番外編 キリュウが恋人③寂しさの正体
夜の風が少し冷たく感じる静かな道。
キャンプ地から少し離れた丘の上で、キリュウとフローナは並んで腰を下ろしていた。
頭上には大きな月。周囲には虫の声だけが響く。
しばらく沈黙が続いた後、
キリュウがぽつりと切り出す。
キリュウ「のほほん族に聞いた。ちびすけ、家族や友達と仲良いんだろ?
それでもあいつらと旅を続けていくのか?」
フローナは視線を空に向けたまま、ゆっくり答えた。
フローナ「うん、寂しいけど、それ以上に皆んなと旅したいから」
キリュウ「寂しい、ね」
その一言を繰り返すキリュウの声は、どこか遠くを見ているようだった。
しかし次の瞬間、フローナは目頭を押さえた。
鼻の奥がツンとする。
フローナ「あー、ごめん。ちょっちたんま」
キリュウ「なんだ」
フローナ「なんか急に・・・ホームシックって言うか胸がきゅーってして」
キリュウはしばし彼女を見つめ、目線をそらさずに言った。
キリュウ「泣きたきゃ泣けよ」
フローナ「でも・・・こんな事で泣くなんて」
キリュウ「泣く理由に“こんな”も“あんな”もないだろ。
俺に気なんて使わなくていい。気が済むまで泣けよ」
その言葉に系がぷつりと切れたように、フローナの目から透明な涙が溢れた。
ぽろぽろと静かに落ちる涙は、次第に大粒になり、頬を伝ってこぼれ落ちていく。
キリュウは黙ったままフローナの肩にそっと上着を掛けると、
少し離れた木の根元に背を預けて腕を組んで座りこんだ。
キリュウ
(そんな泣くほど寂しくても……あいつらとの旅を選ぶんだな、ちびすけは)
フローナはしばらく声を殺しながら泣き続けた。
けれどキリュウは一度も振り返らず、ただ静かにその涙が止むのを待ち続ける。
どれほど時間が経っただろうか。
フローナ「ごめん。ありがと」
鼻をすんと鳴らしながら、弱々しい笑顔を浮かべる。
キリュウは短く応えた。
キリュウ「あぁ」
フローナ
(キリュウ君は優しい言葉はかけないけど・・・
それでも、泣き止むまでそばにいてくれるんだ。
不器用だけど本当に優しい人)
少し落ち着き、フローナは夜空を見上げながら尋ねた。
フローナ「ねぇ、キリュウ君は寂しくなったりしないの?」
キリュウは少し驚いたように目を瞬かせ、
そしてどこか諦めたような苦笑を浮かべた。
キリュウ「あいつにも言われたな。
俺はあいつと違って、あったものが無くなったわけじゃない。
最初から何もなかったからな。
だから、悲しいとか寂しいとかそういう感情が分からない。
あいつより傷はずっと浅いしな」
フローナは静かに首を振った。
フローナ「傷に浅いとか深いとか、無いと思うよ。
自分が痛いって感じたならそれはもう大怪我なんだよ」
キリュウ「!」
フローナの言葉は、キリュウの胸の奥に真っ直ぐ刺さった。
キリュウ「・・・そうか」
ほんの少しだけ、彼の表情が揺らぐ。
強がりの鎧の奥に、かすかな人間らしい痛みの色が滲んでいた。
月明かりの下、気が付けば二人の影はそっと寄り添うように重なっていた。




