生日?」
「クリスマスイブは麻生の誕生日やよ」
ルイが予想を上回る過去の因縁に目を見開く。無神経なことをしてしまったという自覚も多少はあるのだろう。
「そうよね。誰にだって誕生日ってあるわよね。ここってあんまり誰もその手の話題出さないから失念してたわ。半年以上一緒にいるんだから聞いてても良さそうなものなのに……」
「麻生はあの通りですし、幸は無頓着ですし、仕方ないですよ」
「ん?ワイは別に祝われるんやったらそれはそれで構わんで。あえて言いふらさなあかんもんでもないから聞かれな言わんだけやし」
自分の事にはとことん無頓着な幸らしい発言にルイがため息をつく。
「あんたはそういう奴よね」
「そういうルイの誕生日も知らんねんけどな」
「仕事の時にプロフィール見たんじゃないの?」
自分の時に何が書かれていたかは見たことがないので分からないが、普段の仕事の依頼書を見る限り生年月日は必須事項らしい。
そんな疑問にも幸は幸らしい回答をした。
「んな面倒なもん一々見とらんし、覚えとらへんわ。そーいう無駄に海馬の残量を減らしたがるんは麻生やで」
「……あっ、そ」
なんかこの会話を続けていても生産性に欠ける気がして、とりあえず今日のところは引き下がることにした。
いつもなら口論になっても翌日には引きずらない。それが志斉麻生という人間だと思っていた。それなのに麻生の機嫌は日増しに……もとい時間増しに悪化していった。食事こそみんなと一緒に摂るものの、空き時間は部屋に籠った。会話も必要最低限しかしなくなり、眉間には常に皺が寄っているような状態だ。
「あれ、大丈夫なの?」
何処と無く顔色も悪いような気がしてルイが問う。麻生の今までを知る三人はそれに困った表情を返すしかない。
「どうすることもできないんですよ。むしろ僕と空夜はその原因ですから、できることといえばなるべくそっとしておくことぐらいですからね」
「お正月ぐらいになったら元通りになってはるさかい大丈夫やよ」
「こればっかりは本人の問題やさかいなぁ」
三者のその腫れ物に触るような態度と、麻生の如何にもな態度にルイがついに切れた。クリスマス2日前のことだ。
「だーっ!!もういいわ。ちょっとあいつと直接話してくる!!」
「ル、ルイ!?」
いくらなんでも今の麻生につっかかるのは問題だと止めるのも聞かず、ルイは麻生の部屋のドアを叩いた。
「麻生、ここ開けて」
完全防音で聞こえないと分かっていて何度も声をかけ、何度もドアを叩いた。声は聞こえなくてもノックの音は響いているはずだった。
どのくらいそうしていたか、鍵の開く音がした。
「何だ?」
「話がしたいの。入っていい?」
麻生が無言でルイを招き入れ、ルイもそれに従う。
「で、話とは?」
よほどの用事でもない限りは人の部屋に入ることなどないが、共に生活し始めて2ヶ月が経つ。各個人で部屋の雰囲気が異なることはさすがに知っている。
麻生の部屋は一言で表すなら長期滞在のサラリーマンがいるビジネスホテルの一室のようだった。備え付けの家具以外に増えたものはなく、いつもきちんと整っていて余計なものがそこいらに散乱していることはない。目につく範囲にあるのは机の上に置かれた何かの資料と床のクッションの上に置かれたハードカバーの推理小説だけだった。生活感はあまり感じない。
「わかってるんじゃないの?」
「その件なら話すことはない。他所でやるなら好きにしろ。この家でやるのは許可できない」
「だからなんでなの?ちゃんと理由を説明して欲しいって言ってるだけじゃない。別にあんたが誕生日を祝いたくないならそれは無理強いしないわ。でもあたしたちがクリスマスをやるのとは関係ないんじゃないの?」
座ることもせず、何度か繰り返したやりとりを再び口にする。麻生はいらだたしげに髪をかきあげてため息をつく。
「何度も言ったが、逆にお前はどうしてそうもクリスマスにこだわる。あと10日もすれば年が明ける。正月なら好きなだけやればいい。それじゃダメなのか?」
「あら、ここまできたら意地みたいなもんよ。別にどうしてもクリスマスがやりたいわけじゃないのよ。ただ、日が経つごとに辛気臭さを増していくあんたのことが気になって仕方がないから引かないだけみたいなもんね」
言い分としては言いえて妙だったが、それが素直な気持ちなのだから隠しても仕方がない。
「意地で私の感情を逆なでするのはやめてくれ」
「正直ね、麻生ってこういうことは分けて考えられる人だと思ってたのよ。いい意味で気にしないって感じかしら」
「頼むからこれ以上この話題を口にしないでくれ。特に今年は私も気持ちの整理がついてないんだ……」
月夜たちと暮らし始めたことを言っているのだと思った。それ以外に今更整理が必要な感情などないと思ったのだ。
だから引きはしなかった。
それが、麻生があの時にどんな感情を抱いたかを盛大に引きずり出す結果になるとは知らずに……。
「どうしてもダメなの?」
問いかけたルイをキッと睨みつけた麻生が机の上に置いていた一冊のファイルを投げつけた。それは我慢の限界を迎えた麻生の珍しくも感情的な行動だった。
ドサッと音を立てて足元に落ちたそれをルイが拾う。
「スクラップブック?」
「この組織にある“私”に関する資料だ」
「閲覧できないんじゃ……」
安房にいた時にそんな話になった。組織に入れば自分の位にもよるが、大抵は自分のことなら調べられると。今のお前には制限がかかっているが、もう少し位が上がれば組織にある自分の資料を閲覧することも可能だと。あの時確かにあたしは尋ねた。
“貴方は自分の事件の真実を調べたの?”と
麻生は苦笑してそれを否定した。
だから勝手に麻生も調べられないのだと思っていた。
「調べようと思わなかっただけだ。調べることはいつでもできたんだ。究竟になった時に調べられるだけの権限は得ていた」
必要としなかったのか、わざと避けていたのかそれはあたしにはわからなかった。でも麻生の様子を見ていると後者のような気がした。
「見ていいのね?」
頷く麻生を見て手の中のスクラップブックを開く。
変なところで几帳面な麻生らしく、新聞記事や雑誌の切り抜きが貼られ、所々に書き込みがされていた。文字の変移を見るに拾われてきた直後から作っていたのだろう。事件、事故、色々な風評が世間にあふれたがそれは不思議なぐらいあっという間に消えてしまった。そして記事の切り抜きが終わるとその後ろには依頼書や仕事に関する資料と思わしきコピーが山のように綴じられていた。
「私のせいだったんだ…………」
全部はとてもじゃないが読むことができず、何かトラウマの原因になりそうなことがわからないかとページをくっているあたしに麻生が不意に言った。
顔を上げて麻生を見つめると彼はここではないどこかを見つめているような感情のこもらない瞳で語り始めた。
「子どもの私が言うのも妙な話だが、私の両親はかなりの変わり者だった。もちろん悪い意味ではない。自分の生き方に正直な人たちだったというのが一番しっくりくる表現かな……」
それはわずかな年月しか共に過ごさなかったなかで麻生が得てきた大切な思い出だった。
長くなるがいいか?と麻生に尋ねられ、返事の代わりに床のクッションに座った。
麻生もデスクの椅子を引き寄せて座り、本格的な昔話が始まる。
麻生の昔話に続きます。




