40話 仲間と離れて
薄曇りの空の下、ざわめく街の雑踏の中を
キリュウとフローナは、二人きりで歩いていた。
どうやら仲間とはぐれてしまったらしい。
フローナは不安からかキョロキョロと辺りを見渡している。
そんな彼女を横目に、キリュウはぶっきらぼうに口を開いた。
キリュウ「仲間とはぐれて不安だろうがあいつは必ず迎えに来る、心配すんな」
フローナ(あ、この人、優しい人だ)
フローナ「ありがとうございます・・・キリュウさんって優しいんですね」
キリュウ「優しくした覚えはない。お前に何かあったらあいつが喚き散らすだろ、そうなったら面倒だからな」
フローナ「キリュウさんってシェルのこと好きなんですね」
キリュウ「何でそうなる」
フローナ「だって困ったところ見たくないってそういうことじゃないですか」
キリュウ「別にそういうのじゃねぇよ。」
♦︎
フローナ「あ」
その時、甘味処の看板が目に入った。
キリュウ「何だ、それ食いたいのか?」
フローナはコクンと頷く。
一目散に行かないところを見ると、キリュウに対して気を遣っているらしい。
キリュウ「入るか」
フローナ「え、いいんですか?」
キリュウ「ああ」
キリュウ(ま、泣かれるよりはいいか)
♦︎
フローナはあんみつとお茶を注文。キリュウはお茶だけを注文した。
フローナ「キリュウさんは食べないんですか?」
キリュウ「あぁ、甘いもんは苦手だ」
フローナ「そうなんですか・・・」
フローナがあんみつをパクパクと食べ始めた。
キリュウ(それにしても美味そーに食うなぁ・・・
なんか餌付けしてるみたいな気分だ)
キリュウもお茶を飲む。
キリュウ(つか、何まったりしてんだ俺は!?
こいつが無害だからって気抜き過ぎてた・・・。
すっかりこいつのペースになってんじゃねーか!)
フローナ「どうしたんですか?」
キリュウ「いや・・・つーか敬語やめやめ!名前も呼び捨てでいい」
フローナ「でも・・・」
キリュウ「俺がいいって言ってんだからいいの」
フローナ「分かった。じゃあ、キリュウ君ね」
キリュウ(ま、さんよりはマシか)
♦︎
お会計。
フローナ「え、お勘定」
キリュウ「そんなん気にしなくていい」
フローナ「ありがと・・・ごちそうさま」
キリュウ「ああ」
♦︎夜
二人が仲間と逸れてから数時間が経ち、辺りはすっかり暗くなっていた。
街灯が足元を照らしている。
目線の先に海があり、そこから夜景がチラチラと見える。
フローナ「あ!夜景!」
キリュウ「・・・見に行くか」
フローナはコクコクと頷く。
キリュウ(あいつらに会うまではしばらく子守みたいなもんだな。)
フローナ「キリュウ君!凄い綺麗だね!」
キリュウ「んー?あぁ、まあそうだな」
キリュウ(俺の側で無邪気な笑顔を見せたのはあいつとお前だけだ)
♦︎次の日のお昼
キリュウとフローナが街中を歩いていた時のこと。
警察官A「おい、そこのお前!」
キリュウ「?」
警察官A「お前だな?か弱い女の子を誘拐した犯人は!」
フローナ「いや、私もう女の子じゃないんですけど・・・」
キリュウ「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」
警察官B「もう逃げられないぞ!」
警察官A「君、我々が来たからもう大丈夫だぞ!」
警察官二人がフローナを保護しようと近付く。
フローナ「違いますよ刑事さん!この人は犯人じゃありません!」
しかし、フローナは両手を広げてキリュウの前に立った。
精一杯守っているつもりらしい。
警察官A「可哀想に・・この男に脅されてそう言わされているんだな・・・」
警察官B「こんないたいけな少女に・・・なんて奴だ!」
フローナ「だから、違うって言ってるでしょ!」
フローナは警察官Aの胸ぐらをわしっと掴んだ。
警察官A「うわ!?な、何をするんだ君!」
しかし、キリュウがすぐにフローナの首根っこ(服の部分)を掴み・・・。
キリュウ「おいおい、アンタが警官に殴りかかってどうすんだ」
フローナ「離してよ!私がこの二人ぶっ飛ばしてやるんだからー!」
フローナは掴まれたまま警察官に飛びかかろうとするがキリュウに引き戻されてしまう。
警察官A「な、なんかこの子、誘拐された訳じゃ無さそうだぞ・・・?って言うかこの男よりこの子の方が怖い
・・」
警察官B「あ、ああ・・・どうやら違うらしい
君、この子とはどういう関係なんだ?」
キリュウ「俺は、まぁ・・・こいつの保護者役みたいなもんだ」
フローナはキリュウに掴まれたままジタバタと暴れている。
警察官A「そ、そうか・・・何だかよく分からないが君は誘拐犯じゃないらしいな。誤解して悪かった」
警察官B「俺からも謝ろう」
警察官二人はキリュウに頭を下げた。
キリュウ「いや、半妖には凶悪な奴も沢山いる。
半妖がいるって聞いて過敏になるあんたらの気持ちも分かる。
俺の方こそ、騒ぎにさせてすまなかった。
目当てのものを買ったらすぐにこの街を出るから安心してくれ。」
警察官A「おま、お前・・・いい奴だな・・」
警察官B「何かあったら俺達が力になるからな!いつでも頼ってくれ!」
キリュウ「あ、ああ・・・それはどうも」
キリュウとフローナが去った後。
警察官Aがキリュウの後ろ姿を見つめながら言った。
警察官A「俺、新たな扉開きそう」
警察官B「え?」
♦︎警官が戻っていった後。
フローナ「キリュウ君、私、もう大丈夫だから下ろして」
キリュウ「ん?ああ・・・」
キリュウは首根っこを掴んで持ち上げたままフローナの顔を見た。
キリュウ「ぶくくっ」
フローナ「ちょっとちょっとー、何で笑うのよ」
キリュウ「いや、子猫がフーフー威嚇してるみたいだなと思ってな」
キリュウはそっとフローナを下ろした。
フローナ「もう・・服伸びちゃった・・・」
キリュウ「アンタが警察官二人を相手に殴りかかろうとするからだろ。
全く、自分のことを悪く言われた訳じゃないんだからあんなに怒ることないだろう?らしくもない。」
フローナ「だからムカつくんじゃん!キリュウ君の事何にも知らないのに悪く言ってさ!」
キリュウ「!」
フローナ「あー!今思い出しただけでも腹が立つ〜!
