第4話『王都博覧祭、営業でぶち抜け!!』(後編)
前回までのあらすじ
黒田のセールストークにより“破滅龍”との交渉を終え、見事黒田一行は“破滅龍のかぎ爪”を入手する。
そして明日の博覧祭に向け各々準備を進める————
翌朝。博覧祭の二日目。
黒田たちはブース設営を終え、王都広場の一角に構えたテントの前で最終確認をしていた。
展示台の中央には、真紅の布の上に一本の「かぎ爪」が鎮座している。
長さ一メートル以上の黒い鉤爪。
光を吸い込むような表面。うっすらと赤黒く脈打つような輝き。
見ただけで、ゾッとするほどの負の気配が漂っていた。
――禍々しい。
「ふむ……確かに、一般ウケはしないかもしれんのう」
サムが老眼鏡を外しながら、じっくりと爪を観察する。
「というか、近寄るのもしんどいですって!私、さっきからずっと寒気が……」
黒田は腕を組み、静かに頷いた。
「禍々しい。だが、それが“破滅龍のリアル”だ。俺たちが手に入れたのは、希少価値でも、強さの象徴でもない。“物語”そのものだ」
「物語……?」
クレアが首をかしげる。
「そう。“破滅龍がなぜ爪を託したか”――そこに、セールスの鍵があるんだ」
「だが、一般人向けに売るのは無理だ。負のオーラが強すぎる。だから、ターゲットを絞る」
黒田がホワイトボード代わりの羊皮紙にメモを書き始めた。
“ターゲット:貴族層・冒険者・魔術研究機関”
「高級志向の貴族にとっては、“唯一無二”がステータスになる。魔術師なら、“未知の力”に惹かれる」
「つまり、ターゲットは“価値を理解できる一握りの者”か」
サムが頷く。
「その通り。俺たちの武器は、“ストーリー”と“体験価値”だ」
黒田はにやりと笑った。
「……なんか、ちょっとカッコいいですね」
ルミナが目を輝かせる。
「このかぎ爪は、“破滅龍が戦いをやめた象徴”だ。争いを好まなかった古代竜が、自らの意思で託した――それはもう、素材じゃない。“平和と誓いのアイコン”だ」
全員が静かにうなずく。
「その物語に“共鳴”した人間だけが、この爪を手にする資格がある。俺たちはその“価値”を提示する――営業の出番ってわけだ」
* * *
黒田のブースの展示開始まで残り———10分
広場の片隅で、ルミナが一人で発声練習をしていた。
「こ、こちらが、“伝説のかぎ爪”に“なrる”ますっ!……噛んじゃった…」
手には羊皮紙に書かれたセールストークの草案。
テントの外では、黒田が静かに見守っていた。
「……ルミナ、ちょっといいか」
驚いたように振り返る彼女に、黒田はポンと手を置く。
「お前は笑顔が武器だ。それだけで十分価値がある」
「でも……私、上手く話せないし……」
「いいんだよ。商品だけじゃない。お前の頑張る姿が、相手の心を動かす」
「……!」
「セールスってのは、“商品”と“人”の両方を売ることだ」
ルミナの胸に、ぽっと小さな火が灯った。
黒田達のブースが開かれた————
「売るぞ――この禍々しさごと、全部ひっくるめて…!!」
————だがその瞬間、彼の体がふらりとよろめく。
「ん…?くッ…!…んだ…こ…れッ…————」
そのまま、がくりと倒れ込む黒田。
「黒田さん!?」
慌てて駆け寄るルミナたち。
黒田の様子を確認したサムが言葉を吞んだ…
破滅龍の攻撃を受けた際に負った傷から禍々しい負のオーラとともに、大量の出血が————
サムが額の汗を拭いながら言った。
「クソッ…!黒田の奴…やはり無理をしておったのか……!」
「…私がもっとよく見ておけば…ッ!」
クレアの声にも焦りがにじむ。
だが、黒田の意識が薄れる中、最後の言葉がこぼれた。
「ルミナ……お前なら…必ず————」
黒田をテント裏に運び、会場に戻ったルミナは深呼吸をした。
“私が、やるしかない”
展示の前には、興味を持った貴族たちが集まり始めている。
「これが、噂の“破滅龍のかぎ爪”か……」
「まさか本当に存在するとは…」
「本物…だよな…?」
———ざわざわと、人々の視線がブースに集まる。
その前で、ルミナは一歩前へと踏み出し、震える声を振り絞り
「み、皆さま……ようこそ……黒田商会の、ブースへ……」
声が上ずった。言葉が喉につかえる。だが、彼女は止まらなかった。
「私たちは、ただ破滅龍さんと戦ったわけじゃないんです……話したんです。心と、心で!」
貴族「ほう?————」
「私も……その場にいて、見たんです!破滅龍さんは、人間に恐れられて、長い間ずっと独りぼっちで…誰にも理解されずに…」
先程まで賑やかだった会場が、まるで水を打ったように、皆ルミナの話を静かに聞いていた…
「そんな破滅龍さんは、このかぎ爪を渡す前にこう言ったんです…!」
————「だが最後に。この爪を渡す者には“繋ぐ”責任を課す。余の生き様、物語、伝説を。その“大義を果たせる者”に託せ。」————
会場がざわついた。
息を吞む者。拳を握りしめる者。額に汗を滲ませる者。
「そんな方に私たち…いえ。破滅龍さんは買ってもらいたいと思ってる…です!だから…」
ただの禍々しい素材ではない。ここには、“物語”があった。
ひとりの少女の震える声が、間違いなく会場の空気を変えていた。
一人の貴族が立ち上がった————
「覚悟を決めた。私が買おう。この爪は、ふさわしい価値がある。」
すると次々と、名のある貴族たちが購入を表明していく――
「私もだ。感動したぞ。こういう物語には、金を払う意味がある」
「僕もだ、僕の冒険の一つの目標にしたい!そして語り継いで見せる!」
黒田商会のブースの周りには、多くの名のある貴族や、夢を追いかける冒険者など多くの人がひしめき合っていた————
* * *
数時間後。
夕刻。ブースの裏で、黒田が意識を取り戻した。
「……ん、ここは……」
「黒田さん!」
駆け寄るルミナの目には涙が浮かんでいた。
「……お前、やったのか」
「わたし、やりました……!ちゃんと、売れました!」
黒田は力なく笑った。
「……よくやったな。ルミナ。俺は信じてたぞ…できるって」
黒田の暖かくも、力強く優しい言葉に涙をこらえきれず、その場で安堵したように泣き崩れる。
「よくやったわね…!すごいわ、ルミナ…!本当に…!」
普段冷静なクレアも目に涙を浮かべ、ルミナに寄り添った。
「…ルミナ。感謝するぞ。素晴らしいものを見させてもらった。」
サムも安堵の笑みを浮かべ、ルミナの頭を撫でる。
すると、ギルド職員がブースの裏手に姿を現す。
「黒田商会。正式に買い手がついたそうだな。おめでとう。
王都商業ギルドから正式な認可が下りた。これより、お前たちは“商会ギルド”として活動を認められる。励みたまえ。」
「やった……! ギルド、設立だよ……!」
夕暮れの中、四人は静かに頷き合った。
黒田商会は、今――王都で“営業の力”を示した。