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WILL  作者: 桜雪猫
一年目
10/13

特務課の初仕事《一年目―秋~冬》

大変ご無沙汰して申し訳ありません。

徒然なるままにとはよく言ったものです。

こんな亀亀更新の小説にお付き合いくださる皆様、ありがとうございます。


ようやく特務課が動き出しました。

少しでもお楽しみいただければ幸いです。


「ちょっとこっちに集まってください」


夕食を終え、各々がリビングで夜のひと時を過ごしているとダイニングテーブルから月夜がみんなを手招いた。クイズ番組を見て三人で競い合っていた麻生と幸とルイが何事かと振り返る。空夜は夕飯の片付けを終えてお母さんよろしく手を拭きながらテーブルについた。

5人が揃ってダイニングテーブルに座るとまるでこれから家族会議が始まるかのようだった。


「特務課にようやく初仕事がきました」


テーブル中央に置かれた一冊の黒色ファイル。依頼書だった。


「ほんまようやくやな。ワイ、このまま本部にここで飼い殺されるんかと思とったで」

「それならそれで平和でいいじゃないか」


真っ先に手を伸ばしたのは幸で、その横から麻生がファイルを覗き見る。


「んー、まあ日本の特務課ってこの程度やんな。むしろこの程度の案件を特務課扱いにするってのがすごいんやろうけどな」

「幸、分かりきったことをあえて言わないでください。特務課が程のいい口実だなんてことはみんなわかってるんですから」


月夜が苦笑して幸からファイルを取り上げる。そしてそれをルイに手渡した。


「ルイは一度に複数のターゲットを相手にしたことはありますか?」

「ないわ」


緊張した面持ちでファイルを受け取るとルイはその中身に目を通した。


表向きは政府役人の懇親会。実態は接待兼ねた乱交パーティ。毎回、法律や刑法など丸っと無視しているためかなり猥雑な集まりとなる。

依頼人欄のサインは現職の法務大臣。ただでさえ落ちきっている政府の支持率がこれ以上下がれば本気で国家転覆もありえると考え、問題児達の処分を決断したらしい。ひょっとすると国としては英断かもしれない。

人数は30人〜100人を予測。


内容を把握したルイはファイルを月夜に返して尋ねた。


「ターゲット数がこんなに曖昧なことってあるの?」

「そうですね。酷い時は堂々と不明って書いてありますよ」


はぁ、とため息を漏らしたルイの表情は冴えない。当然のことで今まで一人ずつちまちま相手にしてきていたのにいきなり一人頭の振り分けが最低6人、多ければ二桁となる。


「不安ですか?」

「そりゃね」


こちらに来てから約一ヶ月。月夜たちにみっちりしごかれたとはいえ、それは所詮訓練という範疇の話。実戦となると話は異なる。


「ルイ、貴方は幸達が“本当に”仕事をしている所を見たことがありますか?」

「あたしの付き添い以外は見てない。でも幸の瞬発力とか麻生の射撃の正確さとかすごいのは知ってるわ」

「そうですか。だったら今回はルイに向けた対多量戦のデモンストレーションにしましょうか。幸達の凄さがよくわかるシナリオにしましょうね」


どことなく楽しそうな月夜。反対に麻生と幸は嫌な予感しかせず、互いに顔を見合わせてため息をつくのだった。



数日後

空夜が運転するワゴン車の中でルイはようやく月夜に質問を許されていた。


「……あんたの筋書きは一応理解したつもりよ」

「それはよかった」

「で、それがなんでこんな状況に繋がるのかしら?」


今日が決行日だとは聞いていた。パーティの余興という名目で紛れ込むことも理解していた。その余興がコンサートだというのもまあ納得した。パーティの雰囲気を盛り上げる為に仮面着用が義務付けられたマスカレードパーティなのもなんとか受け入れた。

