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天秤の月  作者: 宗像竜子
第四章 呪術師ザルーム
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第四章 呪術師ザルーム(7)

 大部分の復旧が終わり、パリルの街には元の穏やかな雰囲気が生まれつつあった。

 まだ撤去しきれない瓦礫や、焼き焦げた後のある石造りの壁や、えぐられた道など、魔物のよって受けた傷跡は残っている。

 だが、一部ながらも人が戻った事で、廃墟だった頃にはなかった活気が見られるようになっていた。

「剣の手入れですか?」

 街角で詰まれた木箱の一つの腰掛け、休憩がてら愛刀を磨いていると、背後からそんな声がかかった。

 振り返らずとも声の主はわかる。ルウェンは背後に目を向けてにやりと笑った。

「おう。あと二、三日もしたら出立だからな」

 予想通り、顔馴染みの赤毛の少年が興味深そうな顔で彼の手元を見ている。

 復興作業中は皇女ミルファの指示を伝える為、作業をする兵士よりも多忙だった伝令達だが、ようやくその忙しさから解放されたようだ。

 そのまだ何処か幼さを残した顔には、若干の疲れは残っていたが、表情はすっきりと明るい。

「伝令の方も落ち着いたようだな、ジニー」

「ええ。大部分の作業が終わったので、今の内に休息を取るようにと指示が出ました。……いよいよ、ですね」

「ああ、そうだな」

 そう──パリルを出立した後は、目指すは帝都、その次は皇帝の座す帝宮だ。

 今まで反乱軍に対しては妨害らしい妨害を受けていないが(せいぜい、西に向かう途中で魔物に襲われた程度だ)、これから先はそうも行かないだろう。だからこそ、今の内にとルウェンも剣の手入れをしていたのだが──。

「もしかして、緊張してるのか?」

 何処となく言葉に気負いがあると言うか、肩に力が入っているような気がして尋ねると、ジニーは少し、と照れ臭そうな顔で肯定した。

「おかしな話ですよね。僕らは直接的には戦いに参加しないのに……」

「いや、別におかしくはねえだろ。俺もそうだし」

「え? ……ルウェンさんでも緊張する事ってあるんですか?」

 心底意外そうに言われて、ルウェンは少しだけ傷付いた。

「……ジニー、お前な。俺を何だと思ってるんだ?」

 まるで心臓に毛が生えていると言わんばかりの言葉である。確かに肝が据わっている方かもしれないが、大局を前にすれば緊張くらいはする。

「俺も人の子だぞ。緊張くらいするに決まっているだろ」

 じろりと不満そうに睨まれて、ジニーは慌てて謝った。

「あ、済みません。だって、ルウェンさんはいつも堂々としているし……。あの魔物相手に一人で対等に渡り合える人が緊張するのかと思ったら、ちょっと意外で」

 しどろもどろの答えに、ルウェンはやれやれと表情を和らげた。

 こういううっかりした発言をするという事は、それだけ自分に対して気を許してくれているという証拠だろう。

 最近では南領の兵とも大分馴染んできて、世間話をするようにもなったが、完全に打ち解けたとは言い難い。ルウェン自身はその内静まると思っていた、セイリェンの戦いからの英雄視は今も続いており、誰からも一目置かれる態度で接されている。特にそれは同世代やそれよりも若い世代に顕著だった。

 そういう意味では、遠慮なしに話す事の出来るジニーやフィルセルはルウェンにとっても特別な存在だと言えた。変に気を使わなくて良いので楽なのだ。

(ん……? そう言えば、この頃フィルの姿を見ないな)

 怪我をしている時は恐ろしい以外の何者でもないが、そうではない時は屈託のない、そこにいるだけで周囲を明るくする少女である。姿を見ないとなると、何だか妙に周囲が静かに感じてしまうから不思議だ。

