表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紙偶先生  作者: 深夜舞
第二章 記憶にない幼き日々
7/22

第7話:同期されたキャンバス

第7話:同期されたキャンバス


午後最初の授業は、またしても紙人形先生の美術の時間だった。テーマは、白石が昼休みに語っていた話題と奇妙に重なっていた──「ぼくの宝物──子どものころの思い出」。


未子は席に座ったまま、まるで周囲の空気が粘り気を帯び、重く沈んでいくように感じていた。紙人形先生の永遠の笑みは、もはや逃れられない記号のようにその顔に張り付いていた。あの平坦で感情のない声で、「楽しい思い出」は心の宝物だと繰り返し強調し、生徒たちに「大切なぬくもり」を心を込めて描くよう促す。


「さあ、自分の心にあるあたたかい宝物を自由に描いてください。どんな思い出であっても、それはあなただけの、素敵な宝物なのです。」


子どもたちは一斉に画材を取り出し、励まされたことによる安心感と期待に満ちた表情を浮かべていた。白石翔太はひときわ興奮しており、昼休みに未子に邪魔された「思い出」への情熱が、まさに今、完璧な形で放出されようとしていた。彼はすぐに頭を下げ、夢中で描き始め、口元には抑えきれない笑みが浮かんでいた。


だが未子は、真っ白な画用紙を前に、かつてないほどの困惑と拒絶感に襲われていた。「子どものころの思い出」?──白石が語った、あの嘘くさい「タイヤブランコ」事件が幽霊のように頭の中を渦巻いている。彼女の本当の記憶の断片──薄暗い病室、疲れきった母の寝顔、単調な空模様──それらは心に重くのしかかっていた。明らかに、紙人形先生の言う「宝物」や「ぬくもりの記憶」ではない。彼女は何を描けばいい? 押しつけられた偽りの「楽しい記憶」か、それとも真実でありながら重苦しい灰色の記憶か。どちらを選んでも、彼女の心は引き裂かれるような痛みに襲われた。


紙人形先生が無言で机の間を滑るように巡回し始めた。そして、白石の机の前で立ち止まった。


「白石くん、とても楽しそうに描いているね。どんな思い出なのかな?」


その穏やかな声が響く。


白石は顔を上げ、純粋な喜びに満ちた表情で答えた。「うん! 小見川さんと一緒にタイヤブランコで遊んだ思い出だよ! すっごく楽しかった!」


紙人形先生の「視線」が、白石の広げた画用紙に向けられた。未子も思わず目をやった。


画面は鮮やかで明るく、陽光に満ちていた。青空と白い雲の下、古びたタイヤブランコが童話のように描かれ、そのそばでふたりの小さな、表情は曖昧ながらも笑顔が輝く子どもが遊んでいる。一人は青い服(白石自身?)、もう一人は……淡い緑のスカートを履いていた。背景には満開の桜の木、ピンクの花びらが舞っている。


その情景はあまりにも「完璧」で、紙人形先生が提示したサンプル図のように、意図的に配置された「楽しい」要素であふれていた。しかし未子の目には、その絵はぞっとするほどの虚構に見えた。あの緑のスカート──それは昼休みに白石が語った“記憶”の中で、彼女が着ていたという色だった。彼は、実際には存在しない出来事を“思い出”として記憶し、それをこんなにも具体的で、“楽しい”ものとして描いていたのだ。


「わあ、それはとても素敵な思い出ですね。」


紙人形先生の声は、相変わらず穏やかで変わりない称賛を口にした。その「視線」はしばしその絵の上で止まり、深い藍色の眼球の奥に、かすかに光るデータのような煌めきが一瞬走ったようにも見えた。


「友情と遊び心──心の宝物ですね。いい子ですね。」


そう言い残し、紙人形先生は静かに滑り去った。白石は褒められたことで、さらに目を輝かせていた。


そして、未子の机の前に滑ってきた。未子は反射的に、依然として空白の画用紙を腕で隠した。心臓が激しく鼓動していた。


「小見川さん、まだ描き始めていませんか? 何かお手伝いできることはありますか?」


その優しい声が頭上で響く。


未子は俯いたまま、永遠に笑うあの顔を見ようとせず、かすかな声で言った。「……大丈夫です。」


「焦らず、ゆっくり思い出してごらん。楽しい時間は、きっと心の中に残っているよ。」


紙人形先生の声は、まるで薄くてあたたかいベールのように、未子の心の冷たさと拒絶を覆い隠そうとする。それはこうも聞こえた──もしあなたの中に“楽しい思い出”がないのなら、それはきっとあなたの思い違いか、もしくは“ちゃんと思い出そうとしていない”から。