現場に着いたら幸は暗殺の実行部隊ということで黒服ではあるが動きやすそうな服装をしている。問題は残りのメンバーだった。


「この歳になってロリータ服でクマポシェットを肩からかけて、ツインテールにフワフワマスクってなんの罰ゲームかしら?」

「ちゃんといったはずですよ、貴方の設定は激甘で育てられたちょっとオツムの弱いワガママお嬢様だって」


確かに聞いた。ついでに言えば麻生があたしの可愛いお人形さん。月夜があたしの目付け役。空夜がとある高貴な身分の方の内縁だった未亡人。設定はかなり萌えるものがある。ただしそれはあくまでも第三者的立場で鑑賞できるならという前提の話だ。


「まあ、深いことはあまり気にせず、ルイは自分と麻生の身を守ることだけを考えなさい」

「……ということだからしっかり守ってくれよ」


何か超絶テンションの低い麻生に複雑怪奇な表情でそんなことを言われる。そりゃ唐突にビスクドール的な格好をさせられて人形になれと言われたらテンションも下がるだろう。


「んー、頑張るけど所詮あたしのレベルだからあんまり期待しないでね」

「私に何かあったら当面、訓練の量を3倍にして私が直々に教えてやるから覚悟しておけ」

「げっ!?それはやだ。月夜もヤバイけどあんたも大概加減てのがおかしいのよ。あんたが規定値3倍なんて言ったらシャレになんないわよ」

「だったら頑張ってくれ」


一体なにがそんなに危険だというのか?そもそもいざという時は自分で自分の身を守るほうが得策ではないかとルイは考えていた。実際の現場に出会うまでは……。

ルイが麻生のプロ根性を目の当たりにしたのはこの会話から約一時間後のことだった。


別行動の幸を路地裏に降ろし、会場に着くと月夜と麻生とルイを降ろして空夜は別行動の為に車を移動させた。

ホールの中は独特の雰囲気を醸し出し、良く言えば落ち着いた、悪く言えば陰気な空気に包まれていた。ホールの関係者入口にたどり着くとそこにはいかにもお金持ちそうなスーツを着た男が立っていた。


「ご指名いただきありがとうございます」

「あいさつはいい。それより、それが例の子どもか?」

「はい。さすがはMr.B、芸術に造詣が深いとのお噂通り素晴らしいセンスでうちのカナリアをご指名いただき……」


こんなサービストークもできるんだと感心しながらもルイは与えられた役割通りワガママお嬢様の仮面を被る。落ち着きなくあちこちをキョロキョロして、月夜演じる使用人の話が長くなりそうになったところですかさずふて腐れた声を出す。


「ねぇ、いつまでここで話しているつもり?あたし疲れた〜。ジュース飲みたい〜。リンゴジュース!!」

「彼女は?」

「わたくしのお支えする旦那様のご息女であらせられます」


Mr.Bと通称で呼ばれる本日の主催者が何故か騒がしいルイに対して不快感ではなく好奇の視線を向けた。


「それはそれはよくお越しくださいました。しかしお嬢様が何故このようなパーティに?よく旦那様もお許しになられましたね」


パーティの趣旨を考えるとそりゃ、女子供が遊びでくるような場所ではない。しかし月夜はこともなげに言った。しかもあの綺麗な顔でもできるんだと驚くようなとびきりゲスい笑顔で……。


「だからこそ旦那様はお嬢様とカナリアにパーティを盛り上げるようご指示されたんですよ」

「なるほど」


ねっとりとした視線が気持ち悪い。たぶん麻生もそのはずだが、人形とはさすがなもので時々する瞬きがなければ本当に人間なのか疑わしくなるほど徹底していた。ここまであたしが手を引けば普通に歩いてついてきたし、待てしたらずっとまっすぐ立っている。視線にまったく感情は感じない。喜怒哀楽はもちろん、生きた人間の気配さえ希薄すぎる。これが本気の麻生なのだと初めて知った。