「なあ、ジニー。フィルはどうしたんだ? この頃、全然姿を見ていない気がするんだが」

「え? フィルですか? それなら施療師の一員として地方神殿に行ってますけど」

「はあ!? ──……だ、大丈夫なのか?」

 フィルセルから手荒な看護を受けた身として、思わず地方神殿にいるパリルの人々の無事を祈らずにはいられない。だが、ジニーは平然とした顔で頷いた。

「大丈夫ですよ。フィルは大人しく治療を受ける人には親切ですから」

「──えーっと……」

 ジニーにはそういう意図はないようだが、大人しく治療を受けなかったと言外に言われたようなものである。ルウェンはぐっと言葉に詰まった。

 そんな事はないと反論したい所だが、脱走しようとしたり、安静と言われながらもこっそり素振りをしたりと、フィルセルの指示を無視した前科が邪魔をする。

 だがジニーはルウェンの内心に気付いた様子もなく、更に続けた。

「それに最近、ティレーマ様にすごく懐いてて。今回も同行して、一緒に戻って来るという話でしたよ」

「ティレーマ様? ……ああ、そういやくっついてた気がするな」

 少々意外な組み合わせだったので、ルウェンの記憶にも残っていた。

 皇女であり神官でもあるティレーマと施療師見習いのフィルセルに接点らしいものはなく、何で一緒にいるのだろうと思ったものだ。

「フィルは昔から年上の女の人に弱いんですよね。南領にいた頃でも同世代の友達がほとんどいなかった事もあって、女官の人達に可愛がられていましたし」

「……で、年上の男には容赦がないと?」

「──……まあ、そうですね」

 ルウェンの突っ込んだ質問に、一応自分も『年上の男』に属するジニーは苦笑いする。だがすぐにふと思い出したように、でも、と言い添えた。

「あれでフィルはルウェンさんの事を気に入ってますよ?」

「あれでか!?」

 今まで受けた数々の仕打ちを思い出し、顔を引きつらせるルウェンに、同情するような視線を向けつつ、ジニーは頷いた。

 確かにフィルセルの親愛を示す表現はわかりにくい。だが、それなりに長く近くで見ている者には単なる嫌がらせなのかそうでないかはわかる。

「フィルは基本的に天邪鬼なんで、気に入っている人程ちょっかいかけるんですよね。……まあ、たまに勢い余ってやり過ぎてしまうみたいですけど」

「……勢い余って、ひびの入った肋骨を張り飛ばされる身になれ……」

「は、はは……。そう言えばやられてましたね……。ご愁傷様です。あと、他には前の南領主──コリム様やザルーム様には一目置いてますよ。残念ながらコリム様はもう亡くなられてしまいましたけど、お二人共、フィルにとっては恩人ですから」

「恩人? って、フィルの奴もザルームと面識があるのか」

 言いながらもそう言えば、と思い出す。初めてジニーと顔を合わせた時、フィルセルはやって来たジニーに言っていた。


『あなたはザルーム様付きの伝令なんでしょう?』


 そう──あれは自分が面会謝絶だった事を知った時だ。

 何故かフィルセルが口にした『ザルーム』という名が意識に引っ掛かったお陰で、その時の事ははっきりと覚えている。

「え? ああ……、そう言えば話してませんでしたっけ。そうですよ。僕とフィルは同じ時にザルーム様に会ったんです。正確には、フィルがもうちょっとで大怪我する所を助けて貰って、僕がその場に居合わせたんですけど」

「へえ……。そうだったのか」

 ジニーならばともかく、フィルセルとザルームとなるとまったく想像できなかったが、理由を聞いて納得する。

「まあ、フィルはあれ以来ザルーム様とは顔を合わせていないはずですけどね。僕が伝令になるまで、二人ともザルーム様の名前も、それ以前に何処の誰かも知りませんでしたから。……ああ、そう言えば」

 そこでふと、ジニーは表情を曇らせた。

「フィルだけでなくて、ザルーム様もこの頃、姿を見ないんですよ」

「そうなのか?」

 元々、表立っては姿を見せない人物である。姿を見ないのが当たり前だと思っていたルウェンには気にならない事だったが、接点のあるジニーには気がかりそうな様子を隠さずに頷いた。

「今は特に斥候とかの必要もないんだろ? ザルームも今の内に何処かで骨休めでもしてるんじゃないか?」

「そうなら、いいんですが……」

「……何か、気になる事でもあるのか?」

「いえ、そういう訳じゃないんです。ただ、このパリルに来てからまだ一度しか姿を見ていないので……」

「そうか」

 ジニーの受け答えに相槌を打ちながら、ルウェンは一つ思い当たる事を思い出していた。

 当のザルームと交わした、半月前のやり取りを──。

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