第12話『黒田商会、絆の夜』
夜の帳が下りる頃、復興途中の街に一軒だけ明かりが灯る酒場があった。焼け残った建物を手直しして再開したばかりの、小さな酒場。
その奥の一角、今宵そこには、黒田商会の面々が集まっていた。
新たに仲間に加わった法務担当・ロンドの歓迎会。そして何より、復興という重責に身を投じてきた彼ら自身の、ささやかなお疲れ様会でもあった。
木製のテーブルには、街の住民たちが持ち寄った料理が並び、簡素ながらも温かみのある食事が場を彩っていた。
「かんぱーい!」
黒田の元気な声が響き、皆が木製のカップを掲げて打ち鳴らす。ロンドはぎこちなく笑いながら、控えめに杯を合わせた。
「……あの、ありがとう。僕なんかのために、こうして歓迎の席を設けてもらって」
ロンドが小声で言うと、ゴロが微笑みながら肩を軽く叩く。
「気にしないでください!ロンドさん、これからよろしくお願いしますね!」
「“さん”じゃなくていいよ。年下…なのかな?」
微妙なロンドの返しに、サムが「年齢の概念など、黒田商会では意味を持たん」と小さく笑う。
しかし一方で、ルミナとクレアは言葉少なに料理を口に運ぶばかりだった。
「ルミナさん、クレアさん……僕、何か気に障ることを?」
おそるおそるロンドが尋ねると、ルミナは手を止めた。
「……ううん。グレーカンパニーにいた人ってだけで、身構えちゃってるの。かな…ごめんね、気を悪くしないで!」
クレアも素直に打ち明ける。
「あなたが悪いわけじゃないわ。ただ、ちょっと戸惑ってるだけ」
視線はロンドを正面から見据えていた。
「でも————」
「あなたが本気でここに居たいって思ってるなら、私たちもちゃんと向き合うわ。」
「……ありがとう」
ロンドの小さな声には、震えるような安堵が混じっていた。
————————
酒や食事が進み、場が和み始めると、自然と「なぜここにいるのか」という話題が始まった。
ルミナは空になったグラスをテーブルに置いて、破顔した。
「わたし? もともと農家の娘で、毎日野菜と泥んこバトルしてたんです。でも、黒田さんがうちの野菜を全部売り切ってくれて……“営業ってかっこいい!”って思っちゃったんですよね。まだまだ未熟だけど、誰かの役に立てるって思うと、嬉しくて!」
クレアは少し照れくさそうな表情のまま、酒を一口。
「私は、社長に拾ってもらうまで、ずっと独りだった。秘書官だった頃も、『薄氷の女帝』なんて大層な呼び名を付けられて、避けられてた。でも、黒田商会に入ってから、人に優しくする意味。人と手を取り合う意味を知ったの。そして…目標に向かって好きな人達と頑張る…みたいなのが…いいなって。」
サムは目を細め、静かに語る。
「わしは年寄りじゃが、数の世界はいつも若々しい。黒田と出会ってな、数字が“生き物”に見えるようになった。この歳で、新しい世界を学べるとは思わなんだ」
ゴロは優しく希望に満ちた表情のまま語る。
「僕は、元々小さい頃から、絵を描くが好きで、いつも部族のみんなに見せていました。だけど誰も見向きもしなくて。抗争が絶えない種族間の争いに耐え切れず、村を飛び出して、この街に来ました。そんな時に、黒田商会に誘っていただき、自分の絵が誰かに必要とされている。想いが伝わっていくっていう喜びを知りました!」
皆がそれぞれの過去を語り、笑い、泣きそうになる中で、ただ一人、黒田はずっと黙っていた。
ルミナが首を傾げて聞く。
「黒田さんは? どうして、こんなに頑張ってるんですか?」
一瞬、黒田は答えに詰まった。だが、すぐにいつもの軽口がこぼれた。
「はは……なんだろうな…ちょっと言葉が見つかんねぇな…」
様子がおかしい黒田に、一同は戸惑いながらも、終了の時間となり
宴会をお開きとなった。
宴が終わり、皆が酒場を出る頃には、夜の風が冷たく街を撫でていた。
笑いながら肩を並べて帰るルミナとクレア。ゴロとロンドは昔話に花を咲かせ、サムは眠そうに相槌を打っていた。
誰も気づかなかったが、その後ろで一人、黒田が立ち止まっていた。
夜空を見上げる。風が吹いた。
「……ああ、ったく。なんで俺が泣いてんだよ」
目元を拭い、鼻をすすりながら、黒田はぽつりと呟く。
「信頼されるってのは、こういうことか……。——ありがとうな、お前ら」
そう言って、彼もまた仲間たちの後を追い、静かに歩き出した。