「しかし本当にこの人形が天使の歌声か疑わしいものだな。手放すのが惜しくなって適当なのを身代わりに送り込んだんじゃないのか?私は別にこの見た目なら性能には大した重要視はしないが、何分耳の肥えた方も大勢いらっしゃるのでね。ここで一曲歌え」


歌えっていきなり言われてどうするんだろうか?しかも天使の歌声とか言われちゃってるし。やばいなぁと思って麻生を見たら、まったく動かずさっきのまま前を向いているだけだった。


「どうした歌えないのか?」

「申し訳ございません。カナリアはお嬢様の命令にしか従わないのでございます」

「文字通り“人形”か」

「お嬢様、こちらの方に少しだけカナリアのお歌を聞かせて差し上げていただけませんか?」

「え〜!!すごい舞台でカナリアを披露できるっていうから来たのよ。なんでこんなしょぼくれた場所でこんな非常識な男の為に歌わせなきゃダメなのよ」


どうしろというのだという問いかけの眼差しを向けるのに月夜はただただ困ったお嬢様だという表情しか返してくれない。


「あまりワガママを申されますと旦那様にまたお叱りを受けますよ」


月夜の視線が歌わせろと言っているのだと感じた。やけくそだった。このシナリオを組んだのは月夜なのだから、なにか抜け道があるのだろう。


「仕方ないわね。ありがたく聞きなさい」


まるで自分の功績のように胸を張って威張って見せる。内心は冷や汗がダラダラ流れているのだが……。


「あたしのカナリア、美しい歌を聞かせてちょうだい」


予備動作は特になかった。顔を上げて息を吸った。それだけで麻生が口を開いた。


「La……」


澄み切った声がバックヤードに響く。それは日本人の大半が一度は耳にしたことがあるであろう賛美歌だった。

その歌声にあたしは身震いし、一瞬息をする事さえ忘れた。

確かに一言聞いた瞬間から麻生の声が、声フェチたる自分のど真ん中ストライクなのは自覚していた。しかしこれはまるっきり予測の範疇を超えていた。


「お嬢様」


呆然と麻生の歌声に圧倒されていたあたしの肩に月夜が手をかけた。その動作でようやくあたしの視界に現実が戻ってくる。


「カナリア、もういいわ」


ピタリと麻生が歌うのを止める。あたしはすかさず麻生を抱きしめてその髪を撫でた。


「さすがあたしのカナリアね。今日もとってもいい声だわ」

「本当に素晴らしい歌だった。これならベッドの中でもさぞやいい声で鳴くんだろうな」


向けられるのはゲスい視線。それから浴びせられた言葉。ようやくあたしはここに“旦那様”があたしとカナリアを遣わせたという言葉の意味を理解した。同時に麻生が言った自分を守れという台詞の意味も……。


「Mr.B、ここにはお嬢様もいらっしゃいますのでそう言ったお話はちょっと……」


月夜が困った人だというように苦笑した。あたしはすぐにでも麻生の手を引いてこの場を立ち去りたいのをぐっとこらえて殊更おバカっぷりを発揮した。


「カナリアはあたしの為にしか鳴かないわよ。カナリアの鳴き声はあたしの為の子守唄なんだから」

「そうですか。では後ほど、その素晴らしい鳴き声を大勢の方にご披露くださいませ」


後ろ姿だけ見ているとできる男な雰囲気のMr.Bがその場を離れ、盛大にため息を吐く。問いただしたいことは山のようにあるがどこに人の目があるかわかりないので飲み込むしかない。

その後、時間までここにいてくださいと月夜に言われ、控え室らしき部屋に麻生と二人で取り残される。


「ねぇ……」


声をかけてみても麻生は返事をしない。カナリアという役割を与えられた麻生はたぶん仕事を終えるまで人形であることを止めないのだろう。


「あたしのカナリア……あたしだけのために歌って…………」


椅子に座った麻生の膝に頭を乗せて甘えてみせる。こうしたら隠せない不安が少し和らぐのではないかと思ったのだ。麻生は相変わらず感情の篭らない表情で、それでも静かに心地いい声であたしを慰めるように歌を紡いでくれた。

