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天秤の月  作者: 宗像竜子
第四章 呪術師ザルーム
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第四章 呪術師ザルーム(16)

 パリルの夜は日没と共に静寂に包まれる。

 人が戻ったとは言っても、以前と同様とはいかない。一度は完膚なきまでに滅んだ街である。昼間は復旧作業などで活気があっても、夜に出歩く者誰一人としていない。

 およそ半月が経ち、復興が順調に進んでいる事もあって彼等が多くのものを失った夜の記憶は薄れつつある。だが、心に受けた傷は簡単に癒えるものではなかった。

 ひっそりと、まるで声を潜めているように静まり返る街。そんな中、一箇所だけ明るい声で賑わう場所があった。

 身体が鈍らないようにと軽く剣の素振りをして軽く汗を流した後、自分に与えられた部屋に戻ろうとしていたルウェンは、その声を聞きつけて首を傾げた。

 どうやら不寝番をする兵士達に与えられた小屋からその声はするようだ。日中は作業に追われ、それなりに疲れている彼等が何をそんなに盛り上がっていると言うのか。

 本来ならルウェンも彼等のように交代で不寝番に就くべきなのだが、皇女ミルファ直属という立場により免除されていた。

 ──そのせいで、同世代の人間と接する場がさらに減ってしまった訳だが。

 人より少々良い耳には内容まではわからないが楽しげな様子が伝わって来る。彼等は一体何をしているのだろう。むくむくと好奇心がわき上がって来た。

 しばし考えたルウェンは、まだ寝るには早いからと自分に言い訳すると気配を殺してその小屋に向かった。近付くと小屋の中から漏れ聞こえてくる声の中身もそれなりに判別がつくようになる。

「……──ス」

「ま……か? もう……ない……」

「うるさい! ……だよ、……った奴……!!」

「お前……ろ?」

(……何やってんだ?)

 しかし、やはりそれなりに厚い扉越しでは会話の内容をはっきりとは聞き取れない。

 興味を抱いたルウェンはしばし扉の前で考え込むと、やがてにやりと笑い、徐にその扉を開いた。


 バンッ!!


「ッ!!」

「やべっ!?」

「か、隠せ……っ」

 ドアを開けた人物が誰かも確認せずに、彼等は一斉にわたわたと挙動不審な行動を取る。

 小さな木のテーブルの上には、隠しそびれた何枚かのカードが散らばっていた。

 どうやら交代までの暇潰しにカードゲームに興じていたようだが、それだけでないのはその場に漂う匂いで知れた。

「ふーん。……お前ら、酒飲んでるな?」

 行軍中の限られた資材の一体何処からそんなものを、という気持ちで思わず呟くと、ようやく扉を開けたのがルウェンだと気付いたのか、益々彼等は慌てふためいた。

「ル、ルウェン殿!?」

「うわわ、あの、その、これはですね……っ」

「ほんの出来心なんです!」

「スミマセンッ」

「……いや、別に責める心算つもりはこれっぽっちもねえんだけど……」

 あまりにも恐縮されて、ちょっと驚かせてやるかと、半ば悪戯心でドアを開けたこちらが悪い事をした気分になる。

 彼らにして見れば、『英雄』にも等しいルウェンにとんでもない所を見られた気持ちなのだが、今でこそ騎士然としているが、ルウェンだってこんな事になるまでは帝都でそれなりに『若気の至り』でやんちゃをしてきた身である。一方的に攻める気にはなれなかった。

 改めて周囲を見回すと、思った通り比較的若い者ばかりだ。多少羽目を外してしまっても仕方ないだろう。

 それにこんなにのんびり出来るのも今の内だけなのだ。帝都への進軍が始まれば、当然ながらこうは行かない。なるほど、とルウェンは納得した。

「……どうもこの頃、寝不足の奴がいるなと思ったんだ」

 少々呆れの混じったその言葉に、彼等の顔にバツの悪そうな表情が浮かぶ。

 休める時に休むのも兵士の仕事の内だ。寝不足では判断能力が落ちるし、周囲の足を引っ張る事にもなりかねない。職務怠慢と謗られても文句は言えないだろう。

「済みません、ついつい夢中になってしまいまして……」

「一応聞くけど、今日の不寝番の奴は飲んでないな?」

「は、はい! もちろんです!」

 ルウェンの言葉に、不寝番になっているらしい青年が数名こくこくと首を振った。

「じゃあいいんじゃないのか? この程度なら」

 不寝番になる者まで飲んでいたなら少々気のゆるみ過ぎだと言えるが、不寝番の人間に付き合って同僚が寄り集まって騒いでいるだけなら、そこまで問題があるようには思えなかった。

