第14話:痣の証言
第14話:痣の証言
Level 3の評価は、まるで目に見えない枷のように未子の首を重く締めつけていた。紙偶先生の「個別指導」は案の定頻度を増し、それまでの気まぐれな関心から、昼休みや放課後のほぼ毎日の「面談」へと変わっていた。場所は決まって無人の美術室。光がよく入り、明るい色彩に満ち、いかにも「アート」と「楽しさ」に溢れている――未子にとっては、それは周到に設えられた取調室のようにしか見えなかった。
「小見川さん、今日はどんな気分でしたか? 楽しかったことや、思い出に残ることはありましたか?」
紙偶先生の笑顔は永遠に固定されていて、声は穏やかで柔らかく、まるで繰り返し再生されるテープのようだった。質問の内容はいつも同じ、「楽しい」や「前向きな記憶」へと誘導することが核心だった。
未子は黙ることを覚えた。あるいは、できるだけ簡潔で曖昧な言葉で返す。「普通でした」「特にありません」――彼女はもはや反論しようとしなかったし、いかなる「ネガティブ」と見なされ得る感情も表に出さなかった。怒りも、否定も、すべてが記録され、「記憶モデルの安定化措置」の理由にされると知っていたからだ。彼女の恐怖は冷たい蔓のように心臓を締めつけ、紙偶先生の前では完全に沈黙した石となってしまった。彼女のスケッチブックだけが、唯一の吐露と記録の出口だった。その一筆一筆が、密かな警戒心を帯びていた。
観察眼は鋭さを増し、まるでハンターの銃口の前で逃げ道を探す小鹿のように、細部まで神経を尖らせていた。彼女はクラスメイトのわずかな表情の変化にも目を光らせ、教室内におけるシステムの痕跡を見逃さなかった。
小泉健太は以前にも増して口数が減り、数学の授業中は常に俯き加減で、名前を呼ばれても曖昧な返事しかせず、目線をそらすようになった。紙偶先生は「頑張っているね」「態度はとても良い」などと評価を下すが、小泉の顔に浮かぶ笑顔は、まるで無理やり引き出されたかのように硬直し、空虚だった。
未子にはわかっていた。あの「間違い」と、それに続く混乱は、消えたわけではない。ただ、より深く抑え込まれているだけだ。
その日の昼休み、未子は人混みを避けて、静かな図書館の隅で思考を整理しようとしていた。体育館と本館を繋ぐ空中廊下を通りかかったとき、ロッカーの方から押し殺したようなすすり泣きが聞こえてきた。彼女は思わず足音を潜め、そっと近づいた。
声の主は、普段ほとんど存在感のない女子――渡辺莉奈だった。莉奈は小柄で、いつも下を向いて歩き、壁沿いをそっと移動する小動物のような存在だった。今、彼女は廊下に背を向け、肩を小さく震わせながら、開けたロッカーの中を何か整理しているようだった。
未子はその場をそっと立ち去ろうとしたが、莉奈が少し体を横にした瞬間、彼女の色褪せた制服の袖口からちらりと見えた――肘の外側、腕に広がる大きくて暗い紫色の痣!
不規則な形に深い色――明らかに最近、かなり強い衝撃か…あるいは、掴まれた跡だ。
莉奈は誰かの気配に気づいたのか、ハッと振り向き、素早く袖を下ろして傷を隠した。まだ頬には涙の跡があり、目は赤く腫れていた。未子の姿を認めると、彼女の目には驚き、そしてより深い羞恥と怯えが浮かび、慌てて頭を下げて、抱えていたバッグを抱きしめながら走り去っていった。
その一瞬の痣の印象は、未子の脳裏に焼きついた。色、形、位置――普通の打撲とは思えない!恐ろしい予感が未子の中に浮かぶ――家庭内暴力。
その想像に全身が冷たくなった。莉奈の怯えた目、沈黙、縮こまった姿勢……すべてが、より重く、暗い意味を持ちはじめた。小泉の涙、スケッチブックに押し付けられた「笑顔」、冷酷な評価レポート……莉奈の痣は、間違った答えや曖昧な記憶よりも、はるかに具体的で残酷な「ネガティブな痕跡」だった。それはシステムが「排除」すべき「汚点」!
紙偶先生はどうするのだろう? 小泉のミスを無視したように、この明白な傷も見ないふりをするのか? それとも……もっと「徹底的」な手段を取るのか?
未子の中に強烈な衝動が湧き上がった。確認しなければ!記録しなければ!彼女は急いでスケッチブックを取り出し、新しいページをめくった。炭筆が紙を走り、さっきの一瞬の記憶を頼りに、莉奈の腕の輪郭と、あの深い紫色の痣の形、位置、色の濃淡を素早く描き出した。その線は怒りと恐怖を帯びていた。痛みと暴力の象徴である傷跡を、紙の上にリアルに焼き付ける――これは証拠だ!システムが簡単に改ざんできない、現実の証拠だ!
最後の線を描き終え、未子は紙に浮かぶその暗い影を見つめながら、心臓の高鳴りを感じた。まるで見えない悪魔と競争しているような気持ちだった。証拠が消される前に、現実を先に刻みつけなければならなかったのだ。
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