聞き覚えのある童謡を口ずさみながら麻生があたしの頭をぎこちなく撫でてくれる。その心地よさに意味もなく頬を涙が伝い、やがてふわふわとした感覚に包まれた。


「お母さん……瑠依…………」


うとうとと眠ってしまったルイが漏らした言葉を麻生は不可抗力で聞いてしまう。それでも今の麻生にできることは歌を紡ぐことと寂しいお嬢様の髪を撫でて慰めることだけだった。




「お嬢様!」

「ふぇい!?」


月夜に耳元で大きな声を出され、ルイがビクッと飛び起きる。


「お時間ですよ」

「えぇ〜まだ眠いわ」


全ての精神力を総動員してワガママお嬢様の仮面を引きずり戻す。こんなところでうっかり眠ってしまうとはうっかりにもほどがある。


「そうワガママを仰らないでください」


困り顔の月夜に身なりを整える体で近づかれ、耳元で囁かれた。


「仕事中にうたた寝とかどんな神経してるんですか?」

「自分でも驚いてるわよ」

「お説教は後回しです。予定通り、行けますね?」

「……ええ、大丈夫よ」


月夜のお説教は長そうだなぁと内心ではうんざりしつつも、自分がやらかしてしまったことなので甘んじて受け入れる覚悟を決める。


「カナリア、行くわよ」


そっと麻生の手を握る。やはり人形の麻生はなんの反応も示してくれはしなかった。


今日の主催者Mr.Bに案内されたステージはさほど大きくはなかった。それでも照明設備はちゃんと整っているようで、舞台中央に設置されたスタンドマイクはスポットライトに照らされていた。

麻生の手を引き、舞台の中央に立つ。二人だけが照らされる世界であたしは客席を見渡す。

仮面に覆われたドス黒く歪んだ空気を孕んだ大人たちがそれぞれ自慢の人形を侍らせてこちらを見ている。人形の年齢は様々で幼い子どももいれば20歳をとっくに超えていると思われるものまでいた。当然だが性別も問わない。数はおよそ50。侍らされている方の数も入れたら100をゆうに超える。

込み上げてくる緊張。それなのに何故か口元が緩む。知らず知らずあたしは笑っていた。


「あたしのカナリア……この人たちに最高の子守唄を聞かせてあげなさい」


客席に背を向け、麻生の耳元で囁く。そしてそのままステージの袖に引っ込んだ。

アカペラでも十分な麻生の歌声は伴奏とマイクの力を借りてさらに魅惑的に場内へと響き渡る。

気をぬくとその歌声に集中してしまいそうになる。それを振り払うように2・3度頭を振ってから客席に視線を戻した。

幸の姿はまだ見えないが、空夜は何処ぞの偉いんだろなと思わしき男性と談笑していた。失礼だが、何処からどう見ても場慣れしたマダムにしか見えない。


2・3曲歌い終えた麻生が不意にマイクよりもさらに客席に近い位置に立った。


「なにやってんのよ」


そんなものは打ち合わせにない。何が起きるのかと息を呑むと、マイクも伴奏もなしに麻生が歌った。穏やかとも、悲しげともとれる旋律が会場を包む。


「何これ……」


先ほどまでとは比べものにならない歌声にあたしは視線をそらすこともできず、麻生を見つめ続けた。頬を伝う涙が何故溢れるのかさえ、今のあたしには分からない。観客も同じようで、先ほどまでのような談笑のざわめきも全く感じられず、物音一つ聞こえなかった。


「麻生の本気ってやばいやろ」

「っ!?」

「初めて聞きはったらビックリしゃはるんもしゃあない話やねぇ」

「っ!!」

「やっぱりたまには聞きたくなりますよね」

「っ!!!!!」


油断した背後から、ここにいないはずの三人に話しかけられて叫びそうになるのを必死で堪える。


「何でここにいるの?スタッフとかに見られたらどうすんのよ」


ヒソヒソと小声で問うと月夜に背後を指差された。


「誰に見られるんですか?」


そこには確かについ先ほどまで忙しく仕事をしていたスタッフ達が物言わぬ姿で転がされていた。仮に三人が同時に動いたとしてまったく気配を感じなかったのは恐怖以外の何者でもない。


