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婚約者が私にだけよそよそしい?  作者: 四折 柊


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1/11

1.挑発

よろしくお願いします!

 アダリーシアは王城で婚約者に面会したあと、帰宅するために馬車に乗ろうとした。

 その寸前、声をかけられた。声をかけてきたその女性は、アダリーシアと話がしたいと引き留めたのに、なかなか口を開かない。アダリーシアは心の中で小さく溜め息を吐くと、優しい声で促した。


「私にどのようなお話ですか?」


 すると女性は少しだけ目を伏せておずおずと口を開いた。


「アダリーシア様。こんなことになってしまい……申し訳ございません」


 目の前の女性の顔は美しいというよりも可愛らしい。小柄であるがスタイルがよく健康的だ。明るい茶色の髪は艶やかで美しかった。

 彼女は聖女ロゼット。身分は平民。勇者となったアダリーシアの婚約者と、半年間旅をともにしていた女性だ。ロゼットはアダリーシアと同じ年のはずだが、童顔なので年下に見える。

 アダリーシアは穏やかに問いかけた。


「なにについての謝罪でしょうか?」

「アダリーシア様は噂を、その、ご存じありませんでしたか?」


 ロゼットは怯えているのか体を縮ませると、瞳を潤ませ上目遣いになった。

 その様子は健気に見え男性ならみなロゼットを愛おしく思い、アダリーシアがロゼットを虐めていると怒るに違いない。幸いここにいるのはアダリーシアの侍女と護衛騎士なのでそのような誤解を心配する必要はないが。


「噂ですか?」

「はい。私とエラード様との」

「私は噂など気にしておりません」


 エラードというのはこの国の第五王子でアダリーシアの婚約者だ。

 社交界でも市井でも不確かな噂は山ほどある。いちいち気にしていられない。それがたとえロゼットとエラードが旅の間に恋人となったというものであったとしても。


 その噂とは旅が終わったあと、二人は結婚することを約束しているという内容だった。

 もしも噂が本当だったのならそれは簡単なことではない。エラードとアダリーシアの婚約は王命なのだ。簡単に解消できない。もしエラードが本気でそれを望めば不可能ではないが、彼は不誠実な人ではないと信じている。それにさっき会ったばかりのエラードはそのようなことを匂わせていなかった。それなら噂は所詮、噂。

 それよりもロゼットが気安く自分の婚約者の名前を口にしたことにカチンときたが、半年も一緒に過ごした相手なら仕方がない。目くじらを立てることではないと自制した。


 でもロゼットがわざわざ自分を呼び止めてまでその噂話を持ち出したので、アダリーシアは噂の真意を確かめることにした。


「あれは噂でしょう? それとも事実なのですか?」


 ロゼットは両手をぎゅっと胸の前で握ると意を決したように口を開いた。


「旅の間、エラード様は平民である私にとても優しかったのです。エラード様は行く先々の名産品を調べていました。私が厚かましくも欲しいとお願いしましたら、手配してくださいました。そのことはご存じですか?」

「……」


 ロゼットのために手配した? そんなはずない。彼が名産品を調べているのは知っている。宰相に報告していい品物は輸出品にするか検討するという話を教えてもらっていたからだ。そして自分でも買い求めて城に保管していることも知っているが……あれはアダリーシアのためのものだと教えてもらった。

 とはいえこの話はエラードから直接聞いたわけではない。エラード付きの侍女ヒルダが『エラード殿下には内緒でお願いしますね』とある部屋に案内してくれた。その部屋には珍しい工芸品や美しい生地やレース、さらに食器などたくさんの物が保管されていた。どれも手の込んだ素晴らしいものだった。


「これは全部エラード殿下が旅先で、アダリーシア様のために買い求めたものですよ」

「まあ! 私のために?」


 アダリーシアは喜びで胸が熱くなる。旅の間も欠かさず手紙をもらっていたが、品物はもらっていなかった。旅はエラードにとって公務で遊びではないのだから当然だと思っていた。

 でも密かに用意してくれていたのだ。きっとアダリーシアを驚かせようと内緒にしていたのだろう。エラードが教えてくれる前に知ってしまってよかったのだろうか。喜色を浮かべながらも問いかけるようにヒルダを見れば胸を張って頷いた。


「おかしな噂が流れていますが絶対に事実無根です。どうか信じてくださいませ」


 ヒルダはエラードの乳姉弟だから、日頃からアダリーシアを気にかけてくれている。ヒルダはもしかしたらアダリーシアが噂を信じているかもしれない、傷ついているかもしれないと思い教えてくれたのだ。その心遣いが嬉しい。


「ありがとう。ええ、信じているわ」


 だからアダリーシアは堂々とロゼットに噂を気にしていないと断言できた。

 だけど――ヒルダも知らないだけで、あの品々はアダリーシアのためのものではなくロゼットのためのものだったら? そんなはずない。エラードは寡黙で感情をあまり表さない人だけど誠実な人だ。アダリーシアは手をグッと握り迷いを振り払う。


「ロゼット様。もう一度聞きます。あの噂は本当なのですか?」

「わっ、私は、私は、……エラード様を……。私、アダリーシア様の知らないエラード様の姿をいっぱい知っていると思います。私だけには見せてくれた。だから……」


 アダリーシアは違和感を覚えた。ロゼットはエラードとの仲を匂わせるが、噂を肯定しない。曖昧な言葉でアダリーシアを揺さぶろうとしているように感じる。

 これ以上、会話をしても不快になりそうだ。それならば切り上げよう。


「そうですか。話はこれだけですか?」

「え?」


 ロゼットは目を丸くしポカーンとしている。淡白な反応に戸惑っている。アダリーシアが取り乱したり問い詰めたりすると思っていたのだろう。アダリーシアはこれでも侯爵令嬢なのだ。このくらいで醜態を晒すことはない。余裕をもってニッコリとロゼットに笑みを向けた。


「話は終わりですか?」

「あ、はい」

「では私は失礼しますね」


 アダリーシアはそのままロゼットに背を向けると馬車に乗り込んだ。窓からさりげなくロゼットの様子を窺うと、悔しそうに唇を噛んでいるのが見えた。どうやらこれはロゼットからの挑発のようだ。この程度で動揺するわけにはいかない。

 まあ、動揺はしていないが不快なことに変りない。アダリーシアは馬車に揺られながら溜め息を吐いた。




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