第2話 アニー・コーニッシュ
合格発表の10日後、合格者を対象に説明会が開かれていた。
当然そこには俺や小田桐、そしてアニーがいた。
アニーの輝く金の御髪に整った容姿は、その場の男どもの視線を集めていた。
俺はというと、どこから仕入れた情報なのかアニーのことをすでに知っていた小田桐から、アメリカからの留学生がいる、と聞かされていた。アメリカ、というからにはきっとナイスバディな美人だとかなり偏見のこもった期待をしていた俺は、美人というよりは美少女と形容すべきアニーとその幼児体型を見て、いくらか現実に打ちのめされていた。
あとで聞いたことだが、どうやら彼女は飛び級で中学を卒業したので、まだ13歳だそうだ。
外国って怖いね。
もとより注目を浴びている人物に近づこうなどというアグレッシブな欲は持ち合わせていなかった。
俺はその場を華麗にスルーし、空いた席に座ろうとした。
しかし、何の因果か、アニーはそこで俺を目ざとく見つけたのだ。そしてこう言った。
「あなた、もしかして檜山小次郎さんでは」
突然話しかけられた俺は、どもりながらもなんとか答えた。
「まあ。やっぱり」
何がやっぱりなのだろう。
「ちょっとこっちへきてください」
動揺していた俺はそのまま、言われるがままに部屋から連れ出された。
美少女の突然の行動に周りが注目する。勘弁してほしかった。注目を浴びることなど碌な事ではない。
しかし俺は連れ出された部屋の外で、驚くべきことを知った。アニーはかくかたりき。
「代表挨拶を代わりなさい」と。
「へ?」
「聞こえませんでしたか。代表挨拶を私に譲ってくれと言ったのです」
代表挨拶? 何のことだ、皆目見当がつかない。
アニーは俺の怪訝な表情に気が付いたのか、さらに続ける。
「知りませんの? 入学試験で一位を取った生徒は入学式で挨拶をする義務があるのです」
「へー」
知らなかった。
「へー、ではありません。その一位というのがあなたでしてよ。こんなさえない男にこの私が遅れをとるなんて」
さえない男で悪かったな。ん、待てそんな事より今こいつとんでもないこと言わなかったか。
「まさか、俺が一位のはずないだろ。自分ではぎりぎり滑り込んだかなと思ってるんだが」
俺が信じようとしないのを見てアニーは一枚のコピー紙を俺に突き付けた。
まさに印籠とばかりに。
「よく見てください、見えますよね、この文字が」
一位 檜山小次郎 土居川中学 350点
二位 Annie Cornysh Dawson Junior High School 349点
「まじで……どうなってるんだ」
この時、なぜアニーがそんなデータを持っているのか気になったが、その時の俺は驚きによってそれどころでは無かった。
あとで気が付いたことだが、宮田高校の入試問題はかなりウェイトが偏っているらしい。
自慢することではないが、俺は国語はともかく、英数は空恐ろしいほどできない。だが逆に召喚、魔種に関する知識ならそんじゃそこらの奴に負ける気はしない。
なるほど、後で一人得心がいった。
つまりはこういうことだった。宮田高校召喚学科は、召喚学科であるだけに、召喚学にかなりの配点をしていたのだろう。
召喚学というのは基本的に義務教育課程には含まれない。
半世紀前でいうところの、「これからは情報化社会だからパソコンを扱えるようにしましょう」程度だろう。
だからこそ、召喚学に秀でた俺は、恐れ多くも一等賞を頂けたわけだ。
中学で習わない学問を試験内容に含むのはいささか疑問ではあるが。俺の場合、それは僥倖だった。
国英数の三科目だったらきっと首席どころか、受かるかどうかも怪しかっただろうな……。
「それで、どうするんですか、挨拶。やるんですか、やらないんですか」
いい加減アニーもイラついているようだ、無理もない。イラつかせた張本人はそう思っていた
話を聞く限りアニーはどうやらこの聞くからにかったるいイベントがやりたいらしい。好都合だ。
「でも、代役なんてできるの」
「ええ。二位の生徒には、一位の生徒が辞退した場合、代わりに役目を務めることができるそうです」
「なるほど」
ここで少し考える。なぜこの少女は、こうまでして代表挨拶がしたいのだろうか。
その答えはすぐにぴんときた。こいつは自分が挨拶をすることで、あたかも自分が一位ですよと装いたいわけだ。
ふふん。なかなか可愛いじゃないか、よし。
「わかった。譲ろうじゃないか、栄誉ある代表挨拶をね」
「急に偉そうになったわね。まあいいわ、譲り受けといてあげる」
……お前が持ち出してきたんだろうが。
ちょうど交渉が終わった頃に、説明会が始まる時間になった。
そのあとは得に何も起こらず、合格者説明会は終わった。
始業式の日のアニーの堂に入った挨拶を見たとき、俺がやらなくてよかったと、心底思ったのだった。
この後、小次郎が小田桐とアニーをひき会わせたせいでアニーの受難が始まったのだが、それはまた別の話だ。
「おい。小次郎」
小田桐の問いかけで、記憶の河を遡上していた俺の意識が呼び戻される。
「どうしたの。ぼけーっとして、いつものことだけど」
「どうせ、今日の召喚実習のことでも考えてたんだろうよ」
酷い言われ様だ。それよりこいつらさっきまでの口論はどうしたんだ。いきなり結託しやがって。
「そういやお前らは今日召喚する魔種、もう決めたか」
話題が出たついでに、聞いてみる。
「もちろんです。まああなたに教える筋合いはありませんけど」
「そこまで行ったなら言えよ」
めんどくさい奴だな。黙っていれば可愛いのに、口を開けば毒ばかり吐いてるからなこいつ。
「小田桐、お前は? 」
「んー、まあな。一応は」
「へえ、まあ、聞かないでおくよ」
「おいっ、明らかにアニーの時と態度が違うだろ。もっと食い下がれよ、興味津々でがっついてこいよ」
……こいつも大概面倒な奴だな。
新入生用の玄関で別れた俺たちはそれぞれの教室へ向かった。(入試成績順にクラスが分けられるため、アニーと俺はA組、小田桐はC組)
教室ではすでにいくつかのグループができ、それぞれが教師が来ていないのをいいことにくっちゃべっている。チャイムはとっくに鳴っているが職員会が長引いているのだろうか。それを裏付けるように隣のB組からも、生徒たちが騒ぎ立てる声が聞こえてきていた。
授業初日で浮かれるのはしょうがないよなと一人納得する俺であった。
ちらりと隣の席に目を向ける。
俺が何故、他の生徒たちのご多分から漏れて一人冷静でいるかというと、何を隠そう隣の席におはします、アニー・コーニッシュ様が大変にご立腹だからです。
額に青筋が浮かび、微かに歯ぎしりの音まで聞こえてくる。根っからの優等生気質の彼女からすれば、この教室の惨状が耐え難いものであることは容易に想像がつく。
担任ーーっはやくきてくれーー。
幸いなことに隣の活火山が大噴火を起こす前に担任、斉藤誠教諭は登場してくださった。