番外編 第1話『破滅の龍は甘味がお好き?』
第4話『王都博覧祭、営業でぶち抜け!』
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天高く澄んだ空が広がる午後、黒田はひとり、谷の奥にある洞窟を訪れていた。
そこは一一
『王都博覧祭』の際に展示商品の調達のため訪れた「破滅龍」との交渉の地。黒田は再びあの禍々しい気配の漂う洞へ足を運んでいた。
「……うーん、相変わらずここは空気がピリついてるなぁ」
そうぼやきながら、黒田は洞窟の奥へと足を進める。かつて破滅龍のかぎ爪が振り下ろされたあの石畳を踏みしめるたび、背筋に汗がにじむ。
「余はここにおるぞ、小さき者よ」
——と、荘厳な声が洞窟の奥から響いた。
「おおっと……。こんにちは、破滅龍さん。
相変わらずすごい威圧感ですね…ははっ…」
黒田がそう挨拶すると、暗がりの中で巨大な影がゆっくりと姿を現す。金属のように鈍く黒く輝く鱗、鋭く長い爪、そして威厳ある双眸。
「あの日以来、毎月のように来ておるではないか。いい加減慣れたらどうだ」
破滅龍は、口角をわずかに上げると、まるで面白がっているかのように問い返した。
「いやいや…そうそう今回は雑談というか、お世話になったお礼の品を渡すのも兼ねて。なにより、その後もちゃんと繋がっていくのが営業ってもんですから」
「ふむ……“繋がり”か。人間はそういうものを大事にするのだな」
破滅龍は浸るようにその言葉を噛み締めていた一一
すると黒田が思い出したように
「あ!そうそう、これお土産です!ケーキっていうお菓子で、甘味なんですが…お口に合うと嬉しいです…!」
「ほぅ…甘味とな…。虫歯になっては困るが…せっかくだ頂くとしよう。感謝するぞ黒田」
そう言うと、漆黒の鋭く長い爪を器用に使い
ムシャムシャと食べる破滅龍。
「ふむ…なかなか美味だ。気に入ったぞ。次も持ってこい。」
「へいへい、かしこまりましたよ〜」
一一一
ケーキを平らげた破滅龍は突然、鼻から煙をふかしながら大きく笑いだした。
「クハハハハ! そういえば黒田。余の一撃で受けた傷で気絶したというのは真か!? あれほど臆さぬ顔をしておきながら、最後の最後に倒れるとは、実に見事な落ちであったぞ!」
「や、やっぱり聞いてましたか……あの時は、ほんとに……気合で耐えてたんですけど、目の前が真っ白になってですね」
黒田は頭をかきながら、恥ずかしそうに笑う。
「クハハ!そなたが倒れてくれて、むしろ余は安心したのだ。あれを真正面から受けて何もない者など、おらぬほうが自然よ」
「うわ、それって……つまり……本当にヤバかったんじゃないですか」
「当然よ。だが、あの場にて一歩も退かなかったその胆力……余はあれを気に入っておる。ゆえに、爪を託した」
破滅龍の声には、どこか温かみすら感じられた。
「そう言っていただけると……なんか、報われます」
「で? 次はどんなことを考えておるのだ?」
その問いに、黒田は思わず笑みをこぼした。
「実は今、皆には内緒で『忘年会旅行』を計画してまして。みんなで温泉行って、年越しをしようかなと。
“家族みんな”で疲れを労う…それをしたくて。」
「ほう、忘年会……年を忘れる会、か。妙なる風習だな。それに、温泉とは何ぞ?」
「熱いお湯に浸かって、のんびりする場所ですね。癒しと休息の象徴っていうか……」
黒田が説明するのを、破滅龍は目を細めながら聞いていた。そして、ふと声を低くしてつぶやく。
「……余も、人の世の湯とやらに入ってみたいものよ。鱗がふやけては困るがな」
「ははは……じゃあ、小型化できる魔法薬があるなら、ご招待しますよ。破滅龍さんのサイズの風呂じゃ予算が吹っ飛びますし」
「小さくなるなど、御免こうむる! 余は余のまま、どっしりと湯に沈みたいのだ!」
「いや、湯船が沈みますって!」
そんなくだらない掛け合いが、洞窟の奥に響いた。
強大な力と恐ろしい姿を持ちながら、どこか人間臭く、誰よりも話し好きな“元・破滅の象徴”。
——それでも、信頼があれば会話は成り立つ。




