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monsters and me  作者: peet
 序章 賢いスライム
10/11

第10話  合言葉

 魔法にはクールタイムが存在する。

 魔法を放つには周りの大気中、または自分の体内に存在する魔力を収束する時間が必要になるから、実際に魔法を放つまでに非常に大きい隙がある。

 弱い魔法には少ない時間ですむが、強い魔法ならそれだけ長い待機時間が必要なのだ。

 収束した魔力は一定の大きさになると発光現象を起こすので、相手にも魔法がまだ準備中であることが簡単に悟られてしまう。

 そうなれば当然、先に攻撃をするなり、何らかのスキルで対策するなどの時間を与えてしまう。

 そんな隙を埋めるために、どうするのかというと、召喚魔種(サモンズ)に守ってもらうのだ。


 アニーが同時に放った二つの魔法ははずれ、無駄撃ちに終わった。

 少しの間魔法の使えない時間が生まれる。

 キャノンビーが、地上2メートルほどの位置をホバリングしながら、お尻の砲針を俺に向けた。

 アニーが定石通りに、自分が魔法を再発動(リロード)する時間を稼ぐため、召喚魔種(サモンズ)のキャノンビーに、俺の迎撃を命じたのだ。

 キャノンビーは一切の躊躇もなく、俺に向かって針を射出した。

 さすが主に似て容赦がない。

 

 少々の体術を修めている俺でも、さすがに近距離から魔法とは比べものにならないほどの速度で放たれる小さな毒針をかわすことはできない。

 召喚士本人への攻撃が控えられる学生同士の試合だから、毒といっても猛毒ではなく、後遺症の残らない麻痺毒を使うように命令しているんだろうが、どちらにしろ一撃もらえば即チェックメイトだ。


 万事休す……か。

 試合を観戦していたすべてのクラスメイトはそう思っただろう。

 しかし予期した結果は訪れなかった。


 キャノンビーの針が勢いよく放たれる寸前、俺は右手を針が飛んで来ようとする方向にかざし叫んだ。


(シールド)!!」

  

 その言葉に呼応して、右腕に纏わりついていたスライムが形態変化のスキルによって、巨大化、変形し、まるで盾のように俺の前に広がった。

 毒針とはいっても、所詮は蜂の針。獲物の肌に少し食い込むだけでいいのだから、強度や貫通力はほとんど無いに等しい。

 スライムの粘性のある体を貫くにはほど遠かった。

「……うそ」

 アニーは動揺を顔に浮かべ、僅かに開いた口から掠れるような声で驚きを口にした。


 試合前、俺とブロッブは合言葉を決めた。

 普通、言葉の通じない魔種に対して召喚士が命令するとき、召喚した魔種との間に形成される通信を使って意思を伝えるのだが、それはひどく不鮮明で、曖昧なニュアンスしか伝わらない。

 まさに、某モンスター育成ゲームのように、「ガンガンいこうぜ」とか「いのちをだいじに」といった簡潔でアバウトな命令しか伝えられないのだ。

 

 俺がブロッブと会話によって明瞭な意思伝達ができるというのは、かなりの強みだが、一瞬の行動の遅れが勝敗を左右することもある召喚士同士の試合では、だらだらしゃべっているわけにもいかない。

 だから俺は、簡潔な単語で命令が伝わる合言葉を決めることにしたのだ。


 シールドは文字通り、俺を守る盾として、指示した方向にブロッブを展開させる合言葉だ。

 技名みたいでなんかカッコイイ。

 シールドで防げる攻撃はかなり限定されるが、一瞬のうちに展開が可能なのでとっさの防御、相手の意表を突きたい時などに有効だと思う。

 実際、この技を事前に打ち合わせていなければ、ここで俺は詰んでいたしな。


 動揺を隠しきれないアニーだったが、火魔法の待機時間が完了していることに気付き、すぐさま落ち着きを取り戻した。赤く輝く左手を構えるアニー。

 その直後、再び飛来する火炎弾。

 さっきの様に悠々と躱すことはできない距離だ。

 体制が崩れるのはこの際仕方がない、と妥協して、俺は転がることで回避した。

 危ねえ……。シャツの裾を炎が掠めたぞ。


 召喚士本人を直接攻撃するのは避けられるべき行為だが、俺がブロッブを右腕に装備しているせいで、アニーも俺ごと狙うしかない状況だ。

 教師もそれがわかっているのか何も言ってこない。今回に限っては、直接攻撃はセーフのようだ。

 まあ、それはアニー側の特権であって、そんな大義名分がない俺はキャノンビーを何とかして倒さないといけないんだが。


 転がった勢いでそのまま距離を取り、追撃に備える。

 火魔法が回復したということは、氷結魔法ももうすぐ飛んでくるということだからだ。


 予想通り、中級氷属性の氷結魔法は放たれた。

「今度こそスライムなんかじゃどうにもならないわよ!」

 アニーは勝利を確信し、勝ち誇って言った。

 確かにアニーの言う通りだ。ブロッブが普通のスライムだったなら……。


 俺へと一直線に向かってくる氷結魔法に向け、またも右手をかざした。

 そして合言葉を叫ぶ。


鋼鉄の盾(メタルシールド)!!」


 ブロッブはシールドの時と同じように、盾となって俺の前に広がった。

 だが今度はそれだけじゃない。ブロッブの体質変化のスキルで、スライムの群青色の体が、卑金属の様な鈍色に変わったのだ。

 

