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【異世界営業マン】  作者: 穢月
第1章
12/25

第8話『ルミナ!独り立ちできるもん!』


「だから! 一人で回らせてくださいって言ってるんですッ!」


ルミナの声が朝の事務所に響き渡った。


「まだダメだ。」


黒田の返しは、いつになく冷たい。


まだ朝もやが残る王都の商業区。店先にスープの香りが立ちこめる中、黒田商会の建物の中だけが、冬のような空気で満たされていた。



「わたし、ちゃんとできます。試しに一回だけでも!」


「その“一回”で信用を失ったらどうする。一人で責任が取れるのか?」



ルミナは口を噤む。



「おふたりとも、まぁまぁ……」



ゴロが間に割って入った。冷静に、けれど少し焦った様子だ。



「ルミナさんの気持ちもわかりますし、黒田さんの懸念も……」



「いや、ゴロ、ありがとう。でも譲れねぇ。ルミナ、これは遊びじゃないんだよ。一つの評判が、会社一つ潰れることもあるんだ」



「わかってます……けど」



悔しそうにうつむくルミナの手は、震えていた。


「ふむ、これは……修行のチャンスか、それとも破滅の一歩か……」


サムが湯気の立つコップを持ちながら、菩薩のような笑みで座っている。何か達観しているようだ。



「ちょっと、あなたたち! 朝から騒いでると近所に苦情来るわよ!」



クレアがドアをバンッと蹴って入ってくる。



「なに?喧嘩?」


ゴロが状況をクレアに説明する。そして、



「……整理するわよ。ルミナは独り立ちしたい。社長は止めたい。……理由は?」



ルミナは小さく息を吸った。


「黒田さんが隣にいると頼ってばっかで、これじゃだめだなって……。でも“破滅龍さん”のときだってちゃんと喋れたし!!

だから…」


「それは立派だと思うけど」


「でも、」


と黒田。



「“慣れ”がいちばん怖いんだよ。昔、俺はそれで取引先を一社失いかけた。たった“一回”のミスでな」



彼の脳裏に浮かぶのは、現世のサラリーマン時代。あの頃、「慣れたつもり」でやらかしたミスを。



ルミナの顔が曇る。だが、その目は決して引き下がらない色をしていた。



「でも……わかった。お前がそこまで言うなら、やってみろ。ただし、危なくなったら絶対に戻ってこい」



「は、はいッ!!わかりました!頑張ります!!」


こうして、ルミナのひとり立ち営業デビューが始まった。



王都中央地区



「よしっ、いっくぞーーッ!」


ルミナは商会の制服を少し整え、試供品入りのカバンを背負い、王都の下町エリアへと足を踏み出した。

訪問予定の店を手帳にメモし、飛び込みの口上を何度も練習してながら。


「こんにちはッ! 黒田商会のルミナと申しますッ! お忙しいところ失礼いたします!」



と、彼女はニコニコで路地を回っていった。



王都の中層から、石畳を下っていくと空気は少しずつ変わっていく。


華やかだった看板は木の板に変わり、道端には行き交う獣のひづめの跡が目立ち始める。


ここは、下層区――治安が少しずつ不安定になってくるエリアだ。



「よし……大丈夫、大丈夫……!」



朝の練習通り、笑顔は絶やさず、声は明るく。



「そこの可愛い嬢ちゃん」


後ろから声がした。


「それ、売り物かい?」



振り返ると、どこか胡散臭い三人組の男たちが立っていた。服はボロついているが、目つきが鋭い。どこか裏稼業の匂いがした。



ルミナ「あ、えっと……はい、でも商会通してでないと――」


男A「まあまあ、話くらい聞かせてくれや」



(チャンス…かも!最初から興味津々なんて!ラッキー!!)



