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【異世界営業マン】  作者: 穢月
第1章
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第9話『異世界初のBtoB!?〜“法人営業”の門は重くて厚い〜』

(※ルミナ誘拐事件から数日後)


昼下がりの黒田商会。


室内では、サムが机に山積みの書類と睨み合っていた。老人らしからぬ目の鋭さで、一枚の文書にペン先を走らせる。



「――これは、妙だな」



その呟きに、帳簿整理をしていたクレアが顔を上げる。


「何かありましたか?」


「先日、隣町の市場価格に急激な変動があった。それだけならただの需給の問題かもしれんが……背後にグレーカンパニーの名前が出ている。しかも、あの“ファーガス卿”の市場だ」


その名前が出た瞬間、奥の部屋から「何だって!?」と黒田の声が飛ぶ。


バタバタと扉が開き、黒田が姿を見せた。スーツ姿のまま、表情は硬い。



『ファーガスの市場圏に、グレーカンパニーが……!?』



「あくまで可能性の段階じゃが、情報筋は確かだ。念のため裏取りも進めておるが…どうする黒田。」



黒田は深く息を吐いた。



「まずいな……あの市場を取られたら、この街の商売が根こそぎ持っていかれる。営業の土俵ごと消えるってわけか」



ルミナは一瞬言葉の意味がわからずぽかんとしたが、すぐに目を見開いた。



「そ、それってつまり――うちの野菜も売れなくなるってことですか!?」


「うん。そのうち“うち”って言い方ができなくなるかもな」



黒田の口調は軽いが、目は笑っていなかった。



――大貴族ファーガス卿。



以前、クレアの配送宛先のミスでファーガス卿には絶大な恩があり、それ以降、黒田が定期的な“セールスフォロー”をしていた。

この街において広域市場の経営/統括権を持つ実力者であり、黒田商会が提携を狙っていた相手だ。



「グレーカンパニーは貴族出身の奴が多い。ファーガスとも昔からの付き合いがあるはず。やり方次第では、こっちを完全に門前払いにしてくるだろうな」



つまり、グレーカンパニーがもし、ファーガス卿の市場経営の協業を勝ち取った場合、黒田商会はもう王都での営業活動及び、市場への参入ができなくなってしまうことを指していた————



焦りを隠しきれない黒田の姿に、商会の空気も重く沈んだ。



そのとき、クレアが静かに立ち上がる。



「だからこそ――“ミーティング”をしましょう。うちには社長だけじゃない。経理も、広報も、管理も、そして、作戦を立てられる頭脳が揃ってる。黙って奪われるだけなんて、性に合わないでしょ?」


