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【異世界営業マン】  作者: 穢月
第1章
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第15話『戻れない日々、進みたい明日』


朝の陽射しが、石畳の広場をやわらかく照らしていた。人通りはまだまばらで、露店の支度をする商人たちの声だけが、かすかに響いている。



 黒田は、椅子に腰を下ろし、手にした湯気の立つカップをぼんやりと眺めていた。



酒場でクレアと交わした、たわいもない会話と笑い声。

 そして「……嫌よ、そんなの———」

という言葉が、今も耳の奥に残っている。



「さて、これからどう動くかだな」


 早朝、黒田は貴族ファーガスと、市場物流の整理と、魔道具の輸出ルート確立について打ち合わせをしていた。

 輸送コスト、人員の配置、リスクの分散……ただの“営業”だけでは済まされない、経営の視点が求められる課題ばかりだ。



 議論を終え、ようやく一息つけた今。

 ふと、目を閉じる。

 その瞬間──遠い記憶の扉が開いた。



転生前—————



 スーツ姿の黒田が、社内の廊下を小走りに駆けていた。

 両手には重たい資料。上司からの指示は次から次へと飛び込んできたが、それでも彼は笑っていた。



「お客様に感謝されるのが、俺は一番嬉しいんすよ」



 営業成績は常にトップ。月末の社内ランキングには、彼の名前が必ず一位で載っていた。

 土日も返上。深夜まで残業し、外回りの隙間時間に喫茶店で企画書を練り続けた。



 そして、ついに社長から直々のオファーが舞い込んだ。



「黒田君。この新規プロジェクト、君に任せたい。B社へのプレゼンも君がやってくれ」



 ──これは、間違いなくチャンスだった。



 黒田は全てをかけた。

 他部署と連携し、営業資料を100枚以上作成。競合との比較、コスト試算、導入後の効果予測まで徹底的に詰めた。

 毎晩、帰宅は終電。心も体もすり減らしながらも、彼の目は希望で光っていた。



 ──そして、当日。



 大手企業の役員が並ぶ会議室。緊張の中、ノートパソコンを開いた黒田の手が止まった。



 資料が、ない。



 プレゼン資料は、どこにもなかった。

 保存していたはずのフォルダが、空になっていた。


 何が起きたのか理解できないまま、血の気が引いていく。

 何度も何度も、再起動し、別のフォルダを探した。


 だが──何も、残っていなかった。



 「……あの時の俺は、バカだったな」



 黒田は独り言のように呟く。

 珈琲の湯気が、冷たい朝の空気に溶けていった。



 資料が消えた原因はすぐに噂になった。

 彼の出世を妬んでいた先輩社員が、こっそりデータを削除していたのだと。

 だが証拠もなければ、上司は聞く耳を持たなかった。



 「プロジェクトは失敗。責任は君にある。……申し訳ないが、しばらく第一線からは外れてもらう」



 会社は黒田を切り捨てた。

 彼を讃えていた同僚たちは、目を逸らした。

 営業の数字があってこそ、彼の価値だった。



 そこからは、空っぽの毎日だった。

 誰からも期待されず、役職も剥奪され、次の人事異動で名前が消えるのを待つだけ。



 「……あのまま、俺は腐ってたんだな」



 口の中に、珈琲の苦味が広がる。

 それが、自分のかつての人生の後味のようにも思えた。




 ──けれど、今は違う。




心の中にあった重たい何かが、すっとほどけていくようだった。


 あの時、誰にも頼れなかった。

 それが敗因だった。

 完璧じゃなくていい。時には、仲間に背中を預けてもいい。



 異世界で、黒田はようやくその意味を知った。



 「あー……やばいな。ちょっと泣きそう」



黒田はそう呟いて、笑った。


 そして、立ち上がる。


 「よし、次の営業ルート、考えるか」


 空は青く澄んでいた。

 昨日と違う風が、背中を押している。


 ――過去は変えられない。でも、未来はきっと変えられる。


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― 新着の感想 ―
黒田さんヨシヨシ(。´・ω・)ノ゛
黒田しゃぁぁぁん!!!すこ┏( .-. ┏ ) ┓
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