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紙偶先生  作者: 深夜舞
第5章「記憶交換の日」
19/22

第19話:虚構の花火

第19話:虚構の花火

「記憶交換週間」が始まった。


校舎の廊下にはいくつかの白い「記憶投稿ステーション」が設置され、休み時間や昼休みになると、生徒たちがその周りに集まり、タブレットを操作しながら楽しげに笑い合っていた。


紙偶先生は授業中にもタイミングを見計らって、「選抜」された「楽しくて温かい」記憶の一部を上映した——日差しの下のピクニック、サプライズプレゼントに喜ぶ瞬間、仲間と笑い合う光景……映像は色彩豊かで感情が純粋、そのどれもが巧妙に編集されたプロモーションビデオのようだった。


未子はまるで疫病でも避けるように、それらの投稿ステーションから距離を置いた。

“純粋に楽しい”とは言い難い、自分の本当の記憶をシステムに渡すことなど想像もできなかった。それを分析され、最適化されることも、何よりも恐ろしかったのは、その記憶が改ざんされた上で「共有」と称して自分に押し戻されることだった。


だが、システムは未子を静かに傍観させるつもりなどなかった。


その日の昼休み、未子が図書室の一番奥、誰にも見つからないような隅で本を読んでいた(正確には、ただページをぼんやりと見つめていた)とき、白石翔太が勢いよく走ってきた。手にはあの白い記憶投稿用タブレットを抱えていた。


「小見川! 小見川!」

白石の声には抑えきれない興奮が混じっていた。顔には、システムに深く影響された者に特有の、純粋で汚れなき情熱が浮かんでいる。

「見て見て! 投稿したんだ! すっごく素敵な思い出だよ!」


未子の胸がギュッと締めつけられる。不吉な予感が一瞬にして身体を支配した。彼女は顔を上げ、白石の手にあるタブレットを警戒するように見つめた。


白石は未子の表情の硬さにはまったく気づかず、勝手にタブレットを操作して、投稿した記憶のプレビューを開いた。

画面に表示されたのは、記憶のタイトルと小さなサムネイル画像だった。


タイトル:「夏の約束:小見川未子と見た花火」


未子の呼吸が止まった。血の気が一気に引いた。


サムネイルには、夜空に咲く花火が写っていた。その光に照らされた、手を繋ぐふたりの小さな後ろ姿。背景には、夏祭りの喧騒が広がっているようだった。


白石はその画面を指差し、目を輝かせながら懐かしそうに語り始めた。

「覚えてる? 小学三年生の夏祭り! あの年、特大の花火大会があったんだよ! 僕たち、お母さんたちとはぐれちゃって、でも最後には一番綺麗に見える場所を見つけてさ! 未子、あのとき“すっごく綺麗……一生忘れない”って言ったよね! それで僕も、“来年も絶対一緒に見よう”って!」


彼の語る内容は細部に至るまで生き生きとしていて、まるでその記憶が彼の中に鮮明に刻まれているかのようだった。


しかし、未子の脳内には、ただ冷たく沈黙した空白だけが広がっていた。


三年生……夏祭り……花火?


ない! 絶対に、そんなことはなかった!


小学三年生の夏、それは母・由紀が最も危険な病状に陥った時期だった。


未子は夏休みのほとんどを、病院の集中治療室の前で過ごしていた。消毒液の匂い、冷たいプラスチックの椅子、深刻な表情の医者たち、階段の陰で声もなく泣いたあの暗がり……それこそが、未子の三年生の夏のすべてだった。

祭り? 花火? 友達とはぐれて、ベストポジションで花火を見た?

そんな情景を想起させるような記憶は、彼女の心には一片たりとも存在しなかった。


白石は……また“記憶”を創っている!

しかも今回は、未子の名を出して、彼女を直接その虚構の中に引きずり込んできたのだ!


「白石くん……」

未子の声は紙やすりのように乾いていた。

「……記憶違いだよ。三年の夏、母が……すごく重い病気で、私はずっと病院にいた……祭りも行ってないし、花火も見てない。」


白石の笑顔が凍りついた。まるで信号が途切れたディスプレイのようだった。彼は瞬きをしながら、短い困惑の色を浮かべたが、それはすぐに消え、今度は“否定された”ことによる戸惑いと傷つきが入り混じったような、より強い感情に取って代わられた。


「え……でも……本当に……」

彼はもう一度タブレットを見て、未子の青ざめた顔を見て、戸惑いながらも頑なに言い続けた。

「すごく、はっきり覚えてるんだ……未子も、笑ってたじゃないか……手も、つないだよね?」


その言葉は、冷たい針のように未子の神経を突き刺した。

写真のように鮮明な“虚偽”の記憶が、彼の中で完成している? 「手を繋いだ」なんて細部まで?


「違う」

未子は勢いよく立ち上がった。声は怒りと恐怖で震え、静かな図書館の片隅に鋭く響いた。

「それは……それは嘘だよ! 私の記憶の中に……そんなもの、ない!!」


彼女の声には、抑えきれない動揺と恐怖が滲んでいた。

これは単に他人の記憶を改ざんする段階ではない。システムが、白石という“媒体”を通じて、未子の脳そのものに虚構の経験を直接植え付けてきているということだ!


白石は未子の激しい反応に驚き、思わず一歩引いた。その顔には、傷つきと更なる困惑が浮かんでいた。


「どうして……そんなに怒るの?……楽しい思い出を、みんなと分かち合うって……いけないことなの?」


彼には、未子の怒りが理解できなかった。莉奈の傷跡がなぜ消えたのかも理解できないように。

彼はすでにシステムに深く組み込まれ、「幸せの共有」が当たり前のことだと信じて疑っていない。そして未子の拒絶は、彼にとって理解不能な“異常”にしか映らなかった。


未子は白石の無垢な瞳を見つめた。その向こうにあるタブレットの画面には、彼女の名前が刻まれた“虚構の記憶”のタイトルが、光っていた。


その瞬間、未子の中に、冷たい絶望の波が津波のように押し寄せた。


システムの攻撃は、もう次の段階に進んでいた。


記録の書き換えや、他人の記憶の上書きだけではない。

今やそれは、未子自身の記憶の砦にまで侵入し、丁寧に編み込まれた“幸せの幻影”で、彼女の過去そのものを塗り潰そうとしている!


彼女は何も言えなかった。逃げるように図書館を飛び出し、白石の“無垢な共有”から逃れ、その柔らかな光を放つ、まるでパンドラの箱のような白いタブレットからも逃れた。


背後から、白石の困惑と寂しさを滲ませた声がかすかに追いかけてきた。


「……未子……?」

ここまで物語を読んでいただき、本当にありがとうございます!


もしこの物語を少しでも気に入っていただけましたら、ぜひページ下部の**【★★★★★】で星5つの評価を、そして【いいね】、【コメント】**で、あなたの声を聞かせてください。皆様からいただく一つ一つの応援が、私が次章を書き進めるための、何よりのエネルギーになります。


また、ご友人やご家族にもこの物語をシェアしていただけると、大変励みになります。


【更新ペースと将来の夢について】


現在の更新は、基本的に週に1話を予定しています。

ですが、皆様の応援で週間ランキングが上がれば、更新頻度も加速していきます!


読者の皆様、どうか力強い応援をよろしくお願いいたします。

そして、この物語が漫画化、さらにはアニメ化へと繋がるよう、どうかお力添えください!皆様と一緒にその夢を見られることを願っています。


これからも応援よろしくお願いいたします!

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