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ひざのうらはやお

窓際の社蓄姫~残業mix~ (ひざのうらはやお)

作者: ひざのうらはやお

「もおう、どうなっちゃってんのよ!」

 あたしは机を叩いた。終業時間をすでに3時間はオーバーしていた。窓の外にはまんまるお月様が、私をせせら笑っているかのようにのぼっている。下界のネオンや、近隣のビルの灯りがきらきらとした、フライデーナイトを彩っている。

 というのに!

 のに!

「なあんであたしだけ残業なのよおおおおおおおおおお」

 それもこれも最近やってきた、見た目だけはかわいい小娘のせいだ。かわいいのは見た目だけで性格は陰湿で傲慢不遜、慇懃無礼。ブスの中のブスと言っていいだろう。AKBのこじはるだかなんだかに似ているらしいけれど、心の中はバイオハザードのゾンビのように醜いに違いない。

 そいつに残業を押し付けられて、今にいたるというわけ。しかもそいつ、課長とデキてるせいでものすごい勢いで絶賛昇進中。そしてあたしは絶賛停滞中。そんでもって窓際に追い払われたってわけ。しかも残業なんかもさせられて(しかも今日は金曜日! 花金だというのに、だ)、これじゃあまるでシンデレラだわ。シンデレラは後から姫になるけれど、あたしは最初からお姫様。世界を統率するお姫様なのよ。何が楽しくていったん平民の灰かぶりにならなきゃならないわけ? 超信じらんないんですけど!

 はあ、もう。これじゃああたしのお姫様ライフが台無しじゃない。

 くそ、あのゾンビめ、今にみていろ。

 と、あたしは嫌がらせのように狂った文字列をひたすら整頓する。

「だあああああもういやあああああ」

 ダメだこいつ、頭おかしい。心どころか脳みそまで腐ってんじゃないのこの子?

 計算ミスはしょっちゅうあるわ、誤字脱字ばっかりだわ、こんなんで仕事した気になってんじゃないわよ。入社当時のあたしですらもっとまともなデータ作ってたわ!

 こんなのが私と同じ給料をもらっていると思うとげきおこぷんぷん丸ね。男ににこにこ媚びへつらって課長に股開いてる分の労働が上乗せされているんでしょうけれど。あたしはそんなことは絶対しないからね。何せお姫様だし。

「おいおいお姫様が、そんなことを言っちゃあいかんぜ」

 窓があたしの心を読んで、話しかけてきた。

「うるさい! 人の心を読むなー! えっちー!」

「にしたってお前、最近働きすぎじゃねえのか? 休んだほうがいいぜ?」

「休めないからこんな文句いってんでしょ! 首はねるわよ首!」

「お姫様、おいらに首はないぜ?」

 そしてあたしと窓は笑いあう



* * *



 と、どうでもいい妄想をしながら、私は一息つくためにコーヒーを淹れた。

 窓を見ると、そこには殺風景なオフィスと、黒縁眼鏡をかけた、髪がぼさぼさの、みじめでダサいOLが映っていた。夕方トイレで見たときよりもほんの少し顔色が悪くなったように見える。

 私も、あの新入社員のように、溌溂としていて、身だしなみに気を遣い、誰に対しても笑顔であれば、彼女のようにお姫様になれたのかもしれないなと、ふと思った。もっとも、顔よりも心のほうが醜いから、どちらにしたって両方美しいお姫様になることはかなわないと思うが。

 本当は私だって、彼女のようになりたかった。

 けれど、なれなかった。だからこそ、せめて能力だけは磨こうと、いろいろなことを学び、作業をこなしていった。その結果がこの残業である。社員は能力の向上した私に全て仕事をおしつけるように頼り、そして私はそれを断れないでいる。

 なぜなら、それで自尊心と承認欲求が満たされるからだ。


 私はコーヒーを飲んだ。会社のコーヒーは、安物のインスタントで、苦いだけの水だ。だが、それがいいと思えるようになってきた。私の実家では、コーヒー豆を買ってきて、家で挽いていたから、インスタントのこのコーヒーを始めて飲んだときは衝撃だったが、これはこれで、私の性に合っている。

 そういえば、大学を卒業してから両親に一度も会っていない。どころか、大学時代の友人とも会っていない。そんな時間がなかったからだ。

 考えれば考えるほど、私は時間を、ただ残業代を稼ぐためだけに使ってきたことに気がついた。

 コーヒーが余計に身にしみた。

 私はもう一度窓を見た。

 窓は、そうすることがあたりまえであるかのように、ただ黙って私を見下ろしていた。

2013/6/14 批評会用原稿

投稿者

四年 ひざのうらはやお

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