最後のキャッチボール
私立・飛有高校。
県内では野球の強豪校として知られているが、全国屈指の超名門とまでは呼ばれていない。
毎年の県大会では上位進出。全国では中堅クラス。派手なスター選手はいなく、チーム全員で戦っていくタイプ。
特徴は「繋ぐ野球」。投手が試合を作り、守備で失点を防ぎ、少ないチャンスを打線がものにしている。
大量得点で圧倒するチームではなく、2-1、3-1、4-2のような接戦を繰り広げてきたチームだった。
白を基調としたユニフォームにトピアブルー×バーチャルパープルの青紫のライン。胸には「飛有」の文字を施した選手達が
白球を追い掛けていくのは爽やかさがありとても印象に残る。
そんな飛有高校にもライバル校があった。私立・星彩高校だ。
飛有高校が地方大会で何度もぶつかってきた強豪。
飛有が、「繋ぐ野球」なら、星彩は、「個の力で押し切る野球」だ。飛有高校にとっては、長年越えられなかった壁だ。
そのために、俺と相棒は練習を積み重ねてきたのだ。
俺は正捕手。打撃と守備と両方を兼ね備えてはいるが突出しているわけではない。が、相棒のことなら監督よりも知っている。
相棒は投手。右投げで、球速だけなら全国トップクラスではないけど、制球力、多彩な変化球、打者を見る能力、ピンチでの精神力なら誰にも負けないと思っている。
俺と相棒は高校から組み始めたバッテリーで、最初から完璧だったわけではない。練習と試合を重ねる中で
「こいつの球なら受けられる」「こいつになら全力をぶつけることができる」
という信頼を築いてきた。
飛有高校は夏の甲子園に出場を果たした。俺たちにとって高校最後の大舞台。あいにくとライバル校の星彩高校とは勝ち上がっていかないと対決することは叶わない。対戦する相手は星彩高校にも劣らない色音高校という強豪校。
試合前。
グラウンドに立つ2人。
緊張している俺に、相棒が気さくに
「いつも通りでいいだろ」
と言う。その言葉だけで緊張がほぐれた。狭かった視野が一気に拡がった気がした。すかさず
「お前がいつも通り投げられたらな」
とミットをかかげ、相棒もグローブを当てる。笑顔がすれ違う。
主審の掛け声と共に球場にブザーが鳴り響いた。
序盤は飛有高校のペース。相棒の立ち上がりは好調だ。俺のリードも冴えていることもあり三者凡退を繰り広げ、打線も少ないチャンスをものにし、先制点をものにできた。
しかし中盤、色音高校の打線に捕まり同点。それでも飛有は守備で粘り続け、6~7回には再び勝ち越しをした。
2-1。
ベンチには
「このままいける」
という空気が生まれる。後2イニングあるのだからそう感じていてもおかしくない。
しかし--
8回。
相棒の球威が落ち始めた。受け止めたボールに勢いがなくなっているのに俺はすぐに気付いた。
8回、相手に追いつかれる。
2-2。
俺は投手交代も視野に考え始める。主審にタイムをとり、守備陣が一斉にマウンドへと集まる。
「いけるか」
「まだ投げられる」
グローブで隠した口元ははっきりと言う。俺は分かってる。本当はもう限界に近いことだって。
それでも相棒は最後までこのマウンドに立ちたいと言い張っている。監督の指示を持ってきた後輩に向かって待ったをかけた。
監督も少し怪訝な顔をしている。が、俺の表情を見てやれやれと両手を挙げた。
「全力でやれ」
そんな風に言われた気がした。監督の許可を得て流れる汗を拭って相棒のグローブにミットを当てた。
「……わかったよ」
守備陣も首肯して各ポジションへと散らばった。俺たちは最後まで一緒に戦うことを選んだ。
9回裏。
2死。
走者を背負う。
色音の攻撃はクリーンナップの4番に回っている。俺はサインを出す。
1球。
ストライク。
2球。
ファウル。
そして3球目。甘い球が外側に流れた。
打球が外野へとライナー気味に飛んでいく。走者はホームへと全力で走っていく。
外野手が捕球して思い切り俺へと送球する。ホームベースへ一直線へと飛んでくる球を受け止めて、走者にタッチをする。
球場が一瞬静まり返る。主審は両腕を水平に伸ばしてセーフの判定を下した。一気に湧き上がる球場。
色音高校の選手がベンチから飛び出して、走者を労い、打者は拳を天へと突き放した。
--届かなかった。
勝ち越しを許す。
2-3。
大歓声の中で試合終了のブザーがけたたましく響いた。
飛有高校、敗退。
俺と相棒の高校野球も終わりを迎えた。
試合後、高校の部室へ帰ってきて、監督からの激励やキャプテンの泣き崩れながらのあいさつ、後輩からの決意表明を聞き、部員たちがぞろぞろと帰っていき、部室は静かになる。
俺と相棒は部室を出て、3年間練習や試合を重ねてきたグラウンドに残る。照明が付き始め、グラウンドを照らし出した。
「なあ」
相棒がボールとグローブを持つ。
「ん?」
「最後に、投げない?」
静かなグラウンドにボールを受け止める音が繰り返し響く。
パシッ。
パシッ。
高校生活で何度も繰り返した音。少しずつ距離を詰めていく。
「これで最後な」
「……ああ」
相棒が投げる。
俺が受ける。
ミットに伝わる音が最後に響き渡った。しかし、俺はボールを返さない。
「何してんだよ」
「……もう一球くらい、いいだろ」
と零すと、互いに笑いあう。
陽が沈みきってもキャッチボールは続いた。ふと相棒が言う。
「俺たち、歳とっても野球してんのかな」
俺は
「さあな」
と答える。少し間を置いて
「でも、お前が投げるなら受けてやるよ」
「じゃあ、肩鍛えとけ」
また、互いに笑いあう。
--パシッ。
またミットに伝わる音だけが夜に響いた。




