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天秤の月  作者: 宗像竜子
第三章 聖女ティレーマ
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第三章 聖女ティレーマ(5)

 その後、二人はそれぞれの抱えた荷物を片付けると、早速連れ立ってザルームの元へおもむく事にした。

 ──善は急げ、である。

 位置的には皇女ミルファの天幕に程近い、雑然とした一角。そこにひっそりと建てられた天幕がザルームに与えられた場所だった。

 人の動きがほとんどない、目立たない場所だ。周囲には様々な物資が乱雑に積まれ、更にそこを人の目から隠していた。

 わざとかと思いきやそうではなく、まず物資を置いたのが先で、目立たない場所を探した結果、たまたまここになったのだという。

「……。本当にここにいるのか?」

 信じない訳ではないが、それにしては静か過ぎる気がした。思わず尋ねたルウェンに、ジニーは少し自信のない顔で頷く。

「ええ……、いるはず、なんですけど。あ、そうだ。他の方には秘密にしていて下さいね? 伝令の中でも、ここを知るのは限られた人だけなんですから」

「ああ、わかってるって」

 そこまで秘密にする必要性を感じないが、それがザルームの──その主であるミルファの意向だと言うのなら従うしかないだろう。

 心配無用とひらひらと手を振りながら、ルウェンは今のジニーの言葉におやと思った。

「──という事は……、ジニー。お前って結構、将来有望?」

 限られた、という言葉からカマをかけてみると、ジニーは一瞬虚を突かれたようにその焦げ茶の目を丸くした──が、すぐにとんでもない、と首を横に幾度も振る。

「そんな事ないですっ!!」

 一瞬で耳まで赤くなっている。面白い位の反応の早さだった。

「ぼ、僕はただ──その、昔、伝令になる前にザルーム様と個人的に面識があって。それが縁でザルーム様の所にも行くようになっただけで!」

「へえ、そうなのか?」

 伝令になる前に面識が出来たというのも興味が惹かれるが、ルウェンはひとまずそれは横に置いて、必死に否定するジニーの言葉を吟味した。

(……面識があるからって、見習いに毛が生えた位の人間を使うとは思えねえけどなあ……?)

 確かにまだうまく感情を自分で制御できない未熟さは否めないが、年齢が年齢であるし、元々の性格であっても本人の努力で解決出来るだろう。

 今までを振り返るに物覚えは良いし、細い見た目に寄らず体力もあるようだ。そして何より向上心がある。

 フィルセルが言うには足も速いという話だし(ただし、その際フィルセルは『逃げ足は速い』と表現したのだが)、要職ながらも何かと動き回る伝令という役職に向いているように思えた。

 総合的に考えても一概に買い被りとは思えなかったのだが──これ以上言うとジニーが照れ隠しにこの場から退散してしまいかねない予感がした為、それを直接口にするのは差し控えた。

 何となくジニーの仲立ちでもなければ、自分と直接会う事は避けられてしまいそうな気がするのだ。何しろ、前回の会話が会話である。

 たとえ相手が姿を見せたとしても、決して友好的とは言えない今の状況では自分を抑えきれる自信がなかった。

 明らかにザルームは何かを知っているのだ──この自分が『仇』とみなす相手の事を。

「随分と静かだな。……不在か?」

 近くまで寄っても、相変わらず気配らしきものを感じない事を不審に思いながら呟くと、それを耳にしたジニーはまだ赤い顔のまま、幾分自信のなさそうに口を開いた。

「ミルファ様からの呼び出しがない限りは、基本的にはいらっしゃるはずなんですけど……」

「はず、って……また曖昧だな、オイ」

 思わず突っ込みながらも、今の彼等に出来る事は天幕の中に入る事しかなく。

 入り口に下がった厚手の布を持ち上げて、まずジニーが中に入る。そこに続いたルウェンは、やがて目に入った無人の空間に少々落胆した──が。


「……これはまた……、随分と珍しい客人を連れて来たのですね……ジニー」


 何処からともなく聞こえた声に、ジニーは安堵の微笑を、ルウェンは驚愕の表情を浮かべる事になった。その声はルウェンの記憶が正しければ、あのセイリェンで聞いた声と同じものだ。