ルミナはさっそく鞄の中から目玉商品の“魔草薬”を取り出し———



「こちらは魔草薬です!身体に優しい素材でして! ちなみに

“グレーカンパニーさん”とは違って、添加物ゼロ!なんですよ!」



――しまった。



言ってから気づいた。黒田に何度も言われた


    「競合の悪口は厳禁」 


しかも今、“グレーカンパニー”と口に出した。



男たちの表情が変わった。



男B「……嬢ちゃん。今、なんて言った?」


「……あ、いや、その……」


男C「グレーカンパニーの“魔草薬”を作ってるの、俺らの知り合いだよ」



ルミナは背筋が凍った。男たちはにじり寄ってくる。



「ちょっと話、聞こうか」



ルミナは逃げた。必死に、狭い石畳の道を駆け抜け、

路地の裏へ裏へと走る。



だが袋小路で、追い詰められる。



「やめてくださいッ! 営業妨害ですッ!」


「おい、声出すなよ。ここは下請けの倉庫街だ。通報なんざ、誰も来ねえ」



ルミナは抵抗しようとした。けれど、あっという間に肩を掴まれ

口元に何かを当てられる。


「んんっ……っ!」


意識が霞み、視界が揺れた。



————



夕刻。




「……遅い」


日が沈みかけた頃、黒田は事務所で腕を組んで立ち尽くしていた。


「昼すぎには戻るって言ってたよね、ルミナさん」


ゴロが心配そうに窓の外を見ながら呟く。


クレアはため息交じりに言った。


「行ってあげなさいよ、社長。言い争いの落とし前、ちゃんと付けるんでしょ?」


黒田「……ああ。ゴロ、クレア、ついてきてくれ」


ゴロ「了解です!」


クレア「はいはいっ…と」



————【下層通り・裏路地】



黒田「ルミナ————!!!どこだ!」


クレア「ルミナ———!居たら返事してッ!」



「黒田さん!……あれって、ルミナさんのじゃ……!」


ゴロが声をあげた。


薄汚れた石畳に落ちていたのは、



見覚えのある“薄桃色のリボン”



ルミナがよく髪に付けていたものだ。



その横には、灰色の金属片――**「G.C.物流部」**の印章。

クレアがそれを拾い上げ、眉をひそめる。



「これは……グレーカンパニーの下請け……!」



重く呟いたその声に、空気が一気に張り詰める。



「――ルミナ……っ!」



黒田は駆け出した。



* * *



縛られたルミナは、椅子の上で必死に身をよじっていた。

口元には布が詰められ、手足は荒縄でしっかりと括られている。


男A「なぁ、ちょっとぐらい楽しませろよ、な?」


男B「へへ、震えてんのかぁ?」


暗がりの中、男の一人が、指でルミナの頬に触れようと手を伸ばす。


ルミナは全力で首を振り、逃れようとした。


男C「へへ……泣いてる顔も、商売道具か?」




その瞬間――




バァァァァン!!!




重い扉が蹴破られた。


逆光の中、黒田がゆっくりと姿を現す。


「――おい…」


黒田の声が、低く、鋭く響いた。


(黒田さん……!)


ルミナの目に、涙が滲む。




男たちが立ち上がる。


「てめぇ、何者――」


———ドガァッ!


問いの前に飛んだ黒田の拳が、男の顔を捉えた。



黒田は営業の場でも、怒りの場でも、どこまでも真っ直ぐだ。



黒田「クレア!後ろ!」



クレアの目にも止まらぬ速度の回し蹴りが唸り、もう一人の男を壁に吹き飛ばす。



「ルミナさんッ!」

ゴロがもがくルミナに駆け寄り、縄をほどく。



男が呻いたのを見て、黒田はルミナの元へと駆け寄った。



「ルミナ、大丈夫か……!?」



「……う、うん……来てくれて……ありが、とう……っ」



「……怖かったな。もう大丈夫だ」



ルミナは涙をこぼし、黒田にしがみついた。



「ごめんなさい……ごめんなさい……ひとりでできるって、思ってたのに……っ」



黒田は黙って頭を撫でる。



その背後で、クレアが静かにルミナを抱き寄せた。



「無事でよかったわ、ほんとに。」



————————



「……いってぇええええええ!!」



応接室で叫ぶ黒田。



殴り飛ばした右手はパンパンに腫れあがり、包帯でぐるぐる巻きにされていた。


「社長、いくら怒っているからって、力みすぎよ」


クレアは呆れながら包帯を巻き、サムは静かに湿布を差し出した。


「……ありがとう、黒田さん。わたし、もっと頑張る…!」


小さく呟いたルミナは、今日は髪を下ろしていた。


あの薄桃色のリボンは、今も応接室の棚に大切に置かれている――。

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― 新着の感想 ―
黒ルミが最高に尊い
黒田さんかっこよすぎんか…惚れてまうよ…//
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