その言葉に、ルミナが「クレアさん……!」と目を潤ませる。


黒田は口元を引き締め、小さく頷いた。


「そうだな……BtoB――法人営業ってのは、ただの商品説明じゃ通じない。“戦略”がいる。やろう。全員で勝ち取るぞ」




ファーガス邸へ――“法人営業”の門を叩く時




————まだ朝靄の残る中、黒田商会の面々はそろって馬車に乗り込んだ。向かう先は、貴族・ファーガスの邸宅。

だが、黒田だけは門前で馬車を降り、1人歩き出す。


「えっ、黒田さん!?」


「多分…いや間違いなく、この時間はファーガス卿は執務室にはいない。彼は“ある場所”にいる。俺はそこに行く。」


「社長……」


クレアが深く頷いた。


黒田が目指すのは、裏の温室へ続く私道。かつて商談の合間に案内してくれた場所――唯一、ファーガス卿と個人的な会話ができた思い出の場所だった。



正門前:睨み合いの攻防



一方その頃、ファーガス邸の正門では、クレア・ルミナ・サム・ゴロが正装姿で立っていた。門番に申し入れをした直後――


「おやぁ、随分と賑やかじゃないか」


門の奥から姿を現したのは、グレーカンパニーの幹部とおぼしき二人の男。背筋をピンと張った金髪の青年と、冷ややかな笑みを浮かべる猫目の中年男だ。


「いやぁ黒田商会さんと会えるなんて光栄ですな!以前うちの物流を取扱っている部門が、そちらのお嬢様にちょっかいを出したと聞きましたよぉ。

その節はどうもすみませんねぇ…」


と猫目の中年男は、取り繕った笑顔で謝罪したが、目は笑っておらず、反省の色も見えなかった。


すると隣にいた金髪の青年が言う。


「おっ!久しぶりだねぇ、生きてたんだなクレア。元気そうで何より。」


「あれ…クレアさん、お知り合いですか?」

ゴロが尋ねると


「知り合い…よ。っていうか…なんで“ロゼル”がここに————」



————ロゼル・ラビッシュ

かつて、クレアが宮廷秘書官を辞めることになった元凶。

クレアに好意があるように装い近づき、執務官の立場を利用し

罠をしかけ、クレアを追い出した、“クズ”である



青年は不敵な笑みを浮かべ



「まさかクレア…いや。『薄氷の女帝』があんなどこの馬の骨かも分からない“異邦人”と関わっているとはな!いやぁ傑作だなぁ~!」



皮肉交じりな表現と、明らかに黒田商会を下に見るような態度に

クレアはクスッと笑い



「そっちこそ、宮廷秘書官は性に合わなかったのかしら~?まぁ、口先だけのクズには勤まるような仕事でも無いけど。

グレーカンパニーのような“タチ”の悪いような仕事の方がよっぽどお似合いよ。せいぜい頑張りなさいね、ロゼル坊ちゃま。」



言葉のナイフが、ロゼルに突き刺さる



「おのれ…女が偉そうに…」



————タジタジである



「かっこいぃ~クレアさん!いっけぇ~もっと言っちゃえ~!」

とルミナは大興奮


サムは

「…わしだったら暫く立ち直れんぞ…」

とクレアの強気で、男性にも一歩も引かない姉御肌に改めて感服する



すると横にいた猫目の中年男が



「いやぁ、失敬失敬。私共はすでに閣下への謁見を取り付けておりますので。しばし、この門でお待ちを。……いや、できれば帰っていただきたいのですがね」




時間を稼ぐ必要がある――言葉の剣が飛び交う中、黒田は裏庭へと静かに足を進めていた。




裏庭の温室:一対一の商談


温室の中、かすかに甘い草花の香りが漂っている。



「……久しいな、黒田」



温室の奥。読書をしていた初老の貴族、ファーガスが顔を上げた。白銀の髭を蓄えたその表情は、どこか寂しげだった。



「覚えていてくれて、光栄です」



黒田は深く一礼する。



「なぜ、正門から来なかった?」


「俺の“スキル:セールス”は、ドアをノックするより、心の隙間を狙うタイプなんでね」



ファーガスはふっと鼻で笑った。



「変わらんな。して……目的は、何だ?」



黒田は真っ直ぐにファーガスを見据えた。



「提携の申し出です。我々、黒田商会と貴市場との業務提携。それが今日の目的です」


「……フン。鼻が利くようだな。だが、グレーカンパニーの申し出はもう届いている。条件は良い。何より、我が友人の息子が幹部を務めている。私情ではないぞ。実利で言えば、彼らの方が――」


「……“利”だけで物事を決めるなら、市場は“市”ではなく、“戦場”になります」


黒田の口調は穏やかだったが、その語気には確信があった。


「我々があなたに提供できるのは、“持続する仕組み”です。下町の小規模店舗から情報を吸い上げ、需要予測を立て、商品の適正化を進める。あなたの市場の在庫ロスを今より3割は削減できる。利益はそのままに」


ファーガスが瞠目した。


「……ほう。言うではないか」


「何より――」


黒田は一歩、前へ出る。




「私たちは、“あなたの市場をあなた以上に理解したい”と願っている。これは数字じゃありません。一人の大貴族が時間と経験で積み上げた。そうファーガス卿への“敬意”です」




しばし、沈黙が温室を支配した。



……やがて、ファーガスは目を閉じ、小さく頷いた。



「案内しなさい。黒田商会の者たちを。……市場協業の認定を出そう」


門前の静寂と、勝利の兆し


「!?」


正門前。門番がこちらへ走ってくる。


「黒田商会の皆さま!閣下がお通しとのことです」


「……やった!」


ルミナが思わず声を上げる。


ロゼルは膝から崩れ落ち


「そ…んな…あの異邦人ごときに…!」と嘆く


猫目の中年男は


「……なるほど。先を越されましたか」




彼らが立ち去り、黒田商会一行はファーガス卿の屋敷へ。




すると門の影に一人の少年の姿が現れる。銀髪に緑の瞳――そして、そばかすの笑み。


「フフ……いいね。黒田商会……やっぱり、“君らと戦う”のは面白そうだ」




————




続く…

BtoB:「Business to Business」の略で、企業同士の取引のこと。お店や会社が、別の会社に商品やサービスを売るビジネスの形。

(例)

•IT会社が、他の企業にシステムを提供する

•食品会社が、レストランに食材を卸す


セールスフォロー: 商品やサービスを売った後に行う「お客さまへのアフターフォロー」のこと。

満足してもらい、継続利用や再購入につなげるための重要な活動です。

(例)

•商品を届けた後、「使い心地はいかがですか?」と電話やメールで確認する

•トラブルや疑問にすぐ対応して、信頼関係を築く

•定期的に連絡して、新商品やキャンペーンを案内する


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