 暗く沈んだ──底知れない大地の奥底から聞こえてくるような、声。それを認識した瞬間、彼等の前に赤黒いローブを纏った人物が現れた。

「……!」

「ザルーム様、突然来てしまって申し訳ありません」

 その出現の仕方を目撃したのは初めてで、思わず立ち尽くすルウェンに対して、ジニーは見慣れた様子で礼儀正しく一礼する。

 そんな対照的な二人を交互に見ると、ザルームはそのほとんど感情のこもらない暗い声音に微かな苦笑を漂わせて、驚きを隠さないルウェンに軽く頭を下げると説明した。

「驚かせてしまったようですね。申し訳ありません、ルウェン殿。……時折、この場に何も知らない者が誤ってやって来る事があるものですから。人の気配がした時は、一度姿を隠すようにしているのです」

「……なるほど」

 そこまでして隠さなくても──と一瞬思ったが、ザルームの姿を改めて見る事で納得する。

 身体を覆い隠すローブに、表情を隠す被り布。どのような姿かわからないこの様子では、何も知らない者が見れば一発で不審者と思うに違いない。

 実際、ルウェンも初対面の時は状況も状況だったが、曲者だと認識し剣を向けた位だ。無用の混乱を避ける為にも、そうせざるを得ないのだろう──慣れるまでは心臓に悪そうだが。

「それで、今回は二人揃って一体何の用でしょう……?」

「実は……、ザルーム様に一つ、お聞きしたい事があるんです」

 ザルームの問いに、幾分緊張した表情でジニーが答える。その目は傍目にでもわかる程に敬意に満ちており、ルウェンは内心苦笑した。

(何と言うか……、『心の師』って感じだな)

 果たして過去に何があったかはわからないが、ジニーがザルームに敬意を抱く切っ掛けになった出来事はジニーの中ではかなり大きいらしい。

「聞きたい事……?」

 ジニーの言葉に、一瞬布の向こうの目がこちらに向けられたのを感じ取る。どうやら、前回のやり取りを気にしているのはザルームも同様らしい。

 確かにその件に関してははっきりと問い質したい所だが、今は何も知らないジニーがいる。ここで事を荒立てる気はないと示すために、ルウェンはジニーよりも先に口を開いた。

「『聖女』とは何ぞや──それを聞きに来た。俺もジニーもさっぱりでな」

 口にした後でひょっとして敬語を使うべきだったかとちらり思ったが、後の祭りだった。何しろ、公に秘されていても皇女ミルファの参謀的な役割を果たす人物である。

 ジニーが一瞬焦ったような顔をしたのを横目で見ながら、かと言って今更態度を変えようもなく、ルウェンはそのまま続けた。

「あんたならわかるんじゃないかってジニーが言うから、それならとここまで着いてきたって訳だ」

 セイリェンで言葉をまともに言葉を交わした時から砕けた口調だったせいか、それとも最初からそういう事にまったく頓着しないのか、ザルームはルウェンの態度を気にした様子もなく納得したように頷いた。

「なるほど。そういう事でしたか……」

「知ってるか?」

「はい、多少は……。流石に全ては存じませんが、世間一般よりは詳しいと思います。お聞きになりますか」

 まるで元からの知人のような二人のやり取りに、ジニーの表情も和らぐ。その様子に安堵しつつ、ルウェンはザルームに説明を求めた。

「頼む。……知らなくても別に何も困りはしないんだが、なんかすっきりしなくてな」

「──では、まず……そうですね。『聖女』の位置づけからお話しましょう」

 やはり何処となく苦笑を漂わせた口調で、ザルームは淡々と彼の知る限りの知識を語り始めた。

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