第3話 躓き
宮田高校は国立高校だが、実態はどちらかと言えば専門学校だ。座学も無いわけではないが召喚学、実技を含めると一般座学の占める割合が少なくなってくるのは至極当然だ。
今日は初日にもかかわらず、召喚実技が午前の科目を占めている。すでに担当教師による手順の確認は終わり、各自がいよいよ初めての召喚というところだ。
かねてから熱望していた瞬間を目の前にし、俺の心臓は早鐘を打ち鳴らしていた。
「浮かれすぎですわ。まだ始まってもいないのに」
アニーは俺に呆れたような視線を向けていた。でも今だけはそれも気にならなかった。
召喚は基本的には三つの過程に分けることができる。
第一に、魔方陣を投射しての召喚。魔方陣は暗号化されており一見して意味を見出すことはできない。 しかしこれは、機密を守るために重要な処置だ。召喚を希望する者は、学校や専門機関を介して魔方陣のデータをダウンロードする。専用のアプリケーションがインストールされた携帯機器は、ダウンロードした魔方陣のデータを床や壁、とにかく平坦な場所にライトで照射する。
そうすることで、それぞれの魔方陣に適応した魔種を呼び出すことができる。
魔方陣に魔種側からの返答が記載されれば、成功だ。
次に契約を行う。現れた魔種との契約は最も重要な過程である。いくら強力な魔種を召喚できたとしても契約に失敗したのでは意味がない。かといって言うほど易くできるものでもないが。
契約とは対価を払い、魔種を調伏することをいう。つまりあちらの要求を呑む代わりに、自分に従わせる。
この時もし、自分では手に負えない魔種の召喚をしてしまった場合は非常に危険だ。
なぜなら、こちらを下に見られれば命を奪われることも十分あり得るからだ。
無事、対価をを支払い契約を結ぶと魔種はそれぞれのもといた場所、すなわち幻想領域へと帰還する。
最後に、契約した魔物を召喚する。これが一般に言う召喚で、ふた通りのパターンがある。
通常召喚と能力召喚だ。
通常召喚は、契約している魔種の中から1体を現実世界に召喚する方式。
召喚者が意識を失うか、召喚された魔種が行動不能に陥るかしない限り、魔種はこの世界にとどまり続ける。
能力召喚は、魔種をそのまま召喚するのではなく、能力の一部を召喚する。
たとえばカーバンクルは、火属性魔法<小>のスキルを持つが、その能力を召喚した場合、召喚者は簡単な火の魔法を扱えるようになる。
この召喚方式は、負担が少なく重ねて召喚することも可能なので、学生の最初の実習はこちらを行うことになっている。
とまあ、理屈はこのくらいにしよう。いい加減俺も待ち切れない。
携帯端末を取り出し、召喚士の容量を確認する。
檜山 小次郎 15歳 メモリ残量80
契約した魔種 0系統 0種
初めて自分のメモリ残量を測った時、軽く小躍りするほど喜んだのを覚えている。
魔力への抵抗力を示すメモリ残量は、召喚士が耐えうる魔力の安全圏だ。
となればメモリ残量が多ければ多いほど、より多くの魔種と契約し召喚することが可能になる。
一般的に、高校生の段階でのメモリは、10から20が平均値。対して俺のメモリはそのざっと4倍。
アニーが勝ち誇るために、俺に調べさせた時、俺の数値を見たアニーの何とも言えない渋い顔はまだ記憶に新しい(アニーは40だった)。
ふいに、近くで歓声が上がった。なんだなんだと目を向けるとアニーの周りに人だかりができている。
俺と目が合ったアニーは渾身のドヤ顔をきめてこう言った。
「ふふっ、どうコジロー。私、結構いいの召喚したわ」
苦も無く言ってくれるものだ。
見れば、アニーの顔と同じくらいの高さで浮かぶバスケットボール大の蜂がいた。
キャノンビー。ぱっと見はただ巨大なだけの蜂でそれだけでは同じく蜂がモチーフのホーネットと区別がつかない。特徴的なのはそのお尻にある針砲だ。キャノンビーは普通の蜂のように獲物に近づいて毒針を刺すのではない。お尻の針砲から吹き矢のように針を飛ばすのだ。
俺は正直うらやましかった。
キャノンビーは初心者が召喚するにはやや難易度が高く、教師も配布した魔方陣の中にキャノンビーを入れはしたが、まさか成功する者がいるとは思ってなかったのだろう。
周りの生徒と一緒になって驚いてるし。
「見てろよ俺だって」
俺はここでは集中ができないと思い、クラスメイト達からは少し離れた位置で実習を開始した。
まず端末に配られた、実習用のファイルを開く。
ファイルの中身は、魔種の種族別にさらに分けられていた。
上から順に、魔獣、植物、亜人、無機、神聖、不死。
暗黒と獣人は除外されていた。実修に都合のいい低級魔種がいなかったんだろうか。
リストはほとんどが低級魔種で、中級魔種はいても危険な魔種は含まれていなかった。
とりあえず上から順にみていく。
まずは魔獣。最も数が多く、召喚しやすい魔物もそれだけ多い。虫や竜もこれに含まれる。
リストには、カーバンクル、ジャイアントアント、ホーネット、ハウンドなどなど。
次に植物系。この手の魔種は、知能も低く、あまり強力なものはない。