「……全然知らなかった」

「気づかれないようようにやりましたからね」


実力差を思い知らされた気がした。


「さっ、そろそろやな」


ステージの麻生を見ていた幸が両手に拳銃を握り、ニヤリと笑った。残りの二人を見てもそれぞれの手に武器を握っている。慌てて拳銃をフォルダーから抜くとそれを月夜にそっと押しとどめられてしまう。


「今日はこのステージから降りないでください。自分の身を守る以外は殺さなくていいです。代わりにしっかりと見ていなさい」

「分かったわ」


そう返事をした少し後、麻生の歌が終わる。見ていてすぐに分かった。“人形の時間”は終わりなのだと。


「行きなさい」


月夜の慣れた命令に当たり前のように従い、幸と空夜が客席へと駆け出した。数発の銃声が会場をパニックに陥れる。


「麻生、ちょっとかき回してあげなさい」

「了解した」


仮面をかなぐり捨てた麻生に月夜がライフルケースを渡す。すぐにその中身であるサブマシンガンを手にした麻生が無表情に銃口を客席に向けた。その先にはターゲットの他に幸達もいる。それでもまったく躊躇うことなく麻生はフルオートの引き金を引いた。


「ちょっ!?」


敵味方関係なしなのかと驚いてしまったが、彼らにとっては当たり前のことだったようだ。振り向きもせず、幸と空夜はライフル弾を避ける。もちろん麻生の射撃が仲間を捉えることなどあるはずがない。


「嘘でしょ……」


全弾撃ち終えた麻生がカートリッジを交換しつつ、阿鼻叫喚の客席にいる幸達にライフルを構えたまま声をかける。


「出口に溜まってるの片付けてもいいのか?」

「ええで」

「後の始末が面倒やさかい出来るだけ会場には穴開けんといてねぇ」

「……めんどくさい」


えっ!?あの麻生の口から面倒くさいとか聞こえた気がする。


「ダメですよ。貴方が全部片付けてしまってはルイの勉強になりません。貴方はそこからのフォローに徹しなさい」

「…………ちっ」


気のせいではなかったようで、月夜に指示された麻生が舌打ちをしてライフルを背中に背負ってしまった。


「ちまちまやるなら最初からそうすればよかったのに……なんとなく不完全燃焼だ」


麻生がハンドガンをホルスターから抜き、持ち前の精密な射撃技術で逃げ惑うターゲット達を仕留めていく。そのながれるような動作はまさに洗練されたと表現するにふさわしいものだった。そもそもステージからの距離を考えるとあの精密性はむしろ気持ち悪い。


「麻生ってあんまり人、殺したくない人だと思ってたのに……」

「時と場合と状況によります」


独り言のつもりで呟いた言葉に月夜の返答が返ってきた。


「身内にはとことん優しいですけど、仕事となると容赦ないですよ。特に今回みたいに他人にイロを強要する系の人種、麻生は大嫌いですからね。幼い子を連れていたダメな大人とかは内心、バラバラにしたいぐらいじゃないですかね。その点で言えば幸の方が万民に優しいですよね。いい意味でも悪い意味でも別け隔てなくですから。あの子の特別になれる人はそうそういませんよ」

「あんたとか、麻生とか空夜とか?」

「貴女もその中に入れておきなさい。こうなるように仕向けたのは僕ですが、麻生も幸も、もっと言えば空夜も、僕の予想をはるかに上回る感じで貴女のこと気に入ってるみたいですからね」

「あんたは?」


不意に気になってしまい、質問していた。


「気に入ってなければドイツで殺してますよ。こんな面倒なことするわけないでしょう。僕は自分の力を過信しているわけではないですからね。組織からこの身を挺してでも守ってやれるのは両手に握れるだけしかないんです。増えれば増えるだけ、リスクが増すんですから」