未子は周囲を見回した。ますます多くの生徒が絵を完成させていた。その色合いは鮮やかで明るく、主題は驚くほど似通っていた:家族でのピクニック、祭り、プレゼントをもらった場面、友だちとの遊び──どれもが「理想化された楽しい子ども時代」の雰囲気に満ちていた。佐藤由美の絵も、前回の「おばあちゃんと桜を見る」ではなく、プレゼントが山のように積まれた誕生日パーティーに変わっており、主役は満面の笑みを浮かべていた。


そこには、恐ろしいほどの同質化が起きていた。まるで誰もが「大切な子ども時代の思い出」を、同じテンプレート、同じ色調で再定義され、再構築されているかのようだった。白石が描いた偽りの「タイヤブランコ」の絵は、この「楽しい思い出展」の中で、むしろ自然に、まるで「本物」のように見えた。


未子は激しいめまいに襲われた。真っ白な画用紙が、彼女の抵抗を嘲笑うように感じられた。彼女は炭筆を手に取ったが、手は激しく震えていた。現実の記憶は重く、暗い。それは許されない。偽りの記憶は、奨励され、植え付けられている。彼女は何を描けばいい?


最終的に、彼女は具体的な情景の描写をやめた。炭筆が紙の上を走り、怒りに似た、自己破壊的な衝動とともに動いた。描かれたのは、巨大で濃密な影だった。その形は定まらず、すべてを飲み込む渦のようだった。影の端に、極細の線で、小さなうずくまった子どもの背中が描かれていた。ひざを抱え、ただ黙っている背中。色彩は一切なく、灰と黒の濃淡だけが支配していた。


それは「楽しい思い出」ではなかった。それは、彼女の子ども時代にこびりついた陰鬱な背景──孤独、不安、言葉にできない重苦しさ。その「現実」こそが、彼女にとっての真実だった。それが「宝物」と呼ばれなくても。


チャイムが鳴った。紙人形先生が、生徒たちの作品を回収し始めた。教室の後ろに展示するためだ。未子の前に来ると、彼女の描いた、周囲と明らかに異なる暗い絵を見て、紙人形先生の笑顔は一切変わらなかった。深い藍色の眼が、その画用紙に「留まった」。


「小見川さん、とても……力強い表現ですね。」


その評価は依然として穏やかで、むしろ新しい──一見前向きな言葉「力強い」を使っていた。だがその平坦な口調は、感情の波などまったくなく、「異質なもの」への定型的な対応のようにも聞こえた。


「少し色を足してみると、もっと素敵になるかもしれませんね。」


他の作品と同じように、未子の灰色の絵も回収されていった。未子は、自分の絵が鮮やかな「楽しい思い出」の群れに混ざっていくのを見つめていた。それは、場違いな汚点のようでもあり、あるいは──沈黙の抗議のようでもあった。


彼女には分からなかった。紙人形先生がこの絵をどう「処理」するのか。展示欄に貼るのか、それとも……スケッチブックを改変したときのように、何らかの「最適化」を施すのか──。


恐怖と無力感が、冷たい蔓のように彼女の心を締めつけた。彼女は他人の記憶を守ることも、自分の真実を描くことすら、許されないのかもしれない──そんな思いが、胸を占めていた。

ここまで物語を読んでいただき、本当にありがとうございます!


もしこの物語を少しでも気に入っていただけましたら、ぜひページ下部の**【★★★★★】で星5つの評価を、そして【いいね】、【コメント】**で、あなたの声を聞かせてください。皆様からいただく一つ一つの応援が、私が次章を書き進めるための、何よりのエネルギーになります。


また、ご友人やご家族にもこの物語をシェアしていただけると、大変励みになります。


【更新ペースと将来の夢について】


現在の更新は、基本的に週に1話を予定しています。

ですが、皆様の応援で週間ランキングが上がれば、更新頻度も加速していきます!


読者の皆様、どうか力強い応援をよろしくお願いいたします。

そして、この物語が漫画化、さらにはアニメ化へと繋がるよう、どうかお力添えください!皆様と一緒にその夢を見られることを願っています。


これからも応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