 体質変化のスキルは文字通り体質を自在に変化させることができる。

 金属のような体にもなれるし、逆に限りなく水に近づかせることもできる。

 

 俺を守るように広がった金属質の盾は、アニーの氷結魔法を軽々とはじいた。

 原則として、魔法は無機物に効きにくい。その中でも最も魔法の効果が薄いといわれるのは鉄や青銅のような金属に対してだ。

 それを知っていた俺は魔法対策にと、ブロッブが金属への変化もできることを試し、合言葉を決めていたのだった。

 

 俺が考案した合言葉は、だいたい二単語で構成させている。

 一語目で体質を指定し、二語目で形態を指定する。体質を金属にしたいならメタル、盾の形ならシールド、鋼鉄の盾ならメタルシールドといった具合だ。

 

 俺は氷結魔法をはじいた鋼鉄の盾のまま、キャノンビーに突進した。突撃槍ならぬ突撃盾だ。

 このまま勝負を決めてやるっ!

 俺は、鋼鉄の盾でキャノンビーにぶつかった。

 完全に鉄の塊に打ち据えられていたなら、ここで勝負は決まっていた。

 しかし、最も破壊力のある盾の中心で捉えられなかったせいか、辛うじてキャノンビーは戦闘続行可能なようだ。……しぶとい。


解除(リセット)

 変化解除の合言葉を唱え、ブロッブを元のスライム形態に戻した。

 走り抜けて、アニーと背中合わせのようになっていた配置を向い合せるように俺は体を反転させた。

 

 俺とキャノンビーがほぼ同じタイミングで体勢を整えた。

 キャノンビーはその針砲で、俺はピストルの形にした右手で、お互いに照準を合わせる。

 まるで西部劇の一幕のようだった。


装填(ロード)!!」

 ブロッブは俺の右手人差し指、ピストルでいうなら銃身の先端に移動する。

 

 俺の反撃は相手よりも僅かに遅れていた。

 だがその絶好のチャンスにキャノンビーはふらついた。先のタックルのダメージだ。

 そこに生まれたわずかな時間、ほんの少しの勝機を逃しはしない。


発射(シュート)!!」

 指先に集められたスライム体がキャノンビーに向かって勢いよく一直線に飛んでいく。一見するとまるで水鉄砲のように見えるが、先端は金属化していて十分な威力があった。

 

ズパンという甲高い音と共にキャノンビーは撃墜された。

 地面に墜落するのを待たず、キャノンビーの体はただの魔力へと戻り、僅かな光と共に宙に消えた。

 

 しばらく誰も何も言わなかった。

 試合終了のブザーが鳴り響き、静寂を打ち破った。

 

 教師が俺の勝利を宣言する。

 そこでやっと俺に勝利の実感が湧いてきた。

 ブロッブも「勝ちましたな」と心なしか誇らしげだ。ほんとお前のおかげだよ。

 

 ふう……それにしても。

 ……やった。

「勝ったぞおおおおおおおおお……おおっ?」

 思わず力が抜けどさりと尻餅をつく。

 ああ、しんど。こりゃもう立てませんわ。

 

「なにしてんのよ。この私に勝ったんだからもっとシャキッとしなさいよね」

 声の聞こえてきた方に目を向けるとアニーが目の前まで来ていた。

「いやあ。足に力が入んなくて。手え貸してくれ」

「呆れた。あんた、さっきまであんなに走ってたじゃないの」

「ええと、あれは火事場の馬鹿力とかそういうもんで」

 アニーは一つため息をつくと、おとなしく俺を立ち上がらせてくれた。


 俺はもう完全にやりきった、という感じだったが、まだ試合は2試合残っていた。


 桐嶋とアニーの試合は通常通り行われ、順当にアニーが勝利した。

 

 俺と江本の試合は、俺がいよいよ限界に来ていたので辞退し、俺の不戦敗に終わった。

 俺の評価は決して良かったとは言えないが、2位のアニーを倒したから普通科に編入云々の話はお流れになったはずだ。

 もともと入学時の評価が高すぎたんだ。俺にはこのくらいが丁度いい。

 

 こうして、入学して最初の騒動は終わりを遂げた。


 

序章 完

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