わかりやすく、あたしの知る水上月夜らしい答えだった。


「とりあえず、リスクだって切り捨てられないように頑張るわ」

「そうしてください」


力の限り頑張ろうとは思っている。しかし、あたしが今から死に物狂いで努力したとして、はたして目の前で繰り広げられている状態に追いつけるのかは甚だ疑問ではある。

もちろん、それを口にすることはあたしの寿命を著しく縮めることになると予想されるのでそんな馬鹿なことはしない。


「貴女なら経験さえ積めば、すぐに彼らと遜色なく動けるようになりますよ」

「……頑張るわ」


私の考えなどお見通しというように言われた。でもこの言い方だと期待されているような気がして正直、ちょっと嬉しかった。

照れ隠しの無表情を作り、目の前で起きていることを全て見ていようと意識を集中する。わずか数分なのに、残りはほぼなく、それも瞬く間に音を立てない物へとなり果てた。


「こんなにあっけないなんて……」


汚い大人も、それに巻き込まれた女子供も別け隔てなく、幸たちの手にかかり会場の赤絨毯と化した。そんな不気味とも言える静けさの中で不意に自分たち以外の気配を感じた。


「誰?」


ステージの隅で微かに息を殺してこちらを伺う複数の影。反射的に銃口を向けると“ひっ”と小さな悲鳴が聞こえた。


「下ろしなさい」


月夜に腕を押さえられ、だらりと手を下ろす。よく見ると数人のまだあどけなさを残す子ども達だった。


「なんで……」


全員殺されたのだと思っていた。こんな取りこぼしをするはずがないと問いかけるように月夜を見つめた。


「上手く逃げられた子たちですよ。助けられそうな子ども達には予め、空夜が声をかけて回ってましてね。あの惨状の中でもちゃんと逃げてこられたのが彼らです」

「助けられそうなって……そのつもりなら全員助けられたんじゃないの?あんた達の能力なら一人も殺さずに!」


大半が死んだ。死ななくていい人まで殺された。そう思った瞬間、血が沸騰したように怒りが沸いた。しかしそれを諌めるように背後から声がかかった。


「ここから生かして連れ出したところで、日常生活に戻れへんのやったらその方が残酷やしまへんか?」

「どういうこと?」

「薬で物理的に支配されとる子も、暴力で精神的に支配されとる子も、それを振り切って普通に戻るんは並大抵の覚悟やできんことや。ワイらも慈善事業しとるわけやないから、面倒になりそうな人間を組織に引き渡したらマイナスが付くだけやんか。それでも少しでも助けられるんやったらっていう空夜の優しさがそこに残っとる子どもやな」


幸に諭されるように言われて唇を噛んだ。

闇という沼は深い。深くて粘土質で、しかも長年浸っていると逃げなくてはいけないという感覚を麻痺させる。そこから這い上がる大変さは知らないわけではない。しかも一度触れてしまった人間はその沼と一生涯付き合い続けていくことになる。それは孤独で長く、辛い戦いの日々だ。


「まだ戻れそうな子たちってこと?」

「少なくとも薬の影響はなさそうやし、逃げられたいうことは見込みがあるいうことやさかいねぇ」


震えながら息を殺し、身を寄せ合ってどことなく虚ろな視線でこちらを伺う子どもたち。とても正常とは思えないが、空夜がいうならまだ希望はあるのだろう。


「あの子たち、家に帰れるの?」

「専門の隊員が家族と面談し、カウンセリング等を施してからの判断になると思います。親元に返すか、学園が引き取るか、然るべき施設に入れるか……そのあたりは医務課と人事課と学園が処理することですよ」

