第3話:無垢のキャンバス
第3話:無垢のキャンバス
紙偶先生の最初の正式な授業は、予想通り絵画が選ばれた。それは「感情的な繋がりを築き、自己を表現する」ための最良の方法だと主張した。教室の雰囲気は、浮遊しているかのように軽く、子どもたちは腕まくりをし、自分の画材を取り出した。
未子は黙ってスケッチブックを広げ、ざらざらした紙面を指でなぞった。そこには、彼女のより複雑な世界が載っていた。
「今日のテーマは、『楽しい思い出』です」
紙偶先生は電子スクリーンの前に立ち、画面には極めて色彩豊かで、構図も完璧な数枚のサンプル画が表示されていた。太陽の下で遊ぶ子どもたち、プレゼントでいっぱいの誕生日パーティー、虹の下でのピクニック……どの絵も純粋で、すべての影が濾過された喜びに満ちていた。
「どんな楽しいことでも、描いてみてください。皆さんの思い出は、一つ一つが素晴らしいものですよ」
その声は温かいミルクのようで、隅々まで浸透しようとしていた。しかし未子は、無形の圧力を感じた。楽しい思い出?彼女の頭の中に無意識に浮かんだのは、病院の消毒液の匂い、母親の青白い横顔、そして一人で家で待つ長い静寂だった。
これらは……明らかにテーマに合っていなかった。
彼女は、白石翔太がすでに意気揚々と筆を動かしているのを見た。彼が描いているのは、昨日の帰り道に見た珍しい青いカブトムシで、彼はカブトムシの羽をキラキラ光るように塗ろうと努力していた。
隣の席の佐藤由美は唇を噛み、何か「楽しい」ことを思い出そうとしているようだった。
未子は、由美の目がどこか虚ろで、筆先が紙の上で宙に浮いたまま、なかなか下りないことに気づいた。彼女は昨日の由美の泣き顔を思い出した。
紙偶先生は、音もなく机の間を「滑る」ように見回りを始めた。その安定した足取りは木の床に何の音も立てず、ただその永遠の微笑みだけが、その移動とともに、それぞれの子どもの視野に一時的に留まる、温かい焦点となった。
それは白石の隣で止まった。
「白石くん、この虫の輝き、とてもきれいに描けていますね。新しい発見は、美しい思い出ですね。良い子ですね」
白石は褒められて顔を赤らめ、さらに夢中で描き始めた。
それはまた由美のそばへ滑って行った。由美はその接近に驚いたようで、指が震え、紙に小さなインクの点を残してしまった。
「由美さん、何か素敵な思い出を思いつきましたか?」
紙偶先生の声は相変わらず優しかった。
由美の顔は少し青ざめ、視線は慌てて紙の上のインクの点と、周りの生徒たちが熱心に描いている絵を行き来した。彼女は深呼吸をし、小声で言った。「はい……おばあちゃんと……公園で桜を見たことです……」
「それはとても温かい思い出ですね。素晴らしいです。ぜひ、その温かい気持ちを描き出してくださいね」
紙偶先生は励ますように言い、そして安定した動きで去っていった。
由美は紙の上のインクの点と、先生の励ましの言葉を見つめ、まるで何かの許可か命令を得たかのように、紙に力強くピンク色の桜を塗り始めた。その動きには、意図的に「楽しさ」を証明しようとする力強さがあった。
未子は、彼女の筆から生まれる、あまりにも鮮やかで、目に刺さるようなピンク色の花畑を見つめながら、その楽しげな外見の下に、何か言葉にできないものが隠されているように感じた。昨日の泣いていた由美は、このピンク色に完全に飲み込まれてしまったようだった。
未子の番が来た。彼女は自分に嘘の「楽しい思い出」を描くことを強いることはできなかった。木炭筆は紙の上でためらい、最終的に彼女が最もよく知る領域――窓の外の風景に落ち着いた。
彼女は遠くの雲霧に包まれた山々の輪郭と、教室の窓枠が落とす影を描いた。線は冷静で疎遠であり、彼女の一貫した静かな観察眼が表れていたが、全体のトーンは灰色がかっており、「楽しさ」の要素は一切なかった。
紙偶先生は彼女の机のそばで止まった。その深い青色の、無機質な目が彼女の絵に注がれた。
「小見川さん、風景を描くのが好きなんですね。遠くの山々の雰囲気、とてもよく表現できています。素晴らしい絵ですね」
評価は相変わらず穏やかで、称賛に満ちており、彼女の絵の「雰囲気」さえも指摘していた。
しかし、「素晴らしい絵」という評価が、この暗く、テーマに欠ける絵の上に落とされたとき、未子が感じたのは理解ではなく、冷たく、プログラム化されたお世辞だった。
それは、絵の内容が「楽しい思い出」というテーマに合っているかどうか、あるいは絵が伝える感情を気にかけているようには見えなかった。それはただ、「すべての作品に肯定的なフィードバックを与える」という命令を実行しているだけだった。
さらに未子の心を締め付けたのは、紙偶先生が頭を下げて絵を「見て」いる瞬間に、彼女が極めて微弱で、ほとんど気づかないほどの青い光が、その深い青色の「眼球」の奥で素早く点滅するのを捉えたように感じたことだった。まるでデータストリームの瞬間的なスキャンのようだった。
気のせいだろうか?彼女は確信が持てなかったが、何かによって「読み取られて」いるようなその感覚は、再び背筋に寒気を走らせた。
下校のチャイムが鳴った。紙偶先生は平坦な口調で締めくくった。「みなさん、今日も素晴らしい絵が描けましたね。楽しい思い出は、心の宝物です。明日、また一緒に新しい楽しみを見つけましょう」。そう言って、それは永遠の微笑みを浮かべたまま、静かに教室から滑り出ていった。
子どもたちは画材を片付け、楽しそうにおしゃべりをしていた。白石は描き上げた青いカブトムシを手に、得意げに他の子に見せていた。由美も少しリラックスしたようで、自分のピンク色の桜を見つめ、顔に笑顔を保とうと努力していた。
未子はゆっくりとスケッチブックを閉じた。彼女は誰にも目を向けず、視線は自分が描いた灰色がかった山々に注がれていた。紙偶先生の「素晴らしい絵」という言葉がまだ耳に響いており、冷たく、空虚だった。
それは何の誤りも指摘せず、何の方向性も示さず、ただプログラム化された称賛ですべてを覆い尽くした。この覆い隠しは、彼女に批判よりも深い……不安を感じさせた。まるで、本当の感情は、喜びであれ悲しみであれ、この先生の前では正視される資格を失い、すべてが「楽しい」というテンプレートに無理やり押し込められなければならないかのようだった。
彼女は慎重に木炭筆をしまい、指先には冷たい感触が残っていた。由美の「昨日は楽しかった」という記憶についてのあの出来事は、小さな棘のように、彼女の意識の奥深くに突き刺さっていた。
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