74話 クゥちゃん
南の街のさらに南。
青い海に浮かぶ小さな島に、温和で笑顔が可愛いクアッカワラビーたちが暮らしていた。
その中の一匹。まだあどけない小さな子が、
島に時々やって来る少女フローナをひどく気に入っていた。
フローナもその子を「クゥちゃん」と呼び、島に寄るたびに一緒に遊んだ。
フローナがシェルたちと旅に出ることになった日。
クゥは彼女の足元にしがみついて離れようとしなかった。
フローナ「クゥちゃん、ごめんね。一緒には行けないの」
クゥ「クゥ・・・」(行きたい・・・)
だが、シェルたち仲間が優しく説得する。
レン「気候が温厚なこの場所がクゥさんには一番合っていると思いますよ」
メリサ「クゥちゃんたち、寒さに弱いんだっけね」
コキアが頷く。
シェル「島にはお前の家族も仲間もいるだろう?皆んなと離れてもいいのか?」
クゥが首をブンブン横に振る。
フローナも涙をこらえ、何度も抱きしめて別れを告げた。
クゥは理解したふりをした。
でも本当は、離れたくなかった。
◆一年後
旅の途中、フローナたちは思いがけず“あの鳴き声”を聞いた。
「クゥ?」
走って来た小さな影。
だがその姿は・・・。
痩せ細り、毛はところどころ抜け、
体中に傷の痕が刻まれていた。
フローナ「クゥちゃん!?どうしたの!?こんなにボロボロになって・・・」
涙が溢れた。
クゥは弱々しく微笑むように鳴き、フローナに抱きつく。
シェルがそっとクゥの背を撫でながら訊ねた。
シェル「島で何があった?」
シェルだけはクゥの言葉が分かる。
クゥの話によると、
一人で出かけて帰って来ると仲間も、家族も、敵の襲撃によって全滅していた。
孤独と恐怖の中、
クゥはただ「フローナ」に会いたくて、
島を出る勇気を振り絞り、必死に旅をして来たのだ。
その小さな体で。
一度も島の外へ出たことがないのに。
シェルはクゥの言葉が分かるので、メリサが治療をした後で話を聞き、皆んなに説明をした。
皆んなが心配そうにクゥを見る。
シェル「そうか。辛かったな」
フローナは涙を拭い、シェルに言った。
フローナ「ねぇ、クゥちゃんも一緒に旅していい?」
シェル「ああ、もちろんだ」
クゥ「クぅ!」(いいの!?)
シェル「ああ」
クゥ「クゥ!クゥ!!」(ありがとう!ありがとう!!)
◆旅に加わったクゥ
メリサ「正直、動物を飼うって聞いた時は心配だったよ。暴れるとか、食べ物漁るとかさ」
コキア「でもクゥさん、すごくおとなしいですよね」
シェルが苦笑しながら言った。
「わがまま言って、置いてかれるのが怖いんだろ。
頼れるの、俺らしかいなかったみたいだしな」
レン「随分クゥさんの気持ちが分かるんですね」
シェル「似てるんだよ、なんとなく弟に」
フローナは一瞬、優しい目でシェルを見た。
◆クゥとシェルの会話
キャンピングカーの上。
星空を眺めながら夜の見張りをしていた。
シェルはクゥを膝の上に座らせ、静かに話し始めた。
シェル「クゥ、実はな。お前が来るまで色々あって、フローナ元気なかったんだ」
クゥ「クゥ?」(そうなの?)
クゥが上を向いてシェルの顔を見た。
シェル「でも、お前が来てくれて助かった。
フローナ、前みたいに笑えるようになった。ありがとな」
クゥ「クゥ!」(よかった!!)
シェルは優しく頭を撫でる。
シェル「クゥ。これからはお前は一人じゃない。俺らがついてるからな」
クゥ「クゥー!クゥー!!」
(ありがとう!ありがとう!!)
その鳴き声は、島で失った家族へ向けた
“新しい家族に出会えた喜び”の声だった。
シェルはそんなクゥの頭を、子どもを守るようにそっと撫で続けた。
♦︎森の奥。
シェルがいつものように朝の鍛錬をしていた。
蹴り、パンチ、足運び。規則正しい音が木々に響く。
その横で、ちょこんと座って見ていたクゥが突然立ち上がった。
クゥ「クゥー!クゥー!」(僕もやるー!僕もやるー!)
シェル「ん?やりたいのか?よし、じゃあクゥのとこは怪我しないようにこの木に布巻いて・・・
あんま力入れると手痛めるから軽くでいいからな。
殴ってみ?」
クゥ「クゥ!」(わかった!)
小さな拳を構えるクゥ。
シェルたちは微笑ましい気持ちで見守った。
クゥ「クゥッ!」
バキッ!!ズドドーン!!!
シェル「え?」
メリサ「え?・・・今、クゥちゃんが木を倒したのかい・・・?」
フローナ「ま、まさか・・・シェルが何かしたんだよね?」
シェル「いや、俺は何もしてない。
・・・なぁクゥ、次はあの木を蹴ってみてくれないか?」
クゥ「クゥ!」(了解!)
クゥがタタタと助走をつけ・・・。
バキィ!! ドオオオン!!!
二本目の木も根元から倒れる。
しーーーーーん・・・。
レン「有り得ない、あの体のどこからあの威力が・・・」
メリサ「これ、クゥちゃんに本気で向かって来られたらヤバいやつだよね?」
フローナ「クゥちゃん凄い・・・」
シェル「こりゃ、守ってもらうのは俺らの方かもな」
クゥ「クゥ!」(楽しい!)
♦︎
その日の夕方、一行は酒場へ立ち寄った。
男1「ねーねー、君たち可愛いねぇ〜!」
男2「俺らと遊ばない?」
メリサ「嫌だって言ってるだろ」
フローナ「結構でーす」
男たちはしつこく肩に手を回そうとする。
男1「いーじゃんいーじゃん」
男2「ちょっとだけさ〜」
その瞬間だった。
ダダダッ!!
クゥが床を蹴って跳ね・・・。
ドカッ!!!
男1が壁まで吹き飛び気絶した。
メリサ「え?」
フローナ「は、速っ・・・!」
男2「は?な、何だ今の・・・こいつが?いやいや無理があるでしょ・・・」
男2は慌ててメリサから距離を取る。
クゥ「クゥ!!!」(フローナとメリサに近づくな!)
クゥが小さな体で威嚇する。
男2「お?よく見りゃクアッカワラビーじゃねーか・・・珍しいし、高値で売れそうじゃ・・・ひっ!??」
ガシッ!!!
男2の肩をフローナが掴んでいた。
フローナの顔は笑っているが目は笑っていない。
フローナ「クゥちゃんに手出したらコロす 」
ゴゴゴゴゴ!!!
男2「ひいぃぃ!!ごめんなさーーい!!!!」
二人は逃げるように走り去っていく。
♦︎
フローナ「クゥちゃん、さっきは守ってくれてありがとね!」
メリサ「ほんと助かったよ〜、ありがとう!」
クゥ「クゥ!」(任せて!)
シェル「俺らの出る幕、完全になかったな」
レン「クゥさん、最強のボディガードですね」
コキアが頷く。
クゥ「クゥ〜♪」
可愛い顔で椅子に座るフローナの膝に乗るクゥ。
しかし誰もが思った。
この子、本当に最強だ。




