番外編 第3話『黒田商会 忘年会旅行編』(後編)
番外編 第1話〜第2話
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テルマー温泉郷
黒田商会の泊まる宿は、湯気がもうもうと立ち上る崖の上に建っていた。
天然石を組んだ湯船、木造の渡り廊下、温かく迎えてくれる宿の女将。すべてが、異世界とは思えないほど落ち着いた風情だ。
「わああ〜! 見てください見てください! 部屋から海が見えますよ!!黒田さんッ!こっちは温泉の煙がモクモクしてるッ!!」
ルミナは大興奮で窓の景色を眺めている
「“クマ取り”の湯ですって!黒田さんにぴったりですね〜」
「“シワ取り”の湯は無いのかの…?」
と普段は大人しい、ゴロとサムも温泉に来てからずっと仲睦まじく話している
「クレア〜、早速温泉入りてぇんだが…」
「そうね、せっかくだし私達も早めに入っておこうかしら」
「じゃあ俺らも行くかー、男湯のほうに」
黒田が言うと、ロンドとゴロ、そしてサムも立ち上がった。
「では今宵は“男の湯の戦い”じゃな。どれだけ長く湯に浸かっていられるか、勝負じゃ。」
「またそういうくだらないことを……」ロンドが冷静に突っ込みながらも、ちょっと楽しそうだった。
その夜——。
湯上がりの宴会場には、すっかりリラックスした黒田商会の面々が集まっていた。
大皿には湯引きした川魚、山菜の天ぷら、酒蒸ししたキノコ、そして蒸籠に入った野菜と肉の盛り合わせ。
「かんっぱーいッ!!」
ルミナの高らかな声で、年忘れの宴が始まった。
「……ルミナ、酒強いのね」
「へへっ、田舎じゃこう見えて飲み会番長って呼ばれてたんですッ!」
「え、それ絶対褒めてないでしょ」とクレアが突っ込みを入れる。
「黒田よ、ワシは思うのじゃ」
サムがゆっくりと酒をあおりながら、盃を持ち上げる。
「この仲間で、年を越せるというのは、奇跡じゃとな」
「そうですね……」とゴロが微笑む。「最初は、こんなにたくさんの人と笑い合えるなんて思ってませんでした。だけど今は、ここが家族みたいで」
「うん……」ロンドも小さく頷き、「僕も。ここに来て、やっと心から笑えるようになった。黒田さん……ありがとう」
「ちょ、やめろや……泣くぞ俺……!」
黒田は笑いながら盃を置き、みんなの顔を順番に見渡した。
「……みんな、今年は本当にありがとうな。おかげで、なんとかやってこれた。俺一人じゃ、何もできなかった。けど、みんなが力を貸してくれて……だから、今こうして、笑えてる」
その言葉に、ルミナの目がうるうると潤む。
「……来年も、また一緒に、頑張っていこう。
ここにいるみんなは“家族”だ。黒田商会は、そういう場所でありたいんだ」
静かに、けれど温かい拍手が湧いた。
それぞれが笑って、ちょっとだけ泣いて、杯を交わす。
そして——。
黒田「……うわぁ、寒っ……」
夜が明けきらぬ空の下。
崖の上にある“星見の湯”に、全員が揃って立っていた。
「あと少しだってさ」ロンドが空を見上げる。
「初日の出かぁ……願い事、してもいいかな?」とルミナがそっと手を組む。
「なんじゃ、願い事か。ワシは健康第一じゃな」
と真面目なサム
「私は、来年は黒田が倒れないように」
とイジるクレア
「社長の目の下のクマが取れますように」
とまたもやイジるゴロ
「言うよなぁ……」
その時だった。
「――出るよ」
ロンドの声に、一同が空を仰ぐ。
山の稜線の向こうから、ゆっくりと光が射しはじめた。
それは金色で、眩しくて、暖かくて。
まるで今年一年の頑張りすべてが、光に照らされるような感覚だった。
「……よし。今年も、黒田商会、やってやるぞ」
「「「「「おーっ!!」」」」」
⸻
こうして、黒田商会の忘年会旅行は幕を閉じた。
笑って、飲んで、語って、泣いて。
また新しい一年が始まる。今度はどんな物語が待っているのか——それはまだ誰にもわからない。
ただひとつ確かなのは。
今年も、黒田商会は走り続ける。
仲間たちと共に。




