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38話 キリュウの過去


俺は、生まれてすぐに捨てられた。


理由なんて知らない。

望まれなかったのか、恐れられたのか、邪魔だったのか。

ただ一つ分かるのは、俺は要らない存在として、この世界に放り出されたということだけだ。


だが、俺はすぐに拾われた。


拾った女の名は、ミネ。

白髪混じりの小さな老婆だった。

キリュウという名前はミネが付けた。


年は五十八。

平均寿命が五十五歳であるこの時代にしては珍しく、かなりの長生きだった。

そして、その命はあと二年も持たないだろうとミネは分かっていた。


それでもミネは、俺を拾った。


ミネ「あらまぁ」


泣きもせず、暴れもせず、じっと冷たい視線を送る赤子の俺をミネは静かに抱き上げた。


ミネ「あなた、随分と寂しい目をしてるねぇ」


それが、俺の最初の記憶だ。



♦︎二歳になる頃、俺はすでに人の言葉を覚え、物事を理解していた。


毎朝、ゆっくりと起きて、

ぎこちない手つきで雑炊を作り、

俺に食べさせた。


ミネは結婚した相手との間に子どもができなかったそうだ。

そうして歳を重ねていくうちに子どもが産めない体になり、旦那は先に死んだ。

友人たちも死に、今は一人だ。


ミネ「ほら、キリュウ。熱いから、ふーふーしてから食べるんだよ」


ミネがいなければ、俺は未だに手で掴んで適当に食べていただろう。

俺はミネに言われた通りに真似をする。ただそれだった。


ミネは、俺が半妖であることを知っていた。

耳も、爪も、人間とは違う。

それでも、ミネは一度も俺を怖がらなかった。


ミネ「人でも、妖でも、どっちだっていいさ。

キリュウは私にとって可愛い子供なんだから。」


そう言って、シワだらけの手で俺の頭を撫でた。

俺は笑いもせず、怒りもせず、ただ黙ってそれを受け入れていた。

自然と嫌ではなかったのだ。

俺にとって、ミネは世界のすべてだった。



♦︎一年後のある日の夕方。


いつものように、俺は少し離れた場所から薪を運んでいた。

三歳ですでに人間の大人より行動範囲が広く、体も力も強かった。

 

日が傾き、影が長く伸び始めた頃。

俺は家に戻った。


そこに広がっていたのは燃え盛る炎と崩れていく家だった。

そして、家までの小道にミネが倒れていた。


動かない。

呼んでも返事をしない。

小さな身体から、赤いものが広がっていた。


周囲にいたのは、村の人間たちだった。

まだ、俺に気付いていない。


「半妖を庇った罰だ」

「化け物を育てた報いだ」

「自業自得だ、ま、どのみちすぐ死ぬんだ、変わらんだろう」


その瞬間、何かが俺の中で壊れた。

気が付いた時には、そこにいた村人全員が横たわり、俺は血の水溜りの上に立っていた。


どうせあと数年で死ぬのなら、それまで俺はミネと静かに暮らしたかった。


俺は、ミネを殺した村人全員を皆殺しにしていた。


憎かった。許せなかった。

だが、それ以上に自分自身が許せなかった。


守れなかった自分。

半妖として生まれた自分。


キリュウ「全部、俺のせいだ」


そう思った瞬間から、

俺の中に生きる理由は消えた。


それからの俺は、俺をぶっ殺してくれる奴を探した。

 

ひたすら戦い続けた。


自分より強そうな奴を探しては、喧嘩を売り、

勝っても、負けても、死んでいない限りまた次の強者を探した。


殴られ、蹴られ、血を流し、

それでも戦い続けた。


痛みがあればミネを失ったあの日の苦しみを少しだけ忘れられたからだ。

戦いだけが、俺の生きる目的だった。

 

あの日、お前に会うまでは。


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