52話 ミネに似ている人
昼下がり。
人通りの多い通りを、キリュウは一人で歩いていた。
その時、視界の端で不穏な光景が目に入る。
街角で、一人の老婆が若い男に絡まれていた。
「婆さん、いいもん付けてんじゃねーか」
男は乱暴に老婆の胸元を掴み、ネックレスをひったくった。
バチン!!
勢いで、鎖が切れる。
老婆「それだけは!それだけは返しとくれ!」
「このババア!!」
必死に手を伸ばした瞬間、男が殴りかかろうとした、その腕がピタリと止まった。
キリュウが、背後から男の腕を掴んでいる。
キリュウ「おい」
ギロリと男を睨むと、男はその凄みからたじろぐ。
キリュウ「無抵抗の女を殴るな」
「はぁ!? このババアが女?笑わせん・・・いだだだだ!!」
腕をひねり上げられ、男の悲鳴が響く。
キリュウ「いいから奪ったネックレス返せ」
「ほら!! 返すよ!!」
男は涙目でネックレスを放り投げ、逃げるように去っていった。
♦︎
老婆「怖い顔のお兄さん。ありがとうね」
キリュウ「ああ」
老婆「このネックレスはね、お爺さんからもらった、大切なもので・・・本当にありがとう」
♦︎その時。
「こらーっ!! 君ーっ!!」
血相を変えた警官が走ってくる。
どうやら、
キリュウが老婆からカツアゲしていると勘違いしたらしい。
だが、すぐに老婆が間に入った。
老婆「違うよ、この人は私を助けてくれたんだよ!
あんたはまず状況も見ずに決めつけるもんじゃないよ!」
警官「す、すみません!!」
♦︎
警官が去ったあと、老婆はやれやれと肩をすくめた。
老婆「あんたもあんただよ、ちゃんと言い返さなきゃダメじゃないか」
キリュウ「半妖の俺が本当のこと言ったところで、信じちゃもらえねーよ」
老婆「何言ってんだい」
真っ直ぐな目で老婆が言う。
老婆「言わなかったら、誰にもあんたの声は届かないだろう?」
キリュウ「!」
その言葉は、
あまりにも、よく知っている声に似ていた。
♦︎過去。
ミネ「キリュウ。あんたは、自分の気持ちをもっと素直に出していいんだよ。
あんたは、何も我慢する必要なんてない」
キリュウ「俺は、我慢なんて・・・」
ミネ「なーに、今すぐじゃなくていいさ。
いつか、あんたの心を開いてくれる子が現れる。」
キリュウ「そんな奴、現れねぇよ」
ミネ「いやいや、私の“感”は結構当たるんだよ。
ねぇ、キリュウ。
もしこの先、そんな子が現れたら・・・100%のうちの1%くらいはその子に本音を伝えてあげな。」
♦︎
キリュウ(そうだ。俺はあの時、ミネに返事をしなかった)
老婆「なぁに、大丈夫。必ず誰かに届くさ。
私もその1人だしね」
キリュウ「・・・」
♦︎
「おーい、キリュウ〜!」
「キリュウ君〜!」
その時、遠くから聞き慣れた二人の声が響く。
老婆は、その声に気づき、キリュウの表情が一瞬だけ緩んだのを、しっかりと見逃さなかった。
老婆「あの子達、あんたの仲間かい?」
キリュウ「ああ・・・大事な仲間だ」
老婆「ふふふ、じゃあ、私は行くよ。本当にありがとうね」
キリュウ「ああ」
♦︎
シェル「珍しいな。お前が人助けなんて」
キリュウ「似てたんだよ」
シェル「ん?」
キリュウ「昔、俺を育ててくれた人に」
シェル(キリュウが、こんな風に自分のことを素直に言うなんて・・・)
シェル「そっか。よかったな」
キリュウ「ああ」
♦︎
その日の夜。
シェル「なぁ、キリュウ」
キリュウ「なんだ」
シェル「キリュウは俺のこと嫌いか?」
キリュウ「・・・嫌いじゃない」
迷わず、そう答えた。
シェル「そっか」
それだけで、シェルの表情がぱっと明るくなる。
♦︎
キリュウ(嫌いじゃないって言っただけで、なんで、そんなに嬉しそうなんだこいつは。
俺はお前と会うまでの間、どこかずっと物足りなかった。
街でお前の匂いがした時、気づけば探していた。
仲間と話してる姿を見た瞬間、
子どもが宝箱を開ける時みたいな高揚感を覚えた。
そんな経験、今まで一度だってなかったのに。)
前にちびすけに言われた言葉が蘇る。
♦︎
フローナ「ねぇ、キリュウ君。本当は、シェルにずっと会いたかったんじゃない?」
キリュウ「!」
一瞬、言葉に詰まる。
キリュウ「・・・そうかもな」
自然と出た言葉。
フローナ(え。否定しないんだ)
フローナ「キリュウ君、変わったね。
最初の頃だったら、“そんなわけないだろ”って怒って言い返してたのに」
キリュウ「ああ、そうだな。変わったのかもな。
俺は、あいつに会ってからずっと物足りなさを感じてた。そのことに、ようやく気づいた。」
フローナ「それはねキリュウ君、寂しかったって言うんだよ」
キリュウの動きが止まる。
そして不意に
フローナの両頬を、軽く引っ張った。
フローナ「きりゅくん、なにふんのよ!」
キリュウ「ちびすけのくせに、生意気だぞ」
キリュウはパッと手を離すとふいっと顔を逸らす。
キリュウ「風邪引く。早く部屋入れ」
フローナ「キリュウ君って、私のことも気にかけてくれるけど・・・本当にシェルのこと好きなんだね」
キリュウ「なんで、そうなる」
核心を突かれ、僅かに動揺する。
フローナ「だって、私に何かあったらシェルが悲しむでしょ?その顔、見たくないんでしょう?」
キリュウ「さぁな」
フローナは、後ろで手を組みながら、にやにやしている。
その背中を、ぐいぐいと押して、部屋へ放り込む。
♦︎
一人、外に出たキリュウは、夜風を浴びながら小さく呟いた。
キリュウ「アイツを嫌いになれる奴なんていねーよ」
夜の闇に、その本音は、静かに溶けていった。




