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この町のネコがおかしい

スマホの通知音で目が覚めた。


まだ薄暗い部屋の中、枕元で青白く光る画面を見る。朝の5時47分。こんな時間に誰が——


『1件の新しいおすすめ』


Xのアルゴリズムは、俺が廃墟とか都市伝説系のアカウントをフォローしまくってることを学習済みだ。また誰かの心霊スポット報告か、と思いながらタップする。


だけど、表示された投稿を見て、一瞬息が止まった。


@ruins_seeker 最終投稿:3週間前


この町のネコ、やっぱりおかしい。


[画像]


たったそれだけの投稿。


画像には、錆びた看板が写っている。「祢古町」という文字がかろうじて読める。その下に、猫が一匹。いや、よく見ると奥にも、そのまた奥にも——数えきれないほどの猫が、全部同じ方向を向いて座っている。


カメラの方を。


俺の方を。


@ruins_seekerは、俺がフォローしている廃墟写真家の中でもかなりガチな人だった。廃病院、廃遊園地、誰も知らない山奥の廃村まで、全国を回って記録していた。写真のクオリティも高くて、フォロワーは8万人を超えていた。


その人が、3週間前を最後に更新を止めている。


試しにプロフィールページに飛んでみる。


『このアカウントは存在しません』


は? さっきまで表示されてた投稿は?


ブラウザの履歴を辿る。キャッシュを確認する。スクショを探す——なぜか、何も残っていない。唯一あるのは、俺の脳裏に焼き付いた、あの異様な光景だけ。


祢古町。


聞いたことのない地名だった。


布団から這い出して、パソコンを立ち上げる。検索窓に「祢古町」と打ち込む。


検索結果:約 2,340 件


思ったより多い。だけど上位に出てくるのは、どれも断片的な情報ばかり。個人ブログの一文、掲示板の書き込み、SNSの呟き。まとまった情報がない。


そして奇妙なことに、どの情報も「過去形」で書かれている。


「祢古町に行ったことがある」 「祢古町で見た」 「祢古町にいた」


現在進行形の書き込みが、一つもない。


YouTubeで「祢古町」を検索してみる。


ヒットしたのは3本。どれも再生回数は1000回以下。サムネイルは暗くて、何が写っているのかよくわからない。


一番上の動画をクリックする。


『【検証】噂の祢古町に行ってみた【都市伝説】』 投稿者:@truth_seeker_1999 4ヶ月前・視聴回数 834回


動画は手ぶれがひどい。深夜の撮影らしく、懐中電灯の光だけが頼りだ。


「ええっと、今から祢古町に向かいます。場所は——」


そこで映像が乱れる。音声も途切れ途切れになる。


「——古町駅に着きました。廃駅ですね。看板が——」


また乱れる。次に映ったのは、暗闇の中を歩く投稿者の足元。そして——


「うわっ」


カメラが大きく揺れる。一瞬、画面いっぱいに何かが映る。


猫だ。


でも、普通の猫じゃない。目が——人間みたいな目をしている。


動画はそこで終わっている。コメント欄を見る。


「4:23で変な声入ってない?」 「この人も消えたよね」 「祢古町で検索すると必ずPCフリーズする」


最後のコメントを見て、慌ててブラウザのタブを確認する。さっき開いた検索結果のページが、全部真っ白になっている。


リロードしても表示されない。


Instagramも確認してみる。


ハッシュタグ「#祢古町」で検索。該当する投稿は47件。


だけど、サムネイルを見ただけで違和感を覚える。どの写真も、必ず猫が写り込んでいる。投稿者が猫を撮ったわけじゃないのに。風景写真の端に、建物の影に、窓ガラスの反射に——必ず、猫。