リストにはドリアード、トレント、マンドレイク。
亜人。人に似た姿をしたもので比較的知能も高い。
リストには、子鬼、コボルト。
お次は無機。無機物に魂がこもったものや、物体そのものが魔種の本体になっている種類。
リストには、スライム、インテリジェンスソード、付喪神。
次に神聖。そのほとんどは高位の魔種で、俺たち一年生には手におえないが、今回はその中でも最も召喚が容易の小妖精だけはリストアップされていた。
最後は不死。アンデットや霊体の魔種がこれに属す。
リストは、ゴースト、ゾンビ、スピリッツ。
以上が俺たち一年生に許された召喚対象だ。改めてリストを眺めてみると、いろいろ目移りしてしまう。
どうしようかな。ここで一番ハイレベルな魔種を選ぶとするならピクシーになる。
実際、周りにはピクシーの召喚を試みるも失敗したり、召喚したはいいが逃げ回られてなかなか契約まで行っていなかったりといった生徒がほとんどだ。そう考えるとアニーの優秀さが際立ってくる。
俺も負けてはいられないな。
と、思いはしたが。
最初だし簡単なのにしとくか……何も最初の1回目で何かが決まるわけでもないしな。
俺はリストからカーバンクルの項目を選択した。
すぐに端末の先端から青白いライトが照射される。まっすぐ伸びた光は実習用に明かりを薄くした教室内を照らす。光が当たった場所には複雑な魔方陣が浮かび上がっていた。
ライトを消しても誰かが陣に干渉して乱したりしない限り魔方陣は残留する。
魔方陣は召喚者を介して魔種たちが棲まう幻想領域へと繋がっている。
魔方陣が明滅する。心臓の鼓動も同期するように高まっていく。
次の瞬間、何も起きず魔方陣は消失した。
「……え?」
あまりの事態に俺は絶句した。
俺はそれから三時間、俺は必死に召喚の手順を繰り返した。
リストに載っていた魔種は全て試した。
何がいけなかったのか。どうして成功しないのか。ずっと繰り返し考えたが、焦燥に支配された思考は何も答えを持たなかった。
次第に頭が真っ白になる。耳がキンキンする。
分かってしまった。
嫌でも分からされた。
俺には才能がないと。
いいや。才能以前の問題だ。召喚するだけなら素人でもできる。現に、習いたての生徒たちが隣でバンバン成功している。
最初は笑いながら隣で俺をからかっていたアニーも、失敗が2ケタに達したところで笑うのをやめ、厳しい顔つきで黙り込んでしまった。
始業1日目なので学校は半日で終わった。
学校が終わったら俺は駆け足で帰宅した。
校門で声をかけてきた小田桐も無視して走り抜けた。
自分だって逃げても何の解決にもならないことは分かっていた。
でも俺は、何も考えたくなかった。
俺は浮かれていたんだ。入学試験で才色兼備のアニーに勝って、召喚だって自分はうまくできるだろう と軽く考えていたのだ。
それがまさかもっとも簡単な魔種の召喚ですらこなせないなんて、あんまりじゃないか。
自分が情けなくて涙が出てくる。
何もかもが嫌になった俺は眠りの世界へと逃避した。
次の日、俺はメランコリックな気分を無理やり押しとどめて、学校に向かった。
途中、小田桐に会ったが、彼は何も言わなかった。たぶんアニーが気を利かせて伝えてくれていたのだろう。小田桐はいつものようにくだらない冗談をいって笑っていた。
そんな二人の友人がありがたかった
今日も召喚の実習があった。日を改めても何も変わらなかった。
クラスの中でまだ一度も召喚に成功してないのは俺だけで、そんな俺を見る教師の目は怖くて見られなかった。
「1年A組の檜山君、直ちに職員室に来なさい。」
昼休み、クラスメイト達が空腹を満たすために、思い思いの場所にちっていく頃、放送で俺の名前が呼ばれた。
職員室に入ると実修担当の男性教師、藤浦が待ち構えていた。
昨日、俺たちのクラスの実技を受け持っていた先生だ。
「檜山、お前どうして呼び出されたか分かるか」
分かってるさ。さっさと本題に入れよ。
相当荒んでいた俺はそう思った。
どうして教師っていう生き物は、こう回りくどいんだろうな。
「ハイ、実修の件……ですよね」
「そうだ。うちのクラスでまだ成功していないのは檜山、お前だけだぞ」
わかってるよ。
「例年、魔手との契約がうまくいかない生徒はいる。だが召喚すらできないなんて我が校始まって以来だ初めてだ」
…………
「檜山、今ならまだ間に合うぞ。おまえらはまだ若いんだ、将来の道なんていくらでもある。どうだ、県内の公立普通科に転校しないか。先生はそれを勧める」
っ!
教師のセリフに俺は言葉が詰まった。
「すいません。……考えておきます」
とっさに出た言葉はそれだけだった。
「おお。だが来週の月曜、実技試験をやる。その結果が芳しくなければ、担任の藤浦先生に進言させてもらう」
「はい。わかりました」
今日は火曜日だ。あと一週間近くあるが、何とかできるだろうか。
……いや。できるだろうかじゃない。やらなくちゃダメなんだ
他でもない、自分自身の夢のために……。