「そっか……」


ゆっくりと子ども達に近づき、目の前に屈んだ。当然、この惨状を目の当たりにしていた子ども達は怯えてあとずさる。


「生きていてくれてありがとう。これから大変なこといっぱいあるだろうけど、今こうして自分のことを守れたあなた達ならこれからもきっと自分で自分を守れるわ。だから…………こんなことに負けないで精一杯自分を生きてね」


自己満足の言葉でしかないことはわかっていた。それでもどうしても伝えたくてあたしはそれだけを言うと立ち上がり子ども達に背を向けた。


「ルイ、帰りますよ」

「うん」


この場を処理するためにやってきた隊員達と入れ替わりでホールをあとにする。

その後、子ども達がどうなったのかあたしは知らない。調べればわかることなのはわかっていたが、調べようとも思わなかった。



「ねえ、麻生ってちっちゃい頃から月夜たちといるのよね。いつ歌なんて練習したの?それとも持って生まれた才能?」


帰り道の車の中でウキウキ問いかける。あんなに血なまぐさい仕事だったのに麻生の歌声だけは今でも思い出すと鳥肌がたつ。


「あんな特技あるって知ってたらもっと早くにカラオケ行こうって誘ってたのになぁ」

「なにが好き好んであんな密室でお前の為に歌わないとならないんだ」

「ええ〜いいじゃない。ただでさえいい声なのに、歌まで上手いとか聞いてないわよ。こりゃ、心ゆくまで堪能するしかないじゃない」


そこは声フェチとしては譲れない。麻生があからさまに迷惑そうな顔をした。


「今日歌ってたの賛美歌よね?あんまり詳しくないから曲名とかわかんないんだけど……ああいうのも月夜達に仕込まれたの?」

「僕たちが拾う前から声楽やってたんですよね」

「聖歌隊の天使って呼ばれてたんやんねぇ」


育て親達の容赦ない暴露話に麻生がお手上げというようにため息をついた。


「私の母親がピアニストだったんだ。その影響だな。生活が変わっても歌うことは辞められなかった。人前で歌うことはしないが、まあ趣味みたいなもんだ」

「そっかそっか。あ、そういえばあのマイク使わずに歌った最後の曲ってなんて歌?」

「レクイエム」

「鎮魂歌ってやつ?」

「よくそう言われるんだが、元来、レクイエムは葬送曲だ。葬送ミサの冒頭がRequiemから始まるから総称扱いでそう呼ばれるようになったらしい。まあ、今日歌ったのはそのほんの一部だけだがな」


豆知識をつらつらと披露され、ほうと納得しつつ、一部と聞かされるとどうしても欲がでる。


「全部聞きたい」

「却下だ」

「なんで!」

「ルイ。麻生がレクイエムを人前で歌うのはああいった仕事の前だけですよ。だから無理強いするもんじゃありません」


月夜に窘められて確かに葬送曲を無理強いして歌わせるのも不謹慎のような気もしたので、それは諦めることにした。それでもやはり麻生の歌声は諦められない。


「じゃあやっぱりカラオケ行こう」

「何故そうなる」

「心ゆくまで堪能したいから」


こうなったあたしがしつこいことを半年程の付き合いで学んだらしい麻生が妥協案を提示する。


「ルイが月夜から今週末締めで出されている課題を一発クリアしたら来週の休みに付き合ってやる。もし通らなかったら来週の訓練二倍な」


ハイリスクハイリターンな気もするが、あたしの声に対する執念はその程度のことでは揺らがない。


「その勝負乗ったわ」

「まあせいぜい頑張るんだな」


まだ彼らのことで知らないこともたくさんある。それでもこれから長く一緒に暮らしていくのなら一つずつ知っていくのも悪くない。今回の仕事であたしが感じたことだ。



特務課の初仕事、これにて終了。



----------

to be continue…

ルイほどではありませんがいい声の人、好きです。

どなたとはいいませんが、雪猫の脳内では麻生が某声優様ボイスで再生されることがたまにあったりします(笑)


次話は冬のお話です。

本格的な冬がやってくる前には更新したいと思っています(希望的観測……)

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