一番最近の投稿は2週間前。


@urban_explore_jpが投稿した写真。キャプションは短い。


「祢古町なう。猫多すぎ」


写真は駅のホームらしき場所。確かに猫が多い。10匹、20匹——いや、もっといる。ホームの端から端まで、等間隔で並んでいる。


その投稿を最後に、@urban_explore_jpは更新を止めている。


気がつけば、もう朝の7時を過ぎていた。


カーテンを開ける。いつもの朝の風景。通勤途中のサラリーマン、散歩中の老人、ゴミ出しをする主婦。


普通の朝なのに、なぜか違和感がある。


あ、猫だ。


いつも庭を横切っていく野良猫が、今朝はいない。そういえば昨日も見なかった。近所の飼い猫も最近見かけない。


まさか、な。


スマホを手に取る。Xを開いて、検索窓に文字を打ち込む。指が震えているのがわかる。


「#祢古町 #行ってきた」


検索結果:12件


全部、過去一ヶ月以内の投稿だった。そして——


全員が、最後に同じような言葉を残している。


「この町のネコ、やっぱりおかしい」


祖母の部屋のことを思い出したのは、その時だった。


「あの子は知りすぎた」


認知症が進んでいた晩年、祖母は時々わけのわからないことを呟いていた。その中でも、特に印象に残っている言葉。


「猫の目を見てはいけない。見てしまったら、もう——」


祖母が亡くなったのは去年の夏。遺品整理はまだ終わっていない。実家の二階、祖母の部屋には段ボール箱が積まれたままだ。


俺は、確かめなければならなかった。


実家までは電車で1時間。


久しぶりに使う鍵は、少し錆びついていた。両親は仕事で留守。静まり返った家の中を、二階へ上がる。


祖母の部屋は、あの日のままだった。


段ボールを一つずつ開けていく。古い着物、手紙の束、色褪せたアルバム。そして——


古い地図。


かなり年季が入っている。戦前のものかもしれない。慎重に広げると、見覚えのない地名が並んでいる。その中に——


『祢古町』


赤い丸で囲まれていた。


そして余白に、祖母の文字でメモが書かれている。


「昭和三十二年、調査」 「音無神社(旧・猫返し神社)」「見綴通りの猫塚」 「夜見里には行くな」 「目を合わせるな」 「名前を」


最後の文字は、滲んで読めなかった。


地図の裏を見る。そこには一枚の白黒写真が貼り付けられていた。若い女性が写っている。祖母だ。場所は——鳥居の前。「音無神社」の額が見える。


そして、祖母の足元に。


猫。


一匹じゃない。二匹、三匹——写真の端から端まで、無数の猫。


全部が、カメラの方を向いている。


いや、違う。


よく見ると、猫たちの視線は微妙にずれている。カメラじゃない。カメラの向こう側。つまり——


写真を見ている、俺の方を。


スマホが震えた。


Xの通知。DMが来ている。知らないアカウントから。


@null_void_cat 『君も気づいたんだね』


プロフィールを見ようとタップする。


『このアカウントは存在しません』


でも、メッセージは確かに残っている。


『祢古町のことを調べているなら、気をつけて。  もう遅いかもしれないけど』


『君のタイムライン、最近猫の画像が増えてない?』


は?


慌ててタイムラインを確認する。確かに——フォローしている人たちの投稿に、やたらと猫の写真が多い。料理アカウントなのに猫、政治系なのに猫、アニメ感想なのに猫。


そして、どの猫も——


カメラ目線だ。


もう一度DMを開く。新しいメッセージが来ていた。


『調べるなら、早い方がいい。  でも、一つだけ忠告。    祢古町に行くなら、名前を教えてはいけない。    名前を知られたら——』


そこでメッセージは途切れていた。


@null_void_catのアカウントは、もう存在しない。


俺は、決めた。


祢古町に行く。


これは単なる都市伝説じゃない。祖母も関わっていた、もっと深い何かがある。@ruins_seekerや、@urban_explore_jpや、動画投稿者たちに何が起きたのか。


確かめなければならない。


たとえ、それが——


パソコンの画面に、保存したはずのない画像が表示されている。


あの最初の投稿。@ruins_seekerの最後の投稿。


でも、何かが違う。


猫の数が、増えている。


そして、一番手前の猫が——


笑っているように見えた。



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