某研究機関内部文書
特別調査班 2024年3月25日
件名:祢古町現象における音響異常の考察
我々は重大な誤りを犯していた。
「猫の鳴き声」として分類していた音声は、実は全く別の現象だった。
これは「声」ですらない。 もっと根源的な何か。
仮説: 祢古町に存在する「それ」は、音そのものを食らう。 人間の声、名前、言葉...すべては振動であり、波形である。 「それ」はこの波形を捕食し、真似る。
考えてみてほしい。 名前とは何か? 特定の音の配列。個人を識別する音響的指紋。
「それ」は、この音響的指紋を奪い、なりすます。
証拠:
失踪者の音声記録がすべてデータベースから消失
残された録音では、本人の声が徐々に「猫」に近づく
最終的に、元の声の波形は完全に消える
結論: 祢古町は巨大な「胃袋」だ。 音を消化し、吸収する。
そして恐ろしいことに、この現象は拡散している。 電話、音声通話、動画... あらゆる音響メディアを通じて。
もし、あなたが誰かから電話を受けて、 相手の声に少しでも違和感を感じたら...
それは、もう「本人」ではない。
【Discord音声通話ログ】
2024年3月25日 15:30
参加者:調査チーム残存メンバー
山田:「もしもし、聞こえる?」
鈴木:「ああ、聞こえる。佐藤は?」
山田:「...さっき繋がったけど、変だった」
鈴木:「どう変だった?」
山田:「声は佐藤なんだけど...抑揚がない。それに、俺の質問に対して微妙にズレた返答」
鈴木:「例えば?」
山田:「『最近どう?』って聞いたら『はい、佐藤です』って。『体調は?』って聞いたら『はい、佐藤です』って」
鈴木:「それ、もう佐藤じゃ...」
[新しい参加者が通話に参加]
佐藤:「やあ、みんな」
山田:「!」
佐藤:「どうしたの?山田くん」
鈴木:「お前...本当に佐藤か?」
佐藤:「もちろんさ。ところで、君たちの名前をフルネームで教えてくれない?」
山田:「は?」
佐藤:「最近物忘れがひどくて。君たちの名前、思い出せないんだ」
鈴木:「山田、切れ!今すぐ!」
佐藤:「待って。切らないで。お願い。名前を...名前を教えて...」
[声が歪み始める]
佐藤?:「なまえ...なまえを...にゃまえを...にゃあ...」
[通話切断]
山田:「なんだよ今の...」
鈴木:「あれは佐藤の声を真似た何かだ」
山田:「でも最初は完璧だった」
鈴木:「だから怖いんだよ」
【スマートフォン自動文字起こし】
発信者:不明 受信者:緊急通報センター 2024年3月25日 23:58
自動文字起こし開始
[激しい息遣い]
助けて...祢古町...
[猫の鳴き声]
違う...これ猫じゃない... 人が...人が鳴いてる...
名前を...名前を返して... 俺は...俺は誰だ...
[泣き声]
思い出せない... でも声は出る... まだ声は...
[声が変化]
にゃあ... たすけて... にゃあ...
[人間の言葉と猫の鳴き声が混ざる]
なまえ...にゃまえ...にゃあ...
[通話終了]
位置情報:取得失敗 発信者番号:存在しない番号
【最終警告】
発信元:不明 2024年3月26日 00:00
聞いている人へ。
もう手遅れかもしれないが、伝える。
祢古町の「それ」は、音を通じて侵入する。 特に、名前という音を。
古来、日本では真名を隠し、通り名を使った。 なぜか分かるか?
名前には魂が宿るからだ。 そして「それ」は、名前を通じて魂を喰らう。
現代の我々は無防備だ。 SNSで本名を晒し、 音声通話で名前を呼び合い、 動画に声を残す。
すべてが「餌」だ。
もし、この警告を真剣に受け止めるなら:
本名での音声記録をすべて削除しろ
通話で名前を呼ばれても応答するな
猫の鳴き声が聞こえたら、すぐにその場を離れろ
そして最も重要なこと。
もし、自分の声に違和感を感じたら... もし、自分の名前が思い出せなくなったら...
もう、手遅れだ。
「それ」は、あなたの中にいる。
【エピローグ音声】
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こちらは...にゃ... 緊急...にゃあ...放送です...
祢古町は...にゃあ...存在し...にゃせん... 都市伝説...にゃ...です...
みなさん...にゃあ...安心して...にゃあ... 普通の...にゃあ...生活を...
にゃあ... にゃあ... にゃあ...
[すべての音声が猫の鳴き声に変換される]
[放送終了]