 ──状況を考えると、まったく問題がない訳ではないのだが。

「まあ、『お偉いさん』にバレないように気をつけろよ。うるさい奴はうるさいからな」

「……あなたがそれを言いますか……」

 カラカラと他人事のように笑いながらの台詞に、近くの兵士が複雑な顔でぼそり突っ込む。それを耳にした数名が、まったくだと言わんばかりにうんうん、と頷き合った。

 何しろルウェンはこの反乱軍で一番『お偉いさん』であるミルファの騎士なのだ。一般兵士の彼等からすれば、十分ルウェンも同類である。

 だが、ルウェンにそこまでの自覚があるはずもない。

「……? 何か言ったか?」

「い、いぇえ!」

 思わず上ずる声で答えた兵士を庇うように、横から次々に他の兵士が口を開く。

「何でもありませんよ!」

「そうです! あの、ルウェン殿も一緒にいかがです?」

「いいですね、折角ですし!!」

「へっ?」

 彼等にとってはその場を誤魔化す意味も多分に含まれていただろうが、その誘い文句は南領に来てからというもの、必要以上に続く英雄視に辟易していたルウェンにとって魅力的なものだった。

「そうだな……。それじゃ少し加わるかな。もちろん、お前らが迷惑じゃなければだが」

 まさか乗って来るとは思わなかったのか、彼等にとっては雲の上の存在であるルウェンの思わぬ気さくさにそれぞれ驚いたように目を丸くし、ついで何処からともなく歓声が上がった。

「そう来なくっちゃ!!」

「迷惑だなんて! とんでもないですよ!! なあ!?」

「そうですとも!!」

 妙に興奮した兵士達に内心首を傾げながら、そういやこういうのも久し振りだとルウェンはゲームに加わる事にした。

 今までは何となく一線を引かれた感じがして少々居心地が悪かったのだが、これを期にそれが多少なりとも解消されればと思ったのだ──本音を言えば、『こういう楽しい事には俺も呼べ』という所だったが。

 戦場において、とんでもなく強運である事で知られるルウェンである。

 こういったゲームもほとんど負け知らずだったりするのだが、見た所、特に何かを賭けたりしているようでもないので問題ないと軽く彼は考えた。

 そのはずだったのだが──。

「罰ゲーム?」

 彼等がやっていたのは各地で広く遊ばれている、単純なゲームだった。いわゆる地方ルール的なものも多い為、その辺りを確認するとそんな言葉が彼等から飛び出した。

「ええ、流石に不謹慎ですから賭け事は出来ません。でもそれじゃ、刺激がないでしょう?」

「一ゲームにつき一回、一番勝った者の命令を一番負けた者が聞くんです」

「なるほどな」

 それなら各自が必死になるのもわからなくもない。

「ちなみに今までどういう罰ゲームがあったんだ?」

「大した事はないですよ。なあ?」

 参考までにと話を聞けば、明るく話を振る兵士に対し、振られた周囲はいっきにどんよりとしたものへ変わった。

「俺は『妻への愛を歌え』でした……」

「あー、作詞作曲・オレってやつだろ? あれは傑作だったな」

「南の空に向かってお前がヤケクソになって歌った歌……本っ当にヘタクソだったよなあ……」

 しみじみと呟かれた言葉に同意するように頷く者多数。よほど男は音痴らしい。

(そう言えば、数日前に朝っぱらから妙な奇声が聞こえていたような……。あれか……?)

 少々気にはなっていたのだが、それらしい報告も受けなかったので気に止めていなかったのだ。よもやそれが罰ゲームだったとは。

 その後、苦手な野菜だけを三食だとか、一日利き手とは反対の手で過ごすだの、実行に移された様々な罰ゲームが報告されたが、どれも罰ゲームとしてはぬるくルウェンには感じられた。

 それにしては周囲の表情が暗いので疑問に思っていると、すぐ近くで一人の青年が続いてぼそりと呟いた。

「──ぼくは『半日花をくわえて歩き、呼び止められたらそのまま爽やかに微笑むこと』だった……」

「お前、それでこの間!?」

「おう……、実はな。しかも、それをリ、リヴァーナ嬢に見られて……ッ!!」

「なんだって!? よりにもよって、あの……?」

 青年はそのまま男泣きし始め、何故か周囲はどよめいた。

「見られたって事は……お前、微笑んだのか? あの人に向かって、その、爽やかに……?」

「そ、それでどんな反応が返って来たんだ?」

「ふ……、笑い返してはくれたよ。例の氷の微笑でな……! ついでに『悩みがあるならいつでも聞く』って心配までされ……くぅうう~~~ッ」

「すっ、すまん。まさかそんな事になるとは思わなくてな……!」

「あああ……。泣け、思う存分泣け!! 俺が許す!!」

 いまいち話は見えないが、確かにやろうと思うと恥ずかしい罰ゲームだ。命じる方も命じる方だが、真面目にやる方もやる方である。

(……えーと、……酔った勢いって怖いなー……)

 取り合えずろくな事にならないらしいと判断したルウェンはあえて追求はしない事にした。どちらにしても最下位で負けなければ良いだけである。

 こうして罰ゲームを賭けた仁義なき戦いは始まった──。

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