キー!!」
フローナは右腕を上げてブンブンと振り回した。
♦︎
シェル「フローナはさ、ちょっと変わってる奴だけど一緒にいたらキリュウにもきっと良さが分かると思うよ。仲間に対しては絶対的な味方でいてくれる優しい奴だからさ。」
キリュウは未だにプンプンしているフローナを見るとフッと笑った。
キリュウ「なるほどな」
フローナ「何がなるほどなの?」
キリュウ「さーな」
フローナ「え〜教えてよー」
キリュウはふいっと顔を逸らした。
♦︎
ミネ(キリュウ、あんたの為に怒ってくれる人が現れたら大事にしな。
その人はキリュウにとっても私にとっても大事な人だからね。)
ミネの過去の言葉を思い出すとキリュウはフローナが警官2人に怒っていた時のことを思い出す。
フローナ「大体、キリュウ君は優し過ぎるんだよ。
もっと怒ったっていいんだからね!ってキリュウ君?
私の話聞いてる?」
キリュウ「ああ、聞いてる・・・フッ」
キリュウはフローナを見る。風が赤髪を揺らす。
フローナ「なーに?」
キリュウ「いや、何でもない」
キョトンとしているフローナを見た後、キリュウは空を見上げた。
その瞳には優しさが宿っていた。
キリュウ(見つけたよミネ。俺にとっての大事な人。)
♦︎
ミネ(大丈夫。その人はキリュウの世界で一番の味方になってくれるからさ。)
フローナ「あー!なんっか怒ったらまた甘いもの食べたくなってきた!」
キリュウ「んじゃ、食いに行くか」
フローナ「え、いいの?」
キリュウ「騒いだのアンタだろ」
フローナ「いや、まぁそうなんだけどさ」
♦︎カフェにて。
フローナはいちごタルトとミルクティーキリュウはコーヒーを注文した。
フローナがいちごタルトを食べている途中、口元にタルト生地が付いているのに気付く。
手を伸ばして取ろうと一瞬思案した後、自分の口元を人差し指でトントンと叩く。
キリュウ「付いてる」
フローナ「あ、ほんとだ、ありがとう!」
フローナはお手拭きで軽く口元を拭くとにぱっと笑ってお礼を言った。
その後も黙々といちごタルトを食べ進める。
キリュウ「それにしても美味そうに食うなぁ」
フローナ「だって美味しいもん」
キリュウは一口コーヒーを飲むと円形のカフェテーブルに置いた。
キリュウ「仲間と逸れてるのに元気だな」
フローナ「もぐもぐ・・・んー、シェルたちなら来てくれるって信じてるからかな」
キリュウ「・・・俺もアイツみたいに甘いものが好きだったらアンタはもっと楽しめてたんだろうな」
それは、不意に出た言葉。
けれど、紛れもなく本心だった。
フローナ「うん?今もキリュウ君といて楽しいよ??」
キリュウ「あのな・・・」
キリュウ(俺はこれからもちびすけやあののほほん族に振り回される人生なんだろうな。
ま、それも悪くねぇかもな。)
♦︎その後。
無事に仲間たちと合流した。
メリサ「フローナちゃん!大丈夫だったかい!?」
フローナ「はい、キリュウ君がそばにいてくれたので」
メリサ「フローナちゃんに変なことしてないだろうね?」
キリュウ「するかよ、俺はちびすけの子守りしてただけだ」
フローナ「キリュウ君?昨日からずーっと思ってたんだけど、ちびすけって誰のこと?」
キリュウ「アンタ以外に誰がいるんだ」
フローナ「私の名前はフローナよ!」
フローナは腰に手を当てて抗議をするが・・・。
キリュウ「ちびすけだろ」
フローナ「むぅ」
フローナが頬を膨らませる。
それを見てキリュウがニヤリとする。
シェル「へぇ、随分仲良くなったんだな」
キリュウ「どこがそう見えるんだ」
シェル「まぁとにかく、ありがとなキリュウ。フローナを守ってくれて」
キリュウ「別に礼言われるほどのことはしてねえよ」
シェル「行くのか?」
キリュウ「ああ」
フローナ「キリュウ君!色々とありがとう!」
キリュウは背を向けたまま手のひらだけひらひらさせながら